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俺は、そのボロっちい鍼灸治療院を見て、中に入ろうかどうか迷っていた。
聞いていた通り、民家のガラス引戸に「白川鍼灸治療院」と書かれた小さな板が貼り付けられている。
「何だよ、こんなボロっちい所だって聞いてねぇぞ。
こんな所に、本当にスゲェ霊能者がいるのかよ」
俺が思わずそう呟くと、目の前のガラス引戸が突然ガラガラと開いて、「ボロっちくて悪かったわね!」と、女の怒鳴り声が響き渡る。
俺は、「わっ!」と驚いて後ろに下がりながら、「驚かすなよ…」と抗議の声を上げた。
普通なら怒鳴り散らすところだが、出て来た女が、ボロっちい鍼灸治療院とは不釣り合いなほど美人だったので、抗議の声も尻すぼみになってしまう。
それが制服なのか、白いポロシャツを着た女が腰に手を当てた姿勢で、俺を上から下まで不審者を見るような目で眺めながら、「君、高校生だよね?今日はどうしたの?クラブ活動で怪我でもしたの?」と矢継ぎ早に質問してくるので、俺は、学生ズボンのポケットに手を突っ込んだまま首を左右に振った。
「違うよ。ここでお祓いしてくれるって聞いたんだ」
すると、首を捻った女に、「ここは、鍼灸治療院だよ。お祓いならお寺か神社に行けば良いじゃない」と言われたので、イライラした俺は、「近所の神社に行ったら、ここに行けって言われたんだよ」と言い返してやった。
女は、不思議そうな表情を浮かべながら、「どこの神社で言われたの?」と聞いてきたので、「雨漏り神社だよ」と言うと、女が急に笑い出す。
「ああ、雨森(あめもり)神社ね。あまもり神社じゃあないのよ」と神社の名前を訂正された。
「知ってるけど、みんな雨漏り神社って呼んでるんだよ」
しかし、俺の抗議は完全に無視されて、女が手招きをしながら、「どうぞ、中に入って」と俺を招き入れてくれた。
俺が玄関でスリッパに履き替えていると、間仕切りになっているカーテンが開いて、中からヨボヨボの婆さんが出てくる。
その後ろから、婆さんを支えるように濃紺の作務衣を着た若い男が出てきて、婆さんに優しく語りかけていた。
「木村さん、腰の痛みは取れたと思うけど、完全に治った訳じゃあないから二日間は安静にしていてくださいね」
婆さんは、ゆっくりと振り向いて丁寧に頭を下げる。
「先生、ありがとうね。
また一週間後に来ますから、よろしくお願いします」
若い作務衣男は笑顔で片手を挙げる。
「じゃあ折原さん後は宜しくね」
そう言って、待合室の長椅子に座っている俺に目を向けると、「今日はどうしたの?」と声を掛けてきた。
「お祓いして欲しいんだよ」と俺が言うと、「どうして?」と素朴な疑問を投げ掛けてくる。
俺は、ちょっと言い澱んでから意を決して話始めた。
「一ヵ月前、友達と心霊スポットに肝試しに行ったんだよ」
すると作務衣男が「どこの心霊スポット?」と口を挟んできたので、「駅前に有る廃墟ホテル」と素早く返すと、頷いてから目で話の先を促してきた。
いつの間にか婆さんの会計を済ませて、甲斐甲斐しく靴まで履かせていたポロシャツ女が戻ってきて、俺の前に丸椅子を置いて作務衣男と並んで座っている。
「そしたら、翌日から右肩が痛くなって右手が上がらなくなったんだよ。
整形外科に行って、色々と調べてもらったんだけど原因が分からないんだ。
友達は、悪い霊に取り憑かれているからお祓いでもしてもらえって言うけど、そんなの初めてだから…
とりあえず、近所の雨漏り神社に行って頼んでみたら、そこの宮司に、それなら白川鍼灸治療院に行けって言われたんだよ。
そこにスゲェ霊能者がいるから、そいつならどんな悪霊でも祓ってくれるって…」
すると、作務衣男もポロシャツ女も同時に苦笑いを浮かべる。
作務衣男が「雨森の爺さんは、相変わらずお喋りで無責任だな。お祓いは神社の仕事だろうに…」とぼやいた。
そして、僕に顔を向けた作務衣男が「いいかい」と前置きしてから話を始める。
「一般的に除霊というのは、宗教の神秘性を高める宗教医療だと言われているけど、悪霊が外部から人間の身体に憑依して、それを引き剥がすように除霊するなんて現象は、この世界には存在しない。
実際は、心霊スポットに澱(おり)のように溜まった邪気に、人間の体内に有る邪気が反応しているだけで、決して、外部の邪気が人間の内部に侵入して悪さをしている訳じゃあないんだよ」
すると、俺が質問しようとするのを遮って、ポロシャツ女が作務衣男に質問をする。
「でも、実際に除霊が成功して症状が改善したという声を、世界中のメディアが取り上げていますが、それって全部ウソなんですか?」
作務衣男はゆっくりと頷いた。
「正確には、除霊してもらったという安心感が患者の邪気を一時的に鎮(しず)めるから、治ったと錯覚しているだけなんだよ。
これは、現代医療にも見られるプラシーボ効果で、有効成分の入っていない薬を飲んで、薬を飲んだという安心感から、一時的に症状が緩和するのと同じなんだ」
俺とポロシャツ女は感心して、同時に大きく頷いた。
「でも、俺の右手が上がらない原因が悪霊じゃないとしたら、俺は一体どうすれば良いんだよ」
俺の悲痛な訴えを無視した挙げ句に、作務衣男が俺に質問を返してくる。
「君の名前は?」
俺は、不満を浮かべながら、「植村勇吾(うえむらゆうご)」と吐き捨てた。
すると、笑顔を浮かべた作務衣男が、「僕は白川時雨。ここで鍼灸治療院を開業している。
こちらは折原詩織さん。この鍼灸治療院を手伝ってくれているんだ」
この自己紹介に俺は再び失望して、「何だよ。霊能者じゃあないのかよ」と呟いた。
しかし、笑顔で頷いた白川先生は、「うん。僕は霊能者じゃあないけど、君を治すことは出来ると思うよ」と言ったので、驚いた俺が、「本当か?」と聞くと、折原という女が丸めた書類で俺の頭をポンと叩いて、「本当ですか?でしょう」と口の利き方を注意してくる。
俺が折原を睨んでいると、それを無視するように白川先生が俺に質問を投げ掛けてきた。
「君、お金は持ってるの?」
この質問に俺は胸を張った。
「今朝、神社にお祓いに行くって言ったら、親父が初穂料(はつほりょう)だと言って一万円くれたから大丈夫だよ」
こう言うと、折原が「それだけ?」と聞いてきたので、「何だよ、一万円じゃあ足りないのかよ」と噛みつくと、「鍼供養は、鍼治療と違って二万円必要なのよ」と説明してくれる。
俺は財布の中身を確認したが、お札が三千円と後は小銭しか残っていない。
それを見た白川先生は笑顔を浮かべたまま、「じゃあ、学生割引ってことで一万円に負けておくよ」と言ってくれた。
それから、白川先生が治療内容の説明を始める。
「僕の治療は、患者の体内で増えすぎた邪気を一旦、僕の体内に取り込んでから浄化させるという方法を取っているんだ。
だから、邪気が紡いだ記憶によって、植村君の知られたくない秘密を知ってしまうことになるけど大丈夫かな?」
その言葉に、ちょっと不安になった俺は、「知られたくない秘密って?」と聞くと、「全ての秘密だと思ってくれて差し支えない」と宣言された。
しかし俺は、この言葉に不安を覚えるどころか逆に興奮してしまう。
「スゲェや!それって超一流の霊能者と同じ能力を持ってるってことじゃん」
こう叫んだ俺に対して、白川先生は呆れるように小さく首を振ったが、それとは対照的に折原は大きく何度も頷いている。
すると、白川先生が「最後に一つだけ。植村君の邪気を測らせて欲しいんだ」と断りを入れてから、俺の背中に手を当てた。
しばらく、何かを考えるような表情を浮かべていたが、「高校生にしては多いな」と呟いてから、「じゃあ、始めるか」という掛け声で治療が始まったのだ。
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