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芙月みひろ
92
#王子
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一方そのころ――。
月曜日。北条コーポレーションの会議室。 俺(王子谷)の意識は、かつてないほど冴え渡っていた。目の前に並ぶのは、有名ブランドを誘致してきた百戦錬磨の担当者たちだ。
「……現在、こちらのモールには名だたる高級スイーツブランドが軒を連ねています。ですが、足りないものが一つだけある。それは、『お客様が足を止める理由』です」
俺は資料をスライドさせ、一気に畳み掛けた。
「ブランドは一時の高揚感を与えます。しかし、ギフトという『非日常』の需要だけで、売上を維持し続けるのは不可能です。我々が提案するのは、お客様の『日常』を支えるインフラです」
担当者たちの顔つきが変わった。
「ふと足を止め、チョコの香りに包まれて一休みできる場所。それは、人生の『中休み』です。お客様がイートインにいる時間は、単なる休憩ではありません。次の店舗へ行くための充電時間です。この『余白』こそが回遊性を生み、モール全体の滞留時間を最大化させます」
沈黙が流れる。数秒後、中央に座る担当者が深く、力強く頷いた。
「……まさに。我々が求めていたもの、そのものでした。 ……ぜひ王子谷さんにお願いしたい」
この報告を、誰よりも早く、一番に伝えたい相手は――ただ一人だった。
ビルの外に出た瞬間、俺は無意識にスマホを握りしめた。履歴にある名前をタップしようとして――俺は、その動きを止めた。
(……いや、ダメっすよ。主任は今、会議中かも……)
俺はスマホをポケットにねじ込み、深く息を吐いた。はやる気持ちを抑え込み、営業車のハンドルを握った。
会社に戻った俺は、雨宮主任のデスクの前で、かつてないほど背筋を伸ばしていた。手渡した出店契約書の重み。それは自分の言葉で勝ち取った、確かな勝利の証だった。
真剣に書類に目を通していた主任が、ふっと表情を和らげる。
「……よくやったわね。想像以上の成果よ」
そう言うと、彼女は座ったままふいっと手を伸ばした。 そして、自然な手つきで俺の頭を「ぽんっ」と一瞬だけ撫でた。
「っ……!!」
「次も期待してるわよ」
「……っ!! はいっ!! ありがとうございますっ!!」
俺は、全身の血が逆流するような熱さを感じていた。 頭を撫でられた手の温もりが、いつまでも消えない。 自席に戻る足取りは、まるで雲の上を歩いているようだった。
けれど。自席に戻ってようやく頭が冷えてくると、甘い余韻の中に、それ以上の「悔しさ」が混ざり始めた。
(……やべえ。嬉しい。死ぬほど嬉しい。……でも、今の撫で方は……)
主任は自分を認めてくれた。でも、それはまだ「よくできました」のハンコを貰った、子供と同じなのだ。
(……もっと。もっと認められたい。いつか、主任に一人の男として、心から格好いいと思われたいっす……!)