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2章
目が覚めると、木造の天井が視界に入った。
ゆっくり体を起こし、辺りを見回すが、誰もいない。
そのとき、扉が開く音がした。
ノワールの視線が自然と音の方に向くと、聖職者の服を纏った女性が立っていた。
「……あら、起きたの?」
ノワールは思わず体をビクつかせ、無意識に隅へと後ずさる。
「ごめんなさい、怖がらせるつもりはなかったの。私はステラ、17歳よ。あなたは?」
「ノワール……14歳……」
震える声で答えるノワールを、ステラは優しく見つめた。
「ノワールね。お腹、すいてない? 昨日から何も食べてないでしょ。スープとパンを持ってきたの。食べる?」
ノワールは首を振るが、お腹が鳴って思わず顔を赤くして俯く。
「ふふっ、もう。我慢しなくていいのよ。こっちに来て、ノワール」
ステラは柔らかく手招きする。ノワールは迷いながらもベッドから降り、前の席に座った。
温かいスープとふわふわのパン。
震える手でスプーンを取り、恐る恐る口に運ぶノワール。
ステラは微笑んだまま、じっと見守る。
「どう? ノワールの口に合うかしら?」
ノワールは小さく頷いた。
心の奥に、少しだけ警戒が和らいだような感覚が走る。
「良かった」
ステラの声に、ノワールは首をかしげる。
「……なんで、僕を助けたの?」
声が震える。視線でステラの反応を探る。
その時、ステラは優しく言った。
「……食べなさい」
言葉は強制でも疑いでもない。
ただ静かに、ノワールの心に触れるような温度だけがあった。
ノワールはスプーンを握り、スープを口に運ぶ。
温かさが、体だけでなく胸の奥まで染みてくる。
ステラは何も言わず見守るだけ。
その静かな存在感に、ノワールは初めて、少しだけこの人を信じてもいいのかもしれないと感じた。
「ノワールは、どこから来たの?」
質問に、胸が一瞬固まる。
——話したら、また誰かに期待されるかもしれない。
——触れられたら、また壊してしまうかもしれない。
「……その、……どこから……」
声は震え、途切れそうになる。
ステラは焦らさず、ただ見つめた。
非難も問い詰めもない。
その視線だけで、ノワールの胸に小さな隙間ができる。
「言えないの? なら、無理に答えなくていいのよ」
その言葉は、そっと心に触れる風のようだった。
安心しても、閉じてもいい。
そう思える柔らかさに、ノワールは少しだけ体の力を抜いた。
スプーンを手に、ノワールは静かにスープを口に運ぶ。
温かさが、胸の奥の緊張をほんのわずかに溶かしていった。
ステラは黙って見守るだけ。
その存在が、ノワールの心に小さな光を差し込む。
スプーンを口に運び終えたノワールは、しばらく黙ったまま視線を落としていた。
鼓動はまだ速く、体も緊張している。
でも、ステラの静かな視線が、自分を責めないことだけは伝わっていた。
小さな勇気を振り絞り、ノワールはようやく口を開く。
「無我夢中で走ってたから……」
声は小さく、かすれていた。
「何かに追われてたの?」
ステラの声は優しく、問いというより確かめるような響きだった。
「ううん……家出したんだ、僕」
視線は床に落ち、手でスプーンの縁を握りしめる。
「……家出? じゃあ、両親がきっと心配してるわね」
「いいんだ……僕は所詮、養子だから」
胸の奥がきゅっと締め付けられる。
「ダメよ」
ステラは穏やかに、でもしっかりと言った。
「お願い……ここにいさせて」
ノワールの声はかすかに震え、唇も微かに震えた。
ステラは困った表情を浮かべる。
「……ノワール」
少し息を吐き、視線を落として言葉を選ぶ。
「ここに、ずっといるのは無理よ」
声は優しく、非難も怒りもない。
「でも……今は、少しの間だけなら、ここで休んでいてもいい」
ノワールはぎゅっと息を吸い、肩の力を少しだけ抜いた。
胸の奥で、小さな光が差し込む。
——拒まれない。否定されない。
ステラは手をテーブルに軽く置き、微笑みを崩さない。
「ゆっくりでいいわ。怖がらなくていい」
ノワールはスプーンを机に置き、ゆっくりと息を吐く。
鼓動はまだ速いけれど、少しずつ、体の硬直もほぐれていく。
胸の奥で、小さな安心が積もっていく。
——少しだけ、ここに居てもいいかもしれない。
——少しだけ、信じてみよう。
ノワールは視線を上げ、ステラの目を見た。
その瞳には、疑いも怒りも恐怖もない。
ただ、静かで柔らかい光があるだけだった。
ノワールは小さく息を吐き、口元にわずかに微笑みを浮かべた。
——初めて、自分の意思で、心の小さな扉を開けた瞬間だった。