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 【現在】

 物語も終盤に差し掛かっていると思っていいだろう。ここからは悲劇と混沌が混じり合った話になるのだから。

 「……リベールト孤児院。あそこは私にとって鳥籠のような場所だったけど、自分に似た境遇の同い年の子供達や優しいシスターたちもいて。まさに、平和そのものだった。でも、その平和は長くは続かなかったわ」

 「魔人ビヴォの襲撃が、あったんですね?」

 目を伏せてあの時のことを思うと、今でも胸が張り裂けそうになる。あの夜の出来事は一瞬だった。忘れたくても悪夢として出てくるのだから。

 「あっと言う間だったの。あんなに幸せだった時間があんな化け物達のせいで簡単に壊れてしまった……」

 【過去】

 アリス 〜 リベールト孤児院にて 〜

 ジャックス達が来てから数ヶ月が経とうとしていた。今日は孤児院の建設記念日なので、夕飯は豪華だった。美味しいシチューに、色んな形のパン。ハーブ、香辛料の香りがするチキン。チキンなんて何年ぶりだろう。全員で夕食の準備をしようと、自分の名前が彫られた食器などを持って好きなだけ食事を盛り付ける。

 「ジャックス達は何処に行ったんだろう?」

 「さぁ? そう言えば部屋から出てきてないね」

 近くで子供達の会話が聞こえる。そう言えば朝食の後から、あの双子を見ていないことに気付いた。

 ーー全く……、あの二人は何してるのよ。夕飯が冷めちゃうじゃない。

 「誰か、呼んできたほうがいいんじゃない?」

 「じゃあ、私が呼んでくるわ。皆は先に食べてて頂戴」

 私は席を立って、双子の部屋まで小走りで向かった。背後で何やら騒がしい声がした。多分誰かが食器をひっくり返したか、食いしん坊のクランがまた、食い意地を張って騒ぎ出したかのどちらかだろう。

 私はその騒音を気にすることなく、双子の部屋へ向かったのだった。

 「ジャックス、ジャッキー? ご飯の時間よ! いつまで部屋に籠もってるの?」

 双子の部屋の扉をノックする。だが、応答がない。もしかしたら、眠っているのだろうか。

 「ちょっと!? お昼寝したのね! 全く、夜眠れなくなっても知らないわよ!? ねぇ!!」

 ドアノブに手をかけると、簡単に回った。鍵が開いていたのだ。いつもなら、鍵がかかっているのに。

 「ジャックス、ジャッキー……?」

 そっと扉を開けると、中は暗闇だった。ランタンの明かりが一つもついていなかった。私は恐る恐る中に入る。すると暗闇から細い手が伸びてきた。

 「きゃぁあ!?」

 伸びてきた手に両腕を掴まれる。強い力で引っ張られ、床に音を立てて倒れた。倒れた拍子に鼻をぶつけて苦痛で唸ってしまう。背後の扉が音を立てて強く閉まった。

 「な、なに!?」

 「……アリス」

 暗闇の中から聞こえたのはジャッキーの声。右耳から左耳に流れるように名前を呼ばれる。見えない恐怖に怯えながら二人を探す。

 「ジャッキー!? 何処にいるの?」

 「可哀想なアリス……。できれば、君には長く幸せに生きて欲しかったよ」

 「ジャックス!? ねぇ、何言ってるの? 二人共、見えないわ。出てきて頂戴!」

 手探りで二人を探す。探れど探れど掴むのは虚空。聞こえるのは二人の何やら悲しげな声のみ。

 「アリス、ごめんね」

 「ごめんね、アリス」

 窓が勢いよく開き、月の光で部屋が照らされる。視界が痛くなるほど光で目が眩み、ようやく目が慣れたと思うと目の前には道化師の格好をした双子がいた。

 「ジャックス、ジャッキー? その格好は」

 悲しげな顔でジャックスが言う。

 「ごめんね、アリス。君たちは今夜のご飯は食べられない」

 「どういう、こと?」

 乾いた笑顔でジャッキーが言う。彼の笑顔がこの時だけ冷たく感じた。

 「これから、始まるのは……、残酷で悲劇的なショーなんだ」

 月の光に照らされた二人は片面しかない仮面を身につける。そして、両手を合わせて身を寄せ合い、同時に口を開いた。

 「「深淵の無垢なる闇より、虚無の深淵に長く佇む悪夢の化身。純粋な魂を喰らう者。この声と黒き血に導かれて招かれん。我が主の意のままに。躍りましょう、魔人ビヴォ様……」」

 双子は円を描くように片足を床に突き立てて、くるくると回り始める。描かれた円から黒いオーラが溢れ、床の隙間から天井からと黒い液体が雨のように降り注いだ。

 「な、何!? これは、何!?」

 「キャキャキャキャキャキャキャッ!! イッツショー・エクセキューショナぁぁぁぁあああああ!!!」

 「きゃあああああ!!??」 

 黒い液体が一か所に集まると、不気味な笑い声とともに私に向かってきた。明らかにそれはこの世のものではないと悟るも、体が恐怖で硬直して動かなかった。ニタリと笑う歯が見える。大きく開けられた口の中に私は飲み込まれた。

 口に、肺にと黒い液体が入り、呼吸ができなくなってきた。

 苦しいっ、いや……、死にた、な

 もう駄目かと思った瞬間、私はその怪物に吐き出された。咳き込んでなんとか空気を吸い込もうとしたが、だんだんと意識が遠退く。疲弊した私を横切り、部屋の外へ出ていく化け物。化け物は廊下に出て、皆のいる場所へ一直線に向かっていった。

 「子供の魂ぃ! いっただきまああああああああす!!!」

 また大きな口を開いて、私の視界から消えた。直後に断末魔の声となにかが倒れたような音が聞こえた。

 みん……な…。

 薄れゆく意識の中で、見えたのはあの部屋にいた、双子だった。私の横を通り過ぎる靴を眺めていると、双子のどちらかが私の手をぎゅっと握った。温かい、けど震えていた。

 「……ごめ、ごめんなさい、アリス、皆」

 優しい声、この声はジャックスだ。涙声で懺悔している。

 ーー泣き虫。悪役なら、悪役らしく、……立ち去りなさいよ。

 「ぐす……、アリス、君だけでも逃がしてあげたかった……、大好きだよ。ぐす、アリス。大丈夫、大丈夫だからね……」

 彼は私の手首に何かをつけ、その部屋を出ていった。それと同時に私は意識を手放した。それが私が覚えている最期の光景だった。

 孤児院の中は先程まで断末魔の叫び声が響き渡っていたが何もなかったように静寂が訪れた。

 「「ラーララ〜」」

 夜の町を道化師の格好をした双子が、唄を口ずさみながら歩いていた。翌日、新聞配達に来た青年が孤児院の有り様を見て、保安官に通報したのだった。この時、一人の少女のみ保安官に保護されたらしい。

 【現在】

 私は頭痛を感じて、額に手を当てながらコーヒーに映る自分の姿を見る。何故私だけこうして生き残ってしまったのだろうと少し後悔している反面、安心している自分がいる。

 「奥様、そろそろ薬の時間です」

 使用人がコップ一杯の水と錠剤を持って来た。時計に目をやるともう午後の五時になっていた。この時間になると医者から処方された薬を飲まなければならない。

 「あら、ありがとう。そこに置いておいて頂戴?」

 使用人は薬と水をテーブルに置くとそそくさと退室した。お弟子さんは私の薬を見つめていた。

 「薬? 何処か悪いところでも?」

 「ええ、あの時の事件の記憶障害の影響か、頭痛が絶えなくて。でも、安心なさって? 重い病気ではないので」

 「……そうですか、それにしても、黒い錠剤だなんて珍しいですね?」

 「そうでしょう? 原料が気になるわ。一体どんな薬草とかを使用したらこんなに黒くな……あれ?」

 私が錠剤を飲もうとしたら、黒かった錠剤が綺麗な桃色になっていた。

 「おかしいわね? 薬を間違えたかしら?」

 「何言ってるんですか。【薬は初めから桃色】でしたよ?」

 ……そうだ。薬は、初めから、この色だった。

 「……そう、ね。<薬は始めから桃色>だったわね」

 錠剤を口に含んで、水で一気に流し込む。何だか、いつもより薬の効き目が早い気がした。頭痛があっという間に治まる。

 「さて、何の話だったかしら……」

 「ビヴォの襲撃の後の話、ですね。あの悲劇が起きた後の孤児院で私と先生が事件の繋がりとなる<鍵>を探していたんですよ」

 【過去】

 双子の道化師はジャグリングナイフを投げながら、猿のように飛び跳ねて駆け回る。飛んで来る物を交わしても油断はできなかった。懐に双子のうちの一人がジャグリングナイフを突き立ててくるのだ。

 ジャグリングナイフは本来空中に投げて掴む芸の道具に使われているものなので、柄の長さが普通のナイフよりも長く、リーチがある。ましてやそれを振り回しているのは、私よりも小さい子供二人。動きも素早く、身軽であるため気を抜くと刺されそうになる。

 「あぶッ!?」

 腹部にナイフを突き立てられそうになった。相手の腕を掴んで防いだが、すかさずもう一人が背後からぬるりと出てきた。

 「隙あり!」

 「あってたまるか!」

 背後から出てきたもう一人に回し蹴りをする。蹴られた衝撃で遠くに吹き飛んだのを確認すると、ナイフを突き立ててきた奴の腹に思いっきり肘を食らわせた。

 「うげぇぇ……!?」

 ナイフから手を離して、お腹を抱えてその場に倒れ込む。敵、と言っても所詮は子供。大人の本気の体術をもろに食らってはまともに動けないだろう。

 「う、うぅう……」

 「所詮はガキだな。お前たちじゃ、私を殺すこともできないだろうよ。見逃してやるからとっとと帰りな」

 背を向けて手をひらひらと振ると同時に、胸から鋭い痛みと銀のジャグリングナイフの刀身が体を貫いていた。

 「……がは」

 口から吹き出る黒い血。ゆっくりと後ろを向くと、双子がジャグリングナイフの柄を持って背中にぴったりとくっついていた。やられた。子供だから、といって油断しすぎた。

 「お、前ら……」

 私は膝からゆっくりその場に倒れた。双子は柄から手を離し、息切れをしながら私を見下ろしていた。

 「どうだ、僕たちを、舐めるからだ!」

 「…はぁ、はぁ。い、行こう、ジャッキー」

 双子はよろめきながらその場から立ち去ろうとしていた。双子が数歩歩いた時、背後から身の毛のよだつ殺気を感じただろう。肌がビリビリと感じるほどの殺気。一体誰から発せられているのか。今わかるだろう。

 「ぁあ……」

 私はゆっくり起き上がり、銀のナイフを自力で抜いて止血した。溢れ出た黒い血は傷口に集まっていき、元の肉体へと再生させる。本来、呪われ人は銀で急所を突かれると即死するらしい。だが、私は違う。ビヴォよりも重く強い呪いにかかっているからだ。

 「そ、そんな! 銀のジャグリングナイフは確かに刺さったのに!」

 「この、クソガキ共。人が慈悲をくれてやれば、調子に乗りやがって……」

 だから人間は嫌いだ。

 片手を双子の道化師たちに向けると、雨雲がこの孤児院に集まってきた。ゴロゴロとわずかに雷が鳴り始める。地面から、建物からビリっと小さな稲妻が走り出す。

 「古代魔術の威力、思い知るがいい……!!」

 ピカッと雨雲から雷光が光り、大きな雷槌が双子に降り注ぐ。双子に手の平を向け、力強く握ると同時に呪文を唱えた。

 「ケラヴノス!!」

画像

 雷槌は双子に、そして地面に強く落ちる。すると大きな爆発音と共にケトロの町に大きな落雷を引き起こしたのだった。

 しばらくして、孤児院の中に戻った私は再び探索を続けた。双子はというと、落雷によって少し黒焦げになったまま気絶していた。これでも力加減はした方だ。

 「地震、雷、火事、親父ってな」

 またあの双子が目を覚ます前に、クロッカーから言われたものを探し出さなくては。

 気が遠くなるほど長い廊下を歩いていると、【書斎】と書かれた部屋を見つけた。頼まれたものはここにあるはずだ。書斎に入ると、きつい香水の香りが鼻をついた。あの三人の修道女のうちの一人が身につけていたものと同じ香りがした。

 「くっさ……。ってことはここにアレがあるはず」

 書斎のデスクの引き出しという引き出しを漁り始める。中には請求書らしき紙と何かの領収書のようなものが束ねてあった。その金額と商品の名前らしきものを見てもしや、と思った。

 「パディロ、五十万。スミス、三十万。ベネロペ、三十五万……。ビンゴ」

 この請求書と領収書に書かれた商品の名前と金額。それらが指し示す答えは私の中で出ていた。そして、ビヴォとその刺客である双子がここで待ち構えていたのも納得がいった。

 「支払い、及び請求は……ケトロ保安長カール・オミフリーへ……」

 私は束ねられた請求書などを懐に入れて孤児院を後にした。

喜劇ト悲劇ノ道化師

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