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合格発表の翌朝。
日向いちごは、いつもより少し早く家を出た。
ランドセルを背負う肩が、まだ現実に追いついていない。
(……合格、したんだよね)
夢みたいだった。
でも、スマホの通知欄に残る事務所からの連絡が、それを否定しない。
学校の門が見えた瞬間、胸がぎゅっと鳴った。
(今日……普通でいられるかな)
教室に入った、その瞬間。
「……え?」
空気が、止まった。
ざわざわ。
ひそひそ。
視線が、一斉に集まる。
「ねえ……」
「昨日のオーディション、出てたよね?」
「テレビ、映ってた」
誰かが言った。
「ちぇりーの妹、だよね?」
いちごの指先が、冷たくなる。
(あ……)
担任が慌てて手を叩く。
「はいはい、席につきましょう!」
でも、もう遅かった。
休み時間。
「ほんとに合格したの?」
「もう芸能人じゃん!」
「すごーい!」
その声の中に、
混じる――
「ズルくない?」
「最初から注目されてたじゃん」
「結局、コネでしょ?」
「事務所のお気に入り」
「実力無いのに」
いちごは、笑えなかった。
「……」
ノートを見つめるふりをして、
心の奥で、静かに縮こまる。
(知ってる)
(みんなが思うこと)
(私も、同じこと……思ってた)
放課後、校舎裏。
いちごは、ひとりで座っていた。
春の風が、制服の裾を揺らす。
「……べりー、か」
まだ慣れない芸名を、小さく呟く。
(私は、お姉ちゃんみたいに輝けない)
(それでも……)
スマホが震えた。
楽屋の鏡の前で、私はスマホを握りしめていた。
《合格、おめでとう》
送ったメッセージは、それだけ。
本当は、
言いたいことなんて、山ほどあった。
――誇らしい。
――嬉しい。
――怖い。
全部、本音。
でも。
(……私は、喜んでいいの?)
楽屋の外では、スタッフの声。
「やっぱ話題性すごいね」
「ちぇりーの妹、ってだけで記事になる」
胸が、ちくりと痛んだ。
(違う)
(あの子は、“私の妹だから”じゃない)
それでも、世界はそう見ない。
私は、ふっと息を吐いた。
(……昔の私みたい)
デビューした頃。
「運が良かっただけ」
「事務所の推し」
「顔がいいだけ」
そう言われて、
何も言い返せなかった自分。
――同じ道を、歩かせてる?
考えすぎていると、
マネージャーが声をかけてきた。
「さくら、今日、家に帰れる?」
「……はい」
「妹ちゃん、今日学校どうだったかな」
その一言で、胸が締めつけられた。
夜。
リビングの明かりは、柔らかい。
いちごは、ソファの端に座っていた。
「あ……おかえり」
「ただいま」
一瞬、沈黙。
先に口を開いたのは、ちぇりーだった。
「学校、どうだった?」
いちごは、少し考えてから答えた。
「……すごかった」
「そっか」
「でもね」
いちごは、ぎゅっと手を握る。
「言われたよ。“ちぇりーの妹だから”って」
ちぇりーの肩が、ぴくっと揺れた。
「……ごめん」
「ちがう!」
いちごは、思わず声を上げた。
「お姉ちゃんのせいじゃない!」
一気に言葉が溢れる。
「私が勝手に追いかけて、勝手に同じ場所に行こうとしてるだけ!」
目に涙が滲む。
「……でも、怖い」
ちぇりーは、黙って聞いていた。
そして、ゆっくり言った。
「ねぇ、いちご」
「なあに……?」
「あなたが合格した理由、知ってる?」
いちごは、首を振る。
ちぇりーは、まっすぐ見つめた。
「歌」
「え……」
「誰よりも、まっすぐだった。誰よりも、嘘がなかった」
そっと、微笑む。
「それは、私には真似できない」
いちごの目が、大きく開く。
「……ほんと?」
「ほんと」
ちぇりーは、いちごの頭に手を置いた。
「だからね。比べられるのは、きっと辛い」
「でも」
一拍置いて。
「私の妹であること、誇っていい」
「それと同じくらい、“べりー”であることも、誇っていい」
いちごの頬を、涙が伝った。
「……お姉ちゃん……」
「大丈夫」
ちぇりーは、静かに言った。
「あなたは、私の影じゃない」
「違う甘さの、いちごだよ」
その夜。
いちごは、ベッドの中で天井を見つめていた。
(私は、まだ幼いかもしれない)
(でも……)
(歩き出したんだ)
同じ夢じゃない。
同じ光でもない。
それでも、
同じステージを目指す覚悟だけは、本物だった。
――べりー。
その名前が、胸の中で、少しだけ馴染んだ気がした。