テラーノベル
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スタジオのドアの前で、
日向いちご――べりーは、深呼吸をした。
(……ここから、始まるんだ)
扉の向こう側には、
姉が何年も踏みしめてきた場所。
憧れと現実が、同じ重さで置かれている。
「おはようございます……」
声は、思ったより小さかった。
スタジオには、すでに三人の新メンバーが集まっていた。
年上。
大人っぽい。
場慣れしている。
べりーは、無意識に背筋を伸ばす。
トレーナーが手を叩く。
「じゃあ、始める前に自己紹介しようか。今日から同じチームだからね」
一人目の少女が、一歩前に出た。
「高校一年生、水瀬 ルナです。15歳。ダンス歴は9年です。
……正直、即戦力として呼ばれたと思ってます」
はっきりした声。
自信を隠さない目。
(強い……)
二人目が続く。
「中学三年、星野 みおです。14歳。元子役で、演技と表情には自信があります。
歌とダンスは、これから伸ばします」
柔らかい笑顔。計算された立ち方。
(慣れてる……)
三人目。
「16歳、チェ・ユナです。韓国で練習生をしていました。
完璧じゃないけど……ステージで生き残る方法は知っています」
私と、お姉ちゃんと同じ韓国人…
日本語は少し拙いが、
目に迷いがない。
スタジオの空気が、自然と引き締まる。
そして――
「次」
べりーの番だった。
べりーは、少し前に出た。
(……比べない)
(私は、私)
「小学六年生、11歳。日向いちごです」
一瞬、ざわっとする。
年齢。
そして、名字。
べりーは、続けた。
「……歌が、好きです。まだ出来ないことばかりですが、
ちゃんと、追いつけるように頑張ります」
声は幼い。
言葉も、飾り気がない。
でも。
トレーナーは、じっと彼女を見ていた。
「よろしくお願いします」
深く、頭を下げる。
(……場違い、かな)
胸の奥で、小さく不安が膨らむ。
ドアが開く。
「おはよう」
その一言で、空気が変わった。
凛。
葵。
華。
希。
そして、ちぇりー。
べりーは、反射的に姉を見る。
でも、ちぇりーは視線を向けない。
――ここでは、姉じゃない。
「今日から合同レッスンよ。遠慮はいらないから、」
凛の声は、淡々としていた。
ストレッチ。
体幹。
リズムトレーニング。
最初は、問題ない。
……はずだった。
「……あ」
鏡の中で、
べりーだけが、少し遅れている。
音は聞こえている。
でも、体がついてこない。
「べりーちゃん」
トレーナーの声。
「力入りすぎ。基礎、やってきた?」
「……はい。でも、自己流で……」
「なるほど」
優しいが、容赦はない。
(やっぱり……)
曲が流れる。
SWの振付。
簡単じゃない。
ルナは、すぐに形を掴む。
ユナは、体の使い方が上手い。
みおも、表情でカバーしてくる。
そして。
べりーは――遅れる。
半拍。
また半拍。
位置を間違え、ターンが崩れる。
「ストップ」
音が止まる。
トレーナーが、正面を見る。
「正直に言うよ」
べりーの心臓が、跳ねた。
「今のままじゃ、べりーはステージに立てない」
静かな断定。
「歌はすごい。でも、ダンスは完全に基礎不足」
胸が、ぎゅっとなる。
(……わかってた)
沈黙の中。
ちぇりーが、口を開いた。
「……べりー」
(べりー…、ここでは私のお姉ちゃんじゃないんだ。)
名前を呼ばれ、べりーは顔を上げる。
「悔しい?」
「……うん」
声が震える。
ちぇりーは、それ以上言わなかった。
「じゃあ、練習しよう」
それだけ。
励ましも、庇いもない。
でも――
(見捨てられてない)
それだけが、救いだった。
「次、歌」
べりーは、マイクを握る。
(ここだけは……)
声を出した瞬間、
空気が変わる。
迷いがない。
まっすぐ。
感情が、音になる。
ルナが、思わず目を逸らす。
みおが、息を止める。
ユナが、小さく頷く。
トレーナーが言った。
「……声は、天性だね」
床に座り込み、
べりーは膝を抱えた。
「……くやしい」
小さな声。
凛が、近づく。
「才能がある人ほど、最初に叩き落とされる」
凛は、淡く笑った。
「ここは、そういう場所よ。ちぇりーの時だってそうだったでしょ?」
べりーは、涙を拭いた。
「……はい」
その返事は、まだ幼い。
でも。
目だけは、
確かに前を向いていた。
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