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会社が契約している駐車場に着く。
車については詳しくはないが、朝霧部長の車、絶対高級車だ。汚したらどうしよう。
助手席、乗ってもいいのかな。
私が車に乗るのを躊躇していると
「どうぞ」
朝霧部長が助手席のドアを開けてくれた。
「失礼します」
車なんて乗り慣れてないから、不思議な感覚だ。
「とりあえず、車を走らせて良いですか?お腹空いてませんか?何か食べに行きましょうか」
部長はエンジンをかけながら
「気分転換とか、どうでしょうか?」
聞いてくれた。
「あの、お腹は空いてないです。部長は……」
「じゃあ、しばらく走らせますね。さっきの話、余裕ができたら教えてください」
部長はお腹空いてないのかな。
でもこれって、なんだかデートみたい。
したことがないけれど。
急にドキドキしてきた。
隣にいる部長をチラッと見る。
やっぱり、カッコ良い。
朝霧部長の車に乗れるなんて、羨ましがる人がいっぱいいるんだろうな。
部長は無言だった。
まだ出逢ってから時間はそれほど経ってないけれど、今までは話しかけてくれたのに。
きっと私の方から話すのを待ってくれているんだよね。
「あの、さっきのことなんですが……」
ギュッと手を握り
「私、石塚さんに話があるって言われて、一時間待たされて。それで、帰ろうと思ったら、急に付き合ってほしいって告白をされて……。だけど、それは嘘だったんです。そのあと、葉山さんたちが来て、私が告白を受けるかどうかの遊びだったって言われました」
うまく説明できてないかもしれないけれど。
伝わったかな。
「えっ」
部長は言葉を失っている。
「騙されたことよりも、私が彼らに怒れないことが悔しくて。バカにされたままで、言い返すこともできなくて。それが嫌で……。朝霧部長がこの間、私のことを信じてくれて、それで勇気を持てて、少しは強くなれたかなって思ったのに。一人じゃ全然何もできないままでした」
さっきのこと、思い返してもイライラして悔しい。あの人たちにも、自分に対しても、嫌気がさす。
「芽衣さんは、自分が感じていないだけで、強くて可愛い女性です。俺はそう思っています。だから、そんなに自分のことを嫌いにならないでください。俺は芽衣さんのことが好きです」
こんな時でも、私のことを好きだって言ってくれるの?
「石塚さんたちのことは許せません。悔しいことに証拠がないので、会社的には罰せられませんが、人のことを面白おかしく傷つけた人は、自分たちに悪事が返ってきます」
信号で車がとまった。
「それに会社には俺が居ます。何かあったらすぐ言ってください。俺が権力でなんとかしますから」
なにそれ、冗談に聞こえない。
朝霧部長は会長の息子だから。会長との関係が良ければ、会社の人事くらいどうにでもなる。
朝霧部長からそんな言葉が出てくると思わなかったので
「ハハっ。怖いです。それ」
嘘だとしても笑ってしまった。
「ありがとうございます。元気が出ました。こうやって愚痴を言えたの、人では朝霧部長だけです。ネコちゃんにはいつも心の中で愚痴っているんですけど」
「俺で良かったらいつでも話聞きます。芽衣さんの味方です。信じてください」
朝霧部長に心を開いてきているのは、自分でもわかっている。
けれど、信じた時にいつも裏切られてきたから。
心にバリアを張ってしまう。
心ではセーブしているのに、信じたいという気持ちが生まれているのが、不思議だ。
どうして朝霧部長にはこんなに早く懐いてしまったんだろう。
「はい」
私の返事を聞き
「芽衣さん、このまま食事に行きませんか?」
そういえば、安心したらお腹が減ってきたかも。
「あの、部長は何も予定とかないんですか?」
無理してもらっても困る。迷惑はかけたくない。
「ないです。一人暮らしなので。気ままですよ」
部長も一人暮らしなんだ。
てっきり会長、お父さんとかお母さんと大豪邸で一緒に住んでそうだと思ったのに。
「芽衣さんが良かったら。何か食べたいものありますか?」
食べたいもの、そうだな。なんだろう。
ていうかこういう時、どんな回答をするのが普通なの?
本当に食べたいものを言う?
部長の食べたい物を聞き返す?
それとも相手に任せる?
経験値がなさすぎて、わからない。
「部長は食べたい物、あるんですか?」
無難な回答にしよう。
「食べたい物ですか。えっと。そうですね。芽衣さんのハンバーグがまた食べたいです」
「えっ」
無邪気に答える彼に戸惑うけれど
「芽衣さんのハンバーグが食べたいのは本当ですが。この間、ご馳走になったので、今日は俺がオススメのレストランに行きましょうか?」
良かった、また家に行きたいとか言われたらどうしようかと思った。
「はい」
部長が連れて行ってくれたのは、街中から外れたレストランだ。
知る人ぞ知る、というような感じで、あまり店内は混雑していない。
だけど半個室になっているから、人の目を気にしなくても良い。ホッとする。