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第22話:種、裂ける
深夜、魔王城の一室――
トアルコはひとり、胸を押さえて倒れていた。
「……ぐ、ぅ……」
脈打つように熱を持つのは、心臓の奥――“魔王の種”。
その輝きは、明らかに不穏だった。
「最近、トアルコの近くにいると、空気が変に温い」
リゼが言ったのは数日前。
ネムルは眠ったまま「しあわせ、しあわせ……」と寝言を言い続けていた。
街では、突然“涙を流して微笑む”人々が出始め、
一部の村では“争いが起きなくなった”代わりに、感情表現そのものが希薄になっていた。
「……これは……ぼくの……せい、なの……?」
倒れ込むトアルコの目から、ぽたりと涙が落ちる。
ゲルダの分析により、「魔王の種」が不安定化していると判明する。
「原因は、トアルコの“願い”の強さだ」
「“世界の幸せ”を望み続けたことで、
種が“世界そのものに干渉を始めている”」
「つまり……種が、“しあわせとはこうあるべき”って、世界に指図し始めたってこと?」
アルルの言葉に、重たい沈黙が落ちた。
「止めなければ、いずれ“世界は穏やかだが空っぽになる”」
「感情の振れ幅をなくし、“争いの可能性”そのものを断ちにいく」
トアルコは唇を噛み、静かに問う。
「……“願いをやめれば”、止まりますか?」
「おそらくな。だが……」
「それが“お前らしくない”ことも、よくわかっている」
トアルコは一人、庭の白花の前に立った。
茶色の髪が風に揺れ、目元は酷く疲れている。
けれど、手元のジョウロは、いつも通り丁寧に動いていた。
「……ぼく、間違えてたのかな……」
「“誰かの幸せ”を願うのは、勝手だったのかな……」
「正しさも、やさしさも、全部、自分の都合だったのかな……」
そのとき、背後から声がした。
「……違うと思うよ」
振り返ると、そこにはネムルがいた。
寝ぼけた顔で、毒草の鉢を抱えている。
「だってぼく、トアルコに“助けられた”から……
この毒をやさしくしようって、思えたんだもん」
「願いがまちがってたら、そもそも、ぼくらここにいないよ」
トアルコの目に、再び涙がにじむ。
けれど今度は、それはあたたかかった。
「……ありがとう、ネムルさん……」