テラーノベル
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「_そんなの、何かの間違いです!! 本部のログがバグを起こしてるんですよ!!」
ボーダー基地、二宮隊の作戦室。静まり返った部屋に、辻󠄀新之助の悲痛な怒号が響き渡った。彼の目の前にある主モニターには、本部最高司令部から全遠征部隊(A級・B級上位)へ向けて発信された、極秘の『敵情分析レポート』が映し出されている。そこにあったのは、神の国国内の局地戦を衛星および隠密偵察によって記録した、不鮮明な映像データだった。漆黒の神の国の甲冑を纏い、紫色の歪んだ弾道を平然と操る一人の青年。前髪の隙間から覗くその顔には、見間違えるはずのない、あの飄々とした完璧な笑みが張り付いていた。
【対象:元B級二宮隊・犬飼澄晴。現在、神の国の四大領主ベルティストン家の私兵部隊への所属を確認。玄界における最高ランクの『裏切り者』と認定する】
「……辻󠄀。見苦しいぞ」
二宮匡貴の声は、地を這うほどに低く、そして完全に凍りついていた。二宮はいつものように完璧な姿勢で椅子に座り、机の上に広げられた戦術マップを見つめていたが、その両拳は白くなるほど強く握り締められ、みしりと不気味な音を立てていた。地球の防衛線は何一つ破られていない。それなのに、二宮隊の作戦室は、どんな凄惨な戦場よりも冷酷な絶望に包まれていた。
「二宮さん……! 犬飼先輩は、きっと何かのトリオン兵に精神を操られてるんです! あんな国に、自分の意志で行くわけが――」
「辻󠄀、現実を見ろ」
二宮がゆっくりと顔を上げた。その瞳の奥には、ドス黒い、底無しの深淵のようなエゴと怒りが渦巻いている。
「あの映像の中で犬飼が使っているトリガーの軌道を見ろ。あれは操られている人間の動きではない。あいつは……自分の意志で、俺の戦術を、 俺のチェス盤を、最高に楽しそうにあざ笑って見せているんだ」
周到に準備された裏切り。二宮の頭脳は、最強の戦術家として常に戦況の最適解を弾き出してきた。だが、その盤面から 最も信頼していた駒が自らの意志で消え、あろうことか敵の最前線に立っているという致命的なバグ。それは、二宮匡貴という男のプライドとエゴを、最も残酷な形で踏みにじる事実だった。
なぜだ。鳩原だけでなく、お前までもが、なぜ俺の前から黙って消えていく。俺の構築した世界の、どこに間違いがあったというのだ。
「……次の遠征選抜、死に物狂いで枠を勝ち取るぞ」
二宮はコートを翻し、自身のトリガーを強く握りしめた。
「本部の連中は、犬飼を『処分対象』として扱うだろう。だが、俺は許さない。あいつの首根っこを掴んで、この部屋に引きずり戻す。私
俺のチェス盤の上で、俺の指示通りに動く完璧な駒に、もう一度嵌め直してやる」
それは、消えた仲間を救いたいという優しさではなかった。自分の完璧さを否定されたことへの、醜い拒絶。どこまでも独善的な、最強の男のエゴの咆哮だった。
その頃、神の国の王都にあるベルティストン家の私兵訓練場。
「ごほっ、……っ、げほっ!」
激しい金属音のあと、犬飼澄晴は冷たい石畳の床に片膝をつき、激しく咳き込んだ。戦闘体であるはずの彼の口元から、ぽたぽたと、黄金のトリオンの光を放つ不気味な液体が零れ落ちる。それは血ではなかった。だが、彼の内側にあるトリオン器官が、確実に悲鳴を上げている証拠だった。彼の目の前には、ハイレインから下された”次なる遠征”のための、特殊な戦闘訓練の残骸が転がっている。
「……おい、玄界の。やはり角を持たぬお前のトリオン量では、この国の新型トリガーの出力に肉体が耐えきれん。これ以上の戦闘は、お前のトリオン器官そのものを内側から焼き切るぞ」
私兵隊長が、冷ややかな目で犬飼を見下ろしていた。神の国の強力なトリガーは、人工の角による膨大なトリオンのサポートがあることを前提に作られている。角を持たない犬飼が、その器用さだけで無理やり出力を引き上げて使い続けた結果、彼の肉体は、内側から確実に磨耗し始めていた。緊急脱出のないこの世界。トリオン器官の崩壊は、そのまま”人間としての死”を意味する。
「……あはは、本当だ。胸の奥が、すっごく熱くて、痛いねぇ」
犬飼は口元のトリオンの汚れを無造作に袖で拭い、ゆっくりと立ち上がった。その顔には、いつも通りの、完璧で飄々とした笑みが張り付いていた。だが、その瞳の奥にある虚無は、自分の命の灯火が削られていく痛みを感じて、これまでになくギラギラと瑞々しい歓喜に震えていた。
「ボーダーにいた時はさ、戦闘体が壊れても痛くも痒くもなかったから、生きてる実感が全然しなかったんだよね。……でも、この銃を撃つたびに、自分の命がガリガリ削られていくのが分かる。最高じゃん」
犬飼は自分の額を、指先で愛おしそうに撫でた。
二宮さん。辻󠄀ちゃん。本部の映像、もう見たかな?
自分の裏切りを知った二宮が、今頃どんなに傲慢な怒りを燃やしているか。辻󠄀がどれほど絶望しているか。それを想像するだけで、犬飼の胸の痛みは、極上の刺激へと変わる。
「ねえ、隊長さん。ハイレインさんに伝えてよ。おれ、もっと強いゲームがしたい。……あの、おれの頭に、今すぐ植え付けてよってさ」
自らの肉体と精神が、最終的に耐えきれずに死ぬという究極のカウントダウン。その最悪のルールを歓迎するように、犬飼澄晴は、神の国の深淵へと、さらに嬉しそうに足を踏み入れていくのだった。
コメント
3件
いやー、第5話で一気にここまで来るか…!って感じで震えたわ。二宮の「俺のチェス盤の上で完璧な駒に戻す」っていう台詞、あれ完全にエゴの咆哮でしょ。でもその執着が逆に犬飼の「自分の命が削れるのが最高」っていう自己破滅的な歓喜と対になってて、もうキャラの深掘りがえぐい。映像で裏切りを知った辻󠄀ちゃんの悲痛な叫びも胸に刺さったし、このジレンマの掛け合い、めっちゃ好き。次が気になりすぎる🔥
光街 葵
578
#染井華
さんま
19
すぷりんぐ
52