「皆で吉祥寺の家で暮らしていた時、私が美奈歩に無視されてたのは知ってるでしょ? 知らないとは言わせない。……それにあの子、皆がいない時に私を馬鹿にしてた。さっき言ったようなセリフでだよ。……あんたは血の繋がった〝妹〟だから信じられないんだろうけど、信じないならこの話はここまで」
ピシャッと言ったあと、亮平はしばらく黙っていたけれど、やがて溜め息をついて口を開いた。
「本当なら兄として謝る。美奈歩が申し訳ない事をした」
今さら謝罪を受けても、私たちの関係が変わる訳じゃない。
「……最初に挨拶のための食事会をしたでしょ? あの時に『よろしく』って美奈歩に笑いかけたけど、無視された。それで『あー、いつものね!』って分かっちゃったの。だから私からも壁を作ってしまったけど、美奈歩の態度も変わってない。むしろ悪化してる。そんな妹に溺愛されてるあんたは、空気を読まずに私に微妙な距離で近づいてきた。そりゃ美奈歩が嫉妬するでしょ」
なんでこんなシンプルな事を、丁寧に説明しないとならないのか。
「あんたの罪は〝気づかなかった事〟。兄として仲良くしたいと思ってるなら、もっと空気読んだら? 気づいていながら『面倒な事に関わりたくない』って無視してたんじゃないの? 見て見ぬふりをするのが平和なら、あんたの〝平和主義〟はたかが知れてる」
言いながら、悔しくなって涙が零れてしまった。
社会人になって一人暮らしするまで六年、私はあの家で息苦しい思いをし続けた。
亮平と同居していたのは四年だけど、こいつは四年もあのギスギスした空気に気づかなかったの? 残る二年は私と美奈歩だけになって、本当にキツかった。
(だから私は、尊さんの気持ちが分かるんだ)
そう思うと、彼が恋しくて堪らなかった。
「……悪かった」
亮平に気まずそうに謝られたけれど、私はプイと窓の外を見た。
「……もう遅いんだよ。私たち兄妹の仲は修復できないんじゃない。最初から壊れたままだったの。時が経つにつれてヒビが深く大きくなっていったのに、誰も直そうとしなかった。私たちはこのまま〝家族〟にはならず、同じ姓の〝他人〟のまま生きるしかない」
言ったあと、どうしようもなく尊さんに会いたくなった私はスマホを開いた。
メッセージアプリを立ち上げると、尊さんとのトークルームにハートマークを乱舞させておいた。
ほどなくして既読がつき、【どうした? ご乱心か?】と彼らしい返事がくる。
【しゅきぴっぴ】
私は練乳に砂糖をかけたようなメッセージを送り、またハートマークをつけ、さらにキャラクターが投げキスをしている動くスタンプも送った。
【なんかあったか?】
すぐに察した尊さんの勘の良さに、思わず泣いてしまいそうになる。
どう返事をしようか迷っていると、彼から電話が掛かってきた。
液晶に『尊さん』の文字が浮かび、私は微笑んで画面をスワイプする。
スマホを耳に宛がおうとした時――、亮平に取り上げられた。
「っ何するの!?」
取り戻そうとしたけれど、亮平は電話を切ったあと、スマホを自分のコートの右ポケットにしまった。
「返して!」
「危ないからやめろ」
手を伸ばそうとしたけれど、リーチの長い左腕で防がれ、今は運転中なのだと思いだして諦めた。
「…………最悪」
私は吐き捨てるように言い、また横を向くと悔し涙を乱暴に拭う。
しばらく、二人とも無言になった。
「……結婚相手、尊っていうのか?」
尋ねられたけど、私は亮平の言葉を無視する。
話しているうちに車は進み、多摩川を越えて川崎市に入っていた。
「……乱暴な真似をしたのは悪かったって」
「ならスマホ返して」
「……今は俺と話をしてるんだろ?」
「……うっざ」
「子供みたいな反応、やめろよ。二十六歳だろ」
「申し訳ございませんでした。以後気をつけます。ところで、一方的に貴重品を取り上げておきながら、会話を強要するのは如何なものかと思います。ご自分のしている事がパワハラだと気づいていらっしゃいますか?」
「……あのなぁ……」
亮平は疲れたように溜め息をつき、髪を掻き上げる。
またしばらくしたあと、私は心から疑問に思っている事を言った。
「……なんで私に構うの? 今まで無関心だったなら、それを貫いてよ。結婚するって知ったからって、ちょっかい掛けてこないで」
まじめなトーンで言ったからか、亮平も本音で返してくる。
コメント
3件
尊さん、早く気づいて朱里ちゃんを助けて~!😱
あのなぁ…はこっちのセリフだよ😤
ハートマーク乱舞と『しゅきぴっぴ』でどういう状況かを瞬時に察する尊さん✨亮平とはエラい違いだ! 助けにきてあげて〜🙏