メニュー表を見てはいるが、どうしよう。
何を食べよう。
給料日直後で良かった。私には料金が高く感じられる。
メニューと睨めっこをしていると
「芽衣さん、食べたいものありますか?アレルギーとかは?」
「アレルギーはないです。美味しそうなものばかりで、何を食べたら良いのかわからなくて」
メニュー名はフランス語だと思う。
日本語訳で下に料理の説明が書いてあるけれど、いまいち想像ができない。
「それじゃあ、俺のオススメとかを何品か頼んでも良いですか?」
その方が助かる。
「はい」
料理を待っている間、部長とどんな話をしよう。
身構えていたけれど、朝霧部長は
「俺、モカちゃんも好きですけど、ルイくんも気になってて」
猫カフェの話をしてきた。
「彼も一匹狼って感じでかっこよくないですか?でもおやつタイムになると近寄ってくるから、やっぱりネコなんだなって、可愛いと思っちゃいます」
ルイくんは真っ黒なネコのことだ。
「ああ、わかります。あの子、普段近寄ってこないですよね。本当に気まぐれで。だけど、たまにヒザの上に乗るんですよ。その時は感動しちゃいます」
あれ、私、普通に会話できてる。
「芽衣さんはいつから猫カフェに通っているんですか?」
「えっと。あのお店のオープン当初からです。アパートから気軽に通えるので。本もゆっくり読めるし。保護ネコカフェだから、頼んだドリンクとか滞在料金が、ネコちゃんのためになるって思うと、力になりたいなって思って」
本当は引き取りたいけれど、アパートは賃貸でペット禁止だ。引越しをする余裕もない。
それに一人暮らしで誰も頼れる人がいないから、引き取ってもお留守番の時間が長くなる。
お金も仕送りがキツくて、ギリギリで生活しているから。
だから、カフェに通うことで力になれているのなら嬉しい。
「俺も動物が好きなんですが。父と母が苦手みたいで。どうしても毛が落ちるってイメージがあるらしいんです。あと、ネコなら爪とぎとか。だから、家では動物を飼ったことがなくて」
そうなんだ。大きなワンちゃんとかいそうなイメージだったけれど。意外だ。
「そうなんですね。部長は毛とか、気にならないんですか?」
あれあれあれ、自然と聞き返してる。
会話になっている。
共通の話題があるからか、話が途切れることがない。
そうこうしているうちに、料理が運ばれてきた。スープが運ばれ、次はサラダ。
サラダは大きなお皿だから、取り分けないと。
こういう時に、女性は気遣いができないといけないんだ。
私がサラダを取り分けようとすると
「俺、やりますよ。ここのトング、けっこう大きいから」
部長が手際よく取り分けてくれている。
「え、上司にそんなことさせるわけには。そういうことは、女性がやることじゃ……」
申し訳なく思っていると
「ここでは上司ではありません。友達です。それに、女性がやるって決まりもないですよ。まぁ、こういう仕事は女性がって風潮が残っていることもありますが。俺は気にしません。美味しく食べれれば、それが一番です」
はい、どうぞと目の前にサラダを置いてくれた。
「ありがとうございます」
いただきますと伝え、一口食べる。
「美味しい!」
ソースが美味しい、手作りなのかな。食べたことがない味だ。
「美味しくて良かったです」
私の様子に部長はフフっと笑っている。
部長が頼んでくれた他のメニューにも舌鼓を打ち、デザートまで食べてしまった。
「こんなに豪華な夕食、はじめてかもです。食事はいつも一人でしたから。簡単な物で済ませたり、お店に入ってもこんなにいろいろ頼まないので。夕ご飯、付き合ってくれてありがとうございました」
「いえいえ。芽衣さんのためなら。まだまだオススメのお店があるんです。今後行きましょう」
これは、はいと返事をしてもいいの?
部長だってそんなこと言っておいて<また>なんてこと、社交辞令で言っているだけだよね。
「はい」
返事をして、お会計に行くつもりだった。
「ご馳走様でした。おいくらですか?」
今日はお財布に多めに入っている。
恥をかかないで良かった。
「もうお会計は終わっているので。車に乗りましょうか」
「そんなっ」
きっと、食事を食べ終えたあと
<お手洗いに行ってきますね>
部長が席を立った時に、先に支払ってくれたんだ。
「今日は俺が誘いましたから。というか、年上ですし、かっこつけさせてください。この前、ハンバーグを食べさせてもらったお礼です」
私のハンバーグとこんな素敵なレストランの料理では、クオリティが違いすぎる。
ここで私が支払うと言っても、部長は引かないんだろうな。
「ありがとうございます。ご馳走様でした。美味しかったです」
ペコっと頭を下げる。
ここはちゃんとお礼を伝えよう。今後、何かでお礼をすればいいよね。
車に戻る。
そういえば、ご飯が楽しかったからか、さっきの嫌な気持ちがほとんどなくなった。不思議。
誰かに話を聞いてもらえて、美味しいご飯を食べれば、こんなに気持ちが楽になるんだ。