クロッカー 〜 リンダの宿にて 〜
路地裏で採取したビヴォの黒い血の入った試験管を机に置き、トランクに詰めてきた錬金術セットの一式を広げる。フラスコに蝋燭、すり鉢、その他の金属や鉱石、飾り付けや専用の工具などを用意する。
準備が整うと、まずは蝋燭に火を灯す。この時、マッチやライターなどの火ではなく魔法の火を使うこと。弟子がその炎に儂が教えた<強化の術>を使う。本来、<強化の術>とは特定の魔物に魔力を注ぐことで、自身の力が飛躍的に飛び抜けて強化される術なのだが、魔術そのものの、威力を上げることも可能なのだ。
炎の威力が増したタイミングで、耐熱性のある特別な金属で作られた受け皿を炎の上に載せ、さらにその上に<魔鉱石>という魔力が含まれた鉱石を受け皿に置く。
「魔鉱石をサラマンダーの尾の炎と同じ温度で熔かす。そこに、黒い血も入れる。冷めて色と形が変形する前に専用の型に流し込む」
ドロドロに熔けた魔鉱石を、これまた耐熱性のある金属で作られた型に流し込む。ジュワッと音を立てながら型に流し込まれた魔鉱石を均等の量になるように軽く型を叩いた。ここからが大変だ。
「このままだと冷やすのに時間がかかる。エーヴェル、風の魔法を」
「風、風ね……」
弟子は魔法陣を指で描き、風の魔法を唱えた。手のひらサイズの小さな竜巻を出現させ、そのまま魔鉱石の入った型にそっと当てた。儂も別の魔法陣を描き、水の魔法を唱えた。ビー玉サイズの水をいくつも出現させ、数回に分けて型にそっと当てる。
「風の威力を六十パーセントにあげるんじゃ、両手で確実にコントロールしろ」
「わかっ、……て、る!」
いつもなら、風と水の魔法を同時に使い、<合成術>という合わせ技のような術で冷気を作り出し、一瞬で冷やし固め、取り出す。今回は弟子の魔力のコントロールの練習も兼ね、こうして協力して冷やしている。
「ぐぎぎぎぎ……」
情けない声を出しつつも、両手で風を一箇所に、且つ威力を調整しながら集中する弟子。声こそは情けないが思った以上に簡単に終わりそうだ。
「よし、こんなもんじゃろう」
「ッはあ!? し、死ぬかと思った」
同時に魔法を解除し、型に入った魔鉱石の固まり具合を確認する。ベタつきもなく、綺麗に固まったようだった。弟子は床に大の字になるとそのままくつろぎ始めた。
「これ、エーヴェル。誰が休んでいいといった?」
「ばっかやろう、こちとら……魔力切れじゃい! 少し休ませろ!」
荒い言葉遣いでぼやきながら床に寝っ転がる弟子。魔鉱石を取り出す……前に装飾品などを手作業でせっせと作ることにした。丈夫な鎖に細かくルーン文字を焼入れ、魔鉱石に飾り付ける金属製の装飾品を小さいケースの中から選ぶ。
「ふむ、これをこうつけ、こう飾ってやれば……よし、できたぞ」
気がつけば、既に時刻は夜中の三時。窓の外を見れば夜が明けようとしていた。魔鉱石を型から取り出して、真ん中が空洞になっている丸い金属に魔鉱石を取り付ける。
黒曜石のような色を放つ魔鉱石に触れると中心でくるくると小さく回る。ビヴォ捜索専用のペンデュラムの完成だ。
「ビヴォの血ならば、主の元へ戻る習性を持っておるはず。それをこちらが利用するまでよ」
「さっすが、先生……、もう魔術よりもそっちを本業にしたらいいんじゃないですか?」
「儂は魔術よりもこっちが本業と何度も言うとるじゃろうに」
床で伸びている弟子が完成したペンデュラムを見ながらぼやく。いつか、魔具を取り扱う店を営業してみたい。そして、少しでも人間が魔人や魔物から身を守れるようになってくれば、まだこの世は捨てたものじゃないものになっていたかもしれない。
「さて、早速このペンデュラムを試運転、と行きたいところじゃが。エーヴェル、お主に調べてもらいたいことがある」
「嫌です」
「まだ何も言うとらんじゃろ。リベールト孤児院に行ってもらいたい」
「はぁ!?」と声を上げて、がばっと起き上がった弟子。トランクから尖った針のような円柱のついたペンデュラムを投げて渡した。
「なんすか、これ……」
「見ればわかるじゃろ、ペンデュラムじゃ。だが、探索用とかでない。あくまで<戦闘向け>のペンデュラムじゃ」
投げて渡したペンデュラムを不思議そうに手に取る弟子。尖った針のような円柱を見た弟子は一瞬で険しい顔になった。
「くそジジイ、これ銀じゃねえか……」
円柱の素材は銀だ。弟子のような呪われ人や魔物、魔人は銀に触ることができないのだ。敢えてそれを渡したのは、ここから別行動になるからだ。
「だから、戦闘向けってわけですか……。それで? あの殺人現場に戻って何を調べればいいです?」
「それはーーーー」
弟子に調べて欲しいものを告げると、少し面倒くさそうな顔をしたものの、儂の推理を聞いて納得したようだ。手袋をしている手にペンデュラムをぐるぐると巻き付けて羽織っているマントの中に隠した。
「わかりました、と。じゃあ、後ほど」
「頼んだぞ。くれぐれも、無理はするでないぞ」
「……肝に命じておきます」
弟子は帽子のつばを深く引っ張ると、そのまま宿を出て行った。窓から夜明けにあの孤児院へ向かう弟子の後ろ姿を確認した後、儂は出した道具を片付ける準備に取り掛かった。両手をパンパンっと叩くと道具たちは独り出に動き出してトランクへと移動した。
「儂も出かけるとするか」
コートとトランクを手に持ち、宿を出る。宿を出た足で向かうは保安官本部。腕には先程完成したペンデュラムを身に付けて保安官本部へと歩みを進める。僅かに、ペンデュラムが小さく揺れ動いていた。
エーヴェル 〜 リベールト孤児院にて 〜
夜明け。夜目が効く私はクロッカーに言われた通り、ビヴォに襲撃された孤児院……もとい殺人現場に戻ってきた。相変わらず、中のものはそのままにされており、見張りの保安官すら配置されていなかった。
「……クロッカーの言う通りだ。見張りがいない」
クロッカーにあるものを頼まれた時、彼は見張りがいないことと、現場はまだそのままになっていることを告げてきた。何故なら、ここにはまだ私達の知らない何かがあるからだと。
クロッカーの勘は当てにならないわけではない。見張りがいないことと、現場がそのままであることが当たっている以上、何かがあるに違いない。
そして、その何かはダイニングにある。私はダイニングに足を運び、棚にある食器とテーブルや床に転がっている食器の数を数え始める。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……やっぱり、クロッカーの言うとおりだ」
棚にある食器、テーブルや床に転がっている食器の数を数えてみると、死体安置所の子供達と三人の修道女の遺体を足しても明らかに食器の数が多かったのだ。
クロッカーは最初にこの現場に来た時、床やテーブル、棚にある食器の数等を数えていた。だが、死体安置所にある子供と三人の修道女の遺体と数が合わないと気付いた。初めは生き残りがいたのかと本人は期待したらしいが、的が外れたので再度確認してきて欲しいと頼まれたのだ。
「……食器に名前が彫られている。誰が誰の、と喧嘩しないようにか? そう考えると替えや予備というわけではない、と」
私は名前の彫られた食器を一つひとつ並べてみた。食器は全部で十五個。それプラス、三人の修道女の分三つ。
「……十八人」
私は初日にカールに言われたことを思い出した。
子供十二人に、修道女三人。
「カールは、私達に嘘の報告をした?」
この町の保安官ならば、孤児院にいる子供達の人数などは把握しているはずだ。ましてや、ビヴォがこの町で次々と孤児院を襲撃しているとなればなおさらだ。
「いや、違う! 逆だ……クロッカー!!」
私はクロッカーの身の危険を察知し、すぐに孤児院から出ようと思ったが、唇のついたジャグリングボールが窓を割って入ってきた。
「キャキャキャキャ!!!」
ガラスの破片を撒き散らしながら、ジャグリングボールは歯をむき出しにして私に噛みつこうとしてきた。宿から出る時にクロッカーからもらったペンデュラムを手から垂らし、円を描くように振り回した。
ヒュンッと空を切るような音を立てながら回るペンデュラム。そのまま向かってくるジャグリングボール達を迎え撃つと、黒いインクのように次々と溶けていった。
「何故、お前がここにいる? ビヴォ!」
床に溶けた黒いインク、ではなく血が一か所に集合した。ジャグリングボールは唇のみを生やしてまたあの高笑いを上げた。
「キャキャキャ!!! 今お前がクロッカーのところに行かれると厄介だからだよ〜ん!! それに、気付いたところでもう遅いよ〜ん!! お前はここで死んでもらうからねぇええええ!!」
「キャキャキャ!!」と笑いながら、路地裏の時のように液体のまま部屋中を跳ね回り、割れた窓の外へと逃げるビヴォ。割れた窓から身を乗り出して追いかけようとしたと同時に、横から何かが飛んできた。
「あぶなッ!?」
咄嗟に避けると、飛んできた何かは窓の柵に深々と刺さった。その正体は銀で作られたジャグリングナイフだった。
「ジャグリングナイフ?」
「キャキャキャ!! お前の相手は僕ちゃんじゃないよぉおおおん!!」
遠くから聞こえるビヴォの声。だんだん遠ざかっていくのがわかる。今ここでやつを逃してしまうのは非常に惜しい。私は舌打ちをし、窓から外へ素早く出た。
「……よくも邪魔をしてくれたな?」
ナイフの飛んできた方向を睨みつけると道化師の格好をした二人の少年達が立ち尽くしていた。白髪と黒髪の双子の道化師。喜劇と悲劇の仮面を片目ずつつけていた。そして、彼らの片手には銀でできたジャグリングナイフ。
「ビヴォの親分の宿敵、クロッカーの弟子、エーヴェル」
「お前は知り過ぎた、この孤児院のことも、何もかも」
双子の道化師はジャグリングナイフを構える。ビヴォの手駒……と言ったところだろうか。こんな子供に人の殺め方を教えたというのか。
「ガキだからって、手加減はしないぞ」
「……ビヴォサーカス団団員ナンバーワン。喜劇のジャッキー」
「同じく、ビヴォサーカス団団員ナンバーツー……悲劇のジャックス」
ビヴォサーカス団か。いつか私もやつのようなサーカス団とやらを創り上げてみたいものだ。それにしてもナンバーが割と若い。ビヴォが私への刺客として差し向けるほど、実力があると見た。
戦闘用のペンデュラムをまた円を描くように回しながら帽子のつばを直す。クロッカーには無理をするなと言われたが、これは中々骨が折れそうだ。
「来い! 返り討ちにしてやる!」