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第23話:ゲルダの別れ
その日、魔王城の図書室には、重く張りつめた空気が流れていた。
積み上げられた古文書の山。
その中央に座すは、老魔族・ゲルダ。
額から長く伸びた角、石のようにひび割れた肌、そして深紅の瞳は、昔からすべてを見通しているようだった。
「……このままでは、“種”は暴走する。
そして、お前は“願い”と共に世界をゆっくり食い潰す」
ゲルダの声は淡々としていたが、どこか悲しみを含んでいた。
「やさしさという名の“干渉”が、世界を静かに侵している。
これ以上、私はその礎になれん」
「ゲルダさん……離れるって、ことですか?」
トアルコが問いかける。
茶色の髪をかき上げた彼の瞳は、揺れていた。
「魔王に仕える知恵の魔族として――ここで一線を引く」
「私が残れば、お前の“選択”に重みが加わる。
今こそ、“孤独な決断”に耐えられる魔王か、試されるときだ」
「でも……」
「止めるな。これは私の意思だ」
「私は、“お前が選ぶしあわせ”を、これ以上定義づけたくない」
ゲルダはそっと、背にかけていた外套を置いた。
そして、窓辺に歩み寄る。
「覚えておけ、トアルコ。
“正しさ”を重ねた先に残るのは、孤独だ。
だが、それに屈せず進む者だけが、“願いの形”を変えられる」
そのまま背を向け、彼は歩き出した。
「さようなら……私の最後の魔王」
誰も言葉をかけられなかった。
リゼは腕を組んだまま目を伏せ、パクパクはしっぽを丸めていた。
ネムルはただ、ぼんやりとゲルダの足音を追っていた。
そしてその夜。
トアルコは、図書室でひとり、開きっぱなしの本に向き合っていた。
震える手でページをめくりながら、ぽつりとつぶやく。
「……それでも、ぼくは、しあわせを諦めたくない」
ページの隅で、花の絵が揺れていた。