テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
明け方、私は久しぶりに気持ちの良い目覚め方をした。寝起きでぼんやりしているものの、頭痛もなく、厚手のふかふか布団の仕事ぶりに半ば感動していた。
時刻は午前四時すぎ。予定よりもうんと早く起きてしまったが、ベッドから体を下ろすと目一杯にその身を伸ばした。静かに開けたカーテンの先には、夜明けの知らない町並みが広がっている。
静かで、音や光の全てが柔らかい時間。一番素敵な時間帯。
「さて、と」
私はウォークインクローゼットに仕舞われていた刃物類を幾つか手にとると、他の荷物が干渉しない場所に置かれた、一際刃渡りの長いナイフを手に取った。
布に包まれた状態で保管された、愛用のナイフ。それを軽く撫でてから元に戻すと、厚みのある30リットル程の透明袋を手に取って、浴室にある平らな風呂蓋の上に刃物とともにがしゃりと置いた。
さすがに冬場の寒い時期に半袖で作業する自信はないので、撥水加工のある長袖スモックを頭から被ると、追ってニトリルゴム手袋とマスクを着用した。
暑くなれば脱げば良いのだし、と冷凍ストッカーの蓋を開ける。
「おはよ」
派手なワンピースの人を見ながら挨拶をすると、ジップロックに入れたお肉を脇に寄せて彼女を持ち上げた。体全体に冷たい塊がのしかかり、そういえば血抜きをしてなかったな、と今更ながらに思い出す。
うーん、と一人唸りながら彼女を暗い浴室に置くと、脱衣場の電気をつけた状態で浴室の扉を閉めた。浴室内の窓は全体的に黒く暗く、日の出までにまだまだ時間を要することが分かる。
脱衣場からの光だけではやや見えにいものの、強い光で頭痛を起こしたくはないので暫くはこの明るさで我慢しなければならない。
私は自室から持ってきた裁ちバサミで彼女の服を切ると、衣服と下穿きを透明袋に放り込んだ。風呂蓋の上にある解体用の洋鋸骨スキを手に取ると、うつ伏せの女の首に躊躇なく刃を入れていく。
先程まで冷凍していたせいか、感触としては正に冷凍した肉を切っているような感覚だった。それが次第にゴリゴリとした音にかわり、血が少しだけ滲み始める。
「はあ」
こういうことをしていると、体の奥から何かがこみ上げてくるような感覚になる。気持ちの悪さじゃない。もっとこう、日常的というか。呼吸と同じ何かがある。
それにしても、冷凍庫内の温度はもう少し高く設定していても良かったかもしれない。血抜きはせずとも、作業が終わるまでは放置しておきたい。あ、でも腐っちゃうかなあ。
「ま、いいか」
私は残りの肩と肘、足の付け根と膝に刃を入れていく。脂で切れ味が悪くなるかと思いきや、なかなかどうして。想像していたよりもずっと切れ味は良いままだった。
ただ、足の付け根にはだいぶ苦労させられた。誰かのオススメで買った骨スキには感謝したい。
まあ、誰に教わったかは忘れちゃったけど。
私は立てかけてあった突っ張り棒棚を二セット浴槽内にセットすると、その上に切り分けた腕やら頭やらのパーツを血が落ちやすいよう乗せていく。血は順調に滴り落ちていった。
「あ、換気扇つけてないわ」
換気扇換気扇と独り言ちながら、ああ骨スキを洗わないと、と思い立つ。手袋をぱちんと外すと、洗面台で骨スキを丁寧に洗い乾いた布で拭いていく。後で刃物用油を塗るために、とりあえず風通しの良い場所に置いておいた。
浴室は、分割された四肢と頭に加え、洗い場には胴体だけが転がっている。先日のマヨコくんの家よりも、よっぽどショッキングな光景が広がっていた。なんだか笑ってしまう。
「ええと、どれだったかな」
私は無造作に置かれたナイフから、ガットフックのついたナイフを手にとった。再びゴム手袋をはめ、転がった胴体の股上から胸あたりまでを裂いていく。
胸骨を開いて薄い膜を切ると、一気に内臓のにおいが迫り上がってきた。
その強烈なにおいに顔を顰めながらも、透明の袋に取り出した内臓を乱雑に詰めていった。一袋では足りないので、追加で三枚出す。内臓は思ったよりも重い。特に腸類。
「あー、疲れた」
がらんどうになった胴体を見下ろすと、いそいそと袋の口を縛り、綺麗な手で二重にさせた袋に入れていく。
一先ず、ストッカーに入れとこう。冷凍庫ってなんて素晴らしいのかしら。
私は冷凍庫に内臓袋を入れると、ウォークインクローゼットから業務用の折り畳み保冷ボックスを取り出してきた。全く。どうして最初から必要なものをまとめて出せないんだろう。嫌になる。
とりあえず、組み立てた保冷ボックスをその辺に放ると、噎せ返るような臭いが浴室から漂っていることに気がついた。換気扇をかけても、内臓の臭いはそうすぐに消えるものではない。台所の換気扇をつけて、漸くマシになった程度だ。
「───頭痛い」
軋むような頭痛を皮切りに、元来の面倒くさがりがずるずると顔を出し始める。気温は起床時からそう変わっていないものの、さっさとこのパーツたちを片付けてしまいたかった。
私は一袋に一パーツずついれていくと、ストッカーと浴室を往復する。胴体と頭部を最後にストッカーへ詰めていく最中、やはり最初から血抜きはしておくべきだった、と大きな溜息を吐いた。
洗濯をしている間に一眠りしたら、ロックアイスを袋ごとぶっ込んでマヨコくんのところへ行こう。トナリさんにも昨日の荷物を渡さないといけないし、明日からまた仕事だもの。渡せるうちに渡しておきたい。
そんなことを思いながら長袖スモックを洗濯機に放り込むと、浴室と使ったナイフを水で洗い流していく。水を撒いただけでも浴室の温度は急激にさがった。
ふらふらとした足取りで薬を飲み終えると、後は殆ど気絶するようにベッドへ倒れこんでいた。ほんと、人間の解体なんてめんどくさいだけなんだから。
*この作品はフィクションです。実在の人物・団体・出来事とは一切関係ありません。
*また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
やかんちゃん🍟🍄🟫
1,029
スコスコップ
20
にょーん
27
コメント
1件
うわっ……これ、めっちゃ生々しい描写で読んでてゾッとしたわ。 おりん、普通に朝のルーティンみたいに解体作業始めてて、その淡々とした感じが逆に怖い。冷凍庫から「おはよ」って言いながら取り出すとことか、ホラー映画のワンシーンみたい。 でも「こういうことしてると日常的っていうか呼吸と同じ何かがある」って独白が、おりんの価値観をすごく雄弁に語ってて、キャラの深みがめちゃ増した気がする。続きも気になる!