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そこは都会の喧騒などとは無縁な長閑な街だった。それでも毎年3回ほど催される神楽まつりには、他県からも沢山の参拝者や見物人たちが訪れてくれて、とても華やかで賑やかで、街の人達も楽しみにしてくれていた。
アタシの母はその神社が目玉としている神楽の舞姫で、赤い真っ直ぐな髪をしたとても美しい人だった。季節ごとに神前の舞台で神楽を舞い納める母の姿を楽しみにしていた。幼い頃には、彼女はアタシと違って神さまから愛されているのだと信じて皆に自慢したものだ。…とても誇りだった。
「お母さんが倒れたの!?いつ!?。……2週間も前なんてなんですぐに連絡してくれなかったのよ?お父さんっ!。……え?知らせるなって言われてた?。なんでよっ!?。……すぐに帰るから!。どこの病院なのっ?」
それは今から5年前。あたしが看護師の専門学校に通い始めてすぐの頃。うちの実家は古いだけが取り柄の神社で、その婿養子だった父は母の言いなりなところがあった。父が最高責任者である宮司に就いても、実際は母が全ての祭り事を取り仕切っていた。母の舞う神楽がお客を呼ぶからだ。
「え?。末期の肺癌だった?。…父さんは知ってたのよね?病気のこと。」
「いいや。…私に隠れて治療していたようだ。…どうしても手術はできないの一点張りで…高額な薬を打ち続けていたらしい。これを見てくれ…」
それは正に寝耳に水な話だった。母が病気だったのは仕方ないとしてもその治療費は破格だった。どれだけ医療が進んでいても完治には時間のかかる癌とゆう凶悪な病。母はその病に立ち向かう方法を自身で決めて、そして敗北した。入院してから僅か数日で状態が急変して翌日には永眠する。癌と闘う為の武器とした新薬は1回の投与で数百万で借金だけが残った。
「…なに?これ。…こっちは銀行で…こっちは消費者金融?。…!?。利息だけでも月に12万円って!?。…これをお父さんが全額支払ったの?。」
「ああ。しかしそれで全部じゃなかったんだ。債権会社から連絡があったんだよ。あと2社ほど支払いが滞っているってね?。だから私の責任で売れる物は全部売ったんだよ。…それでも精算はしきれなかった。すまん…」
実家に帰ってからすぐにアタシは看護学校に休学届を出した。父から連絡があってすぐに母が他界したので、アタシが代役として神楽を舞う事になったからだ。しかしやはり母のようには舞えずにアタシは自分の未熟さを思い知る。子供の頃は毎日見ていた母の舞い稽古。見様見真似で覚えた程度ではやはり素人と変わらない。才能のないアタシでは…継げなかった。
「父さんが謝ることじゃないでしょ。それでどれだけ残ったの?残りはアタシがなんとかするから。だからこの神社は続けよう?。ね?父さん?」
「母さんは神社の共済金にまで手を突っ込んでいる。…そして銀行からも代々受け継いできた土地を担保に借りてた。その土地を手放して精算しても負債が900万。はじめ…私はもう限界だ。この神社を手放す。売りにしていた神楽を舞う巫女が死んだんだ。…後は保存会に任せるつもりだ…」
「残りが900万円も。…わかったわ、そのお金はわたしが払い続けるからお父さんは神社を続けて。バイトでも何でもして利息だけでも払い続ければ良いのよね?。ねぇお父さん。お願いだからアタシの帰る場所を無くさないでよ?。お母さんが憎いかも知れないけど。…お願い…お父さん…」
結局アタシは看護学校を辞めた。父が約束してくれた神社の継続の為に、毎月最低でも10万以上の利息を支払わなければならなくなったからだ。利息が15%な900万円の借金。つまり年間でザックリ135万円が利息となるらしい。余程のことがない限り借金そのものは返せないだろう。それでも帰る場所を無くしたくはなかった。沢山の思い出があるのだ。
「はい、ハジメちゃん。3番ボックスにこのドリンクをお願いします。」
「はい、ただいま。…失礼致します。ご注文のドライ・マティーニです。きゃ?。…あのお客さま?。…当店は会員制ですのでお戯れは困ります。」
ここはオフィス街に近い老舗タワービルの10階。特に街のVIP御用達を売りにしている会員制の高級バーである。らしいのだけれど、最近はお客様の中にもジェントルの欠片も感じない輩が出入りするようになった。
入ったばかりの頃は初老なお客様ばかりで楽しかったのに台無しだわ。この豚男も誰が目当てなのかよく見かけるけど、今日は上司がいないからかお尻や太ももを触ってくる。そーゆーお店じゃないんですけどっ!?
「ちょっとくらいいいだろぉ?。いいケツしてるお前が悪いんだよ。バニーなんかやってるって事は金だよな?なんなら今から買ってやろうか?。ほぉら金だぁ。帯封の付いた札束なんて見たことねえだろぉ。へへへ。 」
それでも最低限、ジャケットの着用は義務付けられていて、服装だけなら品位も見受けられた。高い天井に下がる大きなクリスタル・シャンデリアがとても綺麗で、広いホールはボックス席だけ。敷き詰められた朱色な高級絨毯の上を私たちバニーガールが華麗に歩いてはお客様のご注文を受けとり、超高額なお飲み物をお届けするのだ。常にお客様に見られているのでまったく気を抜けないのだが、お仕事としては楽しんでいるつもり♡。
「……会員番号が…0564。徳本さまですね。…ご紹介頂いた佐藤様にも厳重警告が封書にて送られますが…よろしいですね?。佐藤さまの顔を潰すことになるのは勿論、来店もお断りすることに。……手を離しなさい。」
肩や腹にミチミチに食い込んでいるジャケットが気持ち悪い。どう見ても不摂生と自堕落が祟っているデブは嫌いだ。しかもちょっとお金を持ったくらいで偉くなった様な勘違をしているのも頭にくる。更には手首まで掴まれたんだしこれはもう駆除するしかないわね。お店に相応しくないわ。
「お前…佐藤さんにチクったら殺すからな?。ほら、行けよクソうさぎ…」
「失礼いたします。(もう来んなっ!。ばーか!でーぶ!ぺてんしー!)」
とまぁ。色んなことがある夜の街でバニーガールになってもう二年と三ヶ月。クビになりそうになったり、ならなかったりで、今では古株になっちゃった。このバーの卒業生には芸能人やグラビアアイドルなんかもいて、春にはその道を目指す若い女子たちがこぞって応募してくる。だが当然のように、入れ替わりもなぜだか激しい。そんなに辛くもない職場なのになんで辞めていくのかがアタシは不思議だ。時給だって3000円なのに。
「♪。♫。♪。(今日はチップが凄かったなぁ♪。まさかあのデブを叱っているところを見られてたなんてぇ♪。お陰でファンが増えたかも♡)」
今日も5時間のお仕事が終わった。これで1日15000円♪。しかも週に5日も出てるからけっこう稼げてたりする。そして今日はチップが大盤振る舞い♡。最近の紳士は従順で懐こい子猫ちゃんよりも、気が強そうでツンデレな女豹の方がお好みらしい♪。チップで3日分も貰っちゃった♡
いつもの控室で化粧を直して着換えたらさっさと帰ろう。うずめちゃんの顔も見たいし、レオさんよりは少しでも早く部屋に戻らないと。あ、コンビニに寄って夜食とアイスでも買って行こう。この前はバニラだったし今度は何がいいかしら?。チョコとかミントとか色々食べてもらわなきゃ♪
「あ。ハジメさぁん。さっき支配人さんが探してましたよぉ?。…よ。」
「え?そうなの?。…ありがとうユメちゃん。行ってみるわ?。(またパトロンの話かしら?。いらないって言ってるのにぃ。…辞め時かなぁ?)」
二年目のユメちゃんに声をかけられて、アタシは支配人室のドアをノックする。何となくな嫌な予感しかしなくとも無視するのはやはり良くない。いつものように愛想笑いでかわしつつ、やんわりと断ろう。それでもダメなら身を引くしか無いのかも。アタシもそろそろ落ち着かなきゃ。よね。
「はぁ。モテる女は辛いわねぇ。…なんでアタシ一人に3人も申し込むのよ。…しかも『誰かに決めてもらわないと店としては置いておけない』なんて、そんなの脅迫じゃないのよ。あ〜あ。キャバとかって『客あしらいが面倒くさい』って言ってたしなぁ。でも…毎月の支払いを考えるとね…」
突然に言い渡された解雇警告。しかし条件を飲みさえすれば、今よりも良い暮らしができるのは間違いないのかも知れない。何となくだけど新人たちがサッサと消えていく理由がわかった気がする。パトロンに立候補したオジサマたちの愛人だか後妻だかに収まって、リッチな暮らしでもしているのだろう。身体を弄ばれる代償かぁ。考えただけでゾッとしてしまう。
まぁ、返事は1週間ほど待ってもらえるみたいだし急ぐのは辞めよう。そろそろ繁華街の大通りも抜けるしタクシーで帰ろうか?。いやいや、ちょっとチップをたくさん貰えたからって使ってしまえば意味がない。いつもの裏通りから商店街に抜けてまっすぐに帰ろう。30分くらいなんだし。
「…よお。さっきはデカい面してくれたなぁ?。コイツですよ佐藤さん、あの店でオレに恥かかせたバニーは。残念だったなぁチクれなくてよ?」
「あーこの娘かぁ。確かハジメだったよねぇ?。男みたいな名前のわりにいい身体してたから覚えてるよぉ。…これから帰るの?。じゃあちょうど良かった。ほら、僕の車に乗せてあげるよ。…寄り道してから帰ろうか。」
「…結構です。佐藤様、当店でのアフターは責任者である支配人に許可を取って頂けますか?。…それでは失礼いたします。(…何を考えてるのよ?こんな所で待ち伏せなんて!。確か催涙スプレーが…え!?無い!?。なんで!?。さっき控室で確認した時には…あ。まさかユメちゃんが!?)」
大通りに出て右に折れてしばらく歩くと、よく買い物をする商店街への近道だった。そこに辿り着くまでの細い一車線の路地に、奴らは黒い高級車を横付けにして歩道に立っている。どうしたって二人の横を通らないと商店街には抜けられない。しかも民家が殆どない並木通り。冷や汗が出る。
「佐藤さんがせっかく送ってやるって言ってるんだし、サッサと車に乗れよ。それと支配人には了承済だぜ?。太客も取らずに居座っているから困ってるんだって言ってたよ。…ほら、悪いようにはしねぇからさぁ…な?」
「どうしても嫌だって言うのならあの店はクビだねぇ。年に500万近く落としている僕と、売上もあげずにわがまま三昧なハジメちゃんとでは店への貢献度なんか雲泥の差だよ?。…二時間だけ僕たちを楽しませれば金だって払ってやるし明日からもあの店で働ける。さ。5秒で決めようか。」
「………。(支配人たち全員がグルだってことね。そんなにアタシが邪魔なんだ。でも確認してみないとまだ解らない。だけど催涙スプレーは?)」
オレンジ色な街頭がぼんやりと灯りを零している。そして、そこに浮き出た長い影がアタシへじりじりと迫ってくるようだ。こんな悔しいことがあって言い理由がない!身体を売らなきゃ働くこともできないなんて!。ここは逃げなきゃ絶対に後悔するわ!。待ち伏せする様な奴らだもの、どんな事をされるか分かったもんじゃない!。アタシはハイヒールが包む踵をゆっくりと浮かした。足の速さならまだ自信がある。来た道に戻ろうっ!
「まだ捕まえてなかったんですかぁ?佐藤さんと徳本くん。サッサと拐って、あの部屋で3人で輪姦するんでしょう?。もっと男を喜ばせる体にする為に、みんなで調教するんじゃなかったんですか?急ぎましょうよ。」
二人を睨んだまま後退ったアタシの背後から車の音が聞こえた。道なりに近づいたらその車の前に飛び出して助けてもらおう。説明は後にしてでも事故にすれば警察を呼べる。そう考えていたアタシのすぐ背後でその車は停まった。そして窓から顔を出した小太りな男が煽るように言ったのだ。
「いっ!?伊勢支配人っ?。……あなたもこの男達と…グルなんですね?」
そして下品に赤い高級車からその男が降りてくる。いつもの作り笑顔がいつもより気持ち悪い。前からは佐藤と徳本が、背後には伊勢が。退路を絶たれてしまったアタシは歩道の外側に伸びたガードレールに背を寄せる。
その向こうは雑草だらけの土手になっていて、底は確か水の少ない小川になっていた気がする。そこに飛び降りたとしても逃げられる確率が下がるだけだろう。しかも足下も見えないのだ。裸足なら確実に怪我をする。こんな時にスマホを取り出しても掴みかかる隙を与えるだけ。他に逃げ出せる場所は無いかと眼だけで周りを見るのだが、深夜だけに見つからない。
「ハジメちゃん、キミは素晴らしい。そこまでイヤラシイ身体をしたバニーはこれまで一人もいなかった。しかしガードが硬すぎるからこうなるんだよ?。うちのお店はお客様の要望や願望に応えるためにあるんだよ。お客様が言うには、やっぱり少ぉし使われた穴が具合が良いんだってさ♪だから行こうか?。キミのパトロンはもう落札で決まったんだ。いいね?」
ニタリと笑んだままで躙り寄って来る伊勢支配人が気持ち悪い。この男を蹴り飛ばして逃げ出せないものかと考えはするものの、アタシの身体は強張るばかりで動いてくれなかった。でも諦めたくない!アタシはもう!獅子神獅子の女なのだ!。こんな男たちに自由にされて良い理由が無いの!
「つまり…お店ぐるみでこんな事を。…通報します。…はっ!?離して!。げふっ!?。ごほっ!ごほっ!。…なっ!?。きゃっ!?。あうっ!。ぐっ!?。きゃっ!?あぐっ!。…ごほっ!ごほっ!。いったぁいっ!?」
いきなりアタシの頭がガツンと揺れた。と同時に左目に火花が散る。そしてまた頭が揺れた。二度、三度と顔面や首筋を痛みと衝撃が襲って来る。両手で庇おうとしたら今度はお腹にぼこりと何かが当たった。あまりの痛みに息が止まる。身を屈めようとしたら前髪を引っ張られた。そしてまた顔面に何度か痛みがぶつかってくる。とても痛くて、ひどく目が回った…
「いい加減にっ!。おらっ!おらっ!おらぁ!おらっ!!。…へっ。女のくせに逆らうからだよ!。…佐藤さんすんません。ドアを開けてもらっても……どうしたんすか?佐藤さん。…あの?ドアをお願いできます…か?」
髪を引っ張られたままで、とても痛くて、アタシは着いていくしか無かった。凄く目が回っていて気持ち悪くなっている。ひどく酸い汗臭さと血の匂いが混ざりにあって胸が焼けてきた。お腹の痛みで脚に力が入らない。それでも構わずに、太った男はアタシを引き摺ろうとする。もう嫌だ!。アタシは投げやりになるしか無かった。もう痛いのも、生きるのも嫌だ!
しかしその時すぐ近くで『ブチッブチッ!ブシッ!』とか、聞いたことの無い破裂音と言うか、なにかを激しくかき混ぜている音と言うのか。本当に聞き慣れない気持ち悪いグチャグチャ音が聞こえ始めた。いったい何が起こっているのか。だけど顔を上げる気力も…レオさんに…会いたいなぁ…
「あ……ああ…あ。…た…たすげ………べ……。とく…もどぉ……たすげ…べ…。ぐっ!ぐるじぃんだおぉ。…がらだしゅうがぁ…とけだしっでえるぅ。なんでぇらおおぅ?。いっでぇええよぉぉ!。うがぅああぁ…うるぶしぃ…いゃあぁあだぁあ…ぼぐのうれがぁ…たぁずげぇべぇえ…じにだぐなば…」
「ひっ!?ひぃいいっ!?。さ!佐藤さんっ!?。なんで溶けてっ!?。うわぁああ!佐藤さん!?佐藤さぁん!。…な、なんで、グズグズに?」
「ひぃぎゃぁああ!たっ!だすげぼどぐもぼっ!?、うあぎゃあ?とっぷるっぷ?。どっ!どけるびゃあっ!?あぶるっぷしっ?……あぁぁぁ…」
「…………さ……さ…とう……さん?。……え?……なんで?……溶けて?。あ?」
アタシの髪を引っ張る勢いが止まったみたい。ぼんやりと眼に入るのは辛子色はジャージと茶色いサンダル?だけ。でも男達の誰かが、もの凄く苦しい声をあげているのは聞こえてきた。そうよ、アタシをここまでボコボコにしたんだから死んでよ。でも楽には死なないで。産まれて来たことを後悔するくらいの苦痛を受けて当たり前のことをしたのよ?。解るよね?
「ああっぎゃあ!?、かっ!顔がぁぁ!とっ!?とぉげり…ゆぅ…だぁっすげぇ……べぇ……うがぁい!?…いっ!痛あぁえいいっ!…あぎゃあぁ…おぎゃぁああい!…あづづぅう?きゃぼがぁ?はりゃがぁあ…あっぅいよぼぉお…りゃあすけれぇ。…いいやだりゃあ…ぐぶぼぉ?…どっどげどぅ…」
「こっ!?今度は支配人っ!?。なっ!?何しやがったぁ?クソ女あ!。あっ!?ありぎゃ!?。……が!あああっ!?おっおばえば!?。いいぎゃあぁああっ!?きゃつららが!とっ溶けりゅぅうううっ!だすげば…あああーっ?あずばがぁあ?とっ?とけりゅぅうう?いっでぅえよぉ…いゃだぁああう…だ…だすげべぐりゃああ…あうおお?…どっげぇるゔぅう…」
また聞こえた悲鳴と怒号。でもアタシの髪の毛は引っ張られなくなった。腫れているのか目も開かない。ジュワジュワと何か泡立つ音が聞こえる。すぐそこに倒れているデブの身体がジワリジワリと小さくなっていた。徳本?に何発か顔を殴られて、お腹を蹴られたアタシは朦朧とした意識のまま座り込んでいる。腐った肉を焼いた様なイヤな臭いが鼻を刺してきた。
あの虫けらたちに何が起こったのかは全くわからないけれど、左の眼は痛いし口の中に血の味がしてすごく気持ち悪い。あのブタに蹴られたお腹もズキズキと痛むで最悪だわ。でもまだ立てそうもないわね。頭がくらくらしていて身体の水平が解らない。もう少し休もう。なんだか凄く眠いわ…
「……あっ!?。痛たたあ。……あれ?ここは、レオさんの部屋?。!?。(痛たあ。ふぅ…口の中がぼろぼろぉ。あら?手当してくれてるんだ…)」
「大丈夫ですか?…ハジメさん。…酷い目に遭い…ましたね?。…ごめんなさい。もっと…早く助け…に行けばよかった。…左目…冷やし…ますね?」
「え?。…うずめちゃんよね?。ごめんねぇ、まだ目がボヤケてて。…まさかうずめちゃんが助けてくれたの?。…ぐす。ありがとう。うずめちゃん。…はぁ。まさか支配人までグルだったなんてねぇ。…ぐす。…馬鹿ね。でもどうして分かったの?アタシが襲われているって。痛たた。…すん。」
アタシが気がついた部屋には見覚えがあった。途中から記憶も曖昧で体中が痛いのだけど、覗き込んでいるうずめちゃんの心配そうな顔を見てホッとした。ちゃんとアタシは生きているし、たぶん殴られた以外は何もされていない。つまりレオさんへの貞操はしっかりと守れたのだ♪良かった。ふわりとしたベットが痛めた身体になぜか心地いい。程よい硬さだった。
「…動かない…で?もうすぐレオ…も…帰ってくる…から。……うずめは…レオとハジメ…さんから…生命…力を貰って…いる…の。…だから…傷つけ…られれば伝わる…の。…すぐに…見つけたけれど……本当に…ごめん…なさい。」
「なんでうずめちゃんが謝るのよぉ。…助けてくれてありがと♡。お陰でレオちゃんだけの女でいられたわ♪。ほんとにありがとね?。ぐしゅ…」
「ハジメさん…あまり喋ら…ないで?。……お口の、中が、酷い…の。レオがもどっ…たら、治してもらお?。レオ…の生命力を…分けてもらう…の。」
「レオさん…そんな事ができるんだ。…あ。もう喋りません。(アタシを黙らせるためにそんな怒った顔してぇ。やぁん♡うずめちゃん優しー♡)」
そんな話をしているうちにバタバタとした靴音が部屋に近付いてくるのが分かった。路地に一番近い角部屋だから足音なんてすぐに聞こえてくる。バンッ!と少し乱暴にドアを開ける音がした。その途端にレオさんの顔が覗き込んでくる。彼にこんな悲しい眼をさせるなんて。ごめんなさい…
「ハジメさん大丈夫か?しっかりしろよ?。くそ!…誰がこんな事を!」
「ハジメさん!?冷たい物を買ってきたから冷やそ!。…なんてひどい。」
レオさんの隣に顔を出してきたカリンちゃんの驚いた顔と慌てように、アタシの血の気が引いてゆく。もしかして二度と見られないほどな顔になってるの?そこまでは痛くないんだけど腫れているのは分かるわ。でも、そんなに辛い顔をされると流石に不安になるんだけど?。鏡が見たいなぁ…
「レオさん。かりんちゃん、お帰りなさい。え〜?そんなに驚くほど酷いのぉ?。ごめんねぇレオさん。顔が傷物になっちゃったぁ。てへぺろ♪」
「……なに言ってんだよ。…ちゃんと綺麗に治るさ。…うずめ?相手はわかってるんだよな?。どこの誰か…教えてくれ…これからぶっ殺してくる…」
アタシの頬を優しく両手で包んでくれたレオさんが、青黒い瞳を潤ませながら唇を震わせた。アタシの知らなかった怒りに震える彼の姿がそこにある。凄く険しい表情だけれどアタシのために怒ってくれているのだ。ぎゅっと胸の奥が熱くなってしまう。こんな男と結ばれた事に感謝したいわ。レオさんの手のひらが撫でてくれる度に痛みが引いてゆく。心地いい手…
「あの男たちは…うずめが。…だからもうこの世には居ないの。別の世界で永遠に生かされる、輪廻も回せない硫酸の海の中で。ああゆう男達は自分の罪を認めないから人の世に戻しては駄目。無限な地獄がお似合い…」
「な…なるほど。うずめちゃんってすごく冷徹になれるのねぇ?。(りゅうさんのうみって、なに?。でも地獄って言ってるしそれなりな罰よね。あれ?口の中が痛くないし血の味もしない?。…まさかレオさんが?)」
「そうか。ありがとうな?うずめ。…ハジメさん?俺にできる事があるなら言ってくれ。…ん?。なんだ?かりん。なに?…なんて顔してんだよ。」
「わかってる?レオ。うずめさんは人を殺したのよ?。殺人よ?解ってるの?。それってどんな理由でも許されるべきじゃない事でしょ?。ね?」
「かりんの言い分は解るけど、女の子にここまで酷い事をできる奴らが生きてて良いと思うのか?お前は。その辺の価値観の違いだな?俺は無理だよ。絶対に無理だ。…弱いのが解ってて殴るヤツなんて死んだ方がいい。同じ人間だぞ?僅かな良心でもあればそんな事はできない。違うのか?」
なんだか少しだけゾクリとしたわ。こんなにもアタシを傷付けたとは言え3人もの男たちが死んでいるとゆう言葉に。傷害罪に拉致監禁に強制性交を重ねたとしても、日本の司法での極刑は無かったはず。しかしそれは男の立場だから言えることよ。たとえ襲った男たちには一過性でも、女のアタシは一生背負わされるのに!。そうよ…うずめちゃんは間違ってない!
「それでも!殺されていい命なんて無いわよ。殺された人達だって誰かの恋人だったり家族だったり親だったりするのよ?殺されて良い理由が…」
「うずめに殺されたヤツらはそれを分かっててやってるんだぞ?。自分に家族がいても、恋人がいても、子供がいてもヤッてるんだよ。そんな奴らが生きてていいのか?確信犯だぞ?。罪になるって分かっててハジメさんを襲ったんだろ?こんなにも傷つけたんだろう?。バレなきゃ何でもありなのかよ?。でもバレた。うずめにな?。だから殺された。何が悪い!。力にモノを言わせてハジメさんを傷つけた奴らが!うずめの力で殺されただけだろうが!奴らの流儀に合わせてんだ!殺されて文句言えんのか!」
「う。………そ…それは。…そうなんだけど…でもやっぱり…人の命…は…」
毎日誰かが必ず傷つくこの世界で、許される暴力など無いと謳う者たちが必ずいる。しかしそれが綺麗ごとでしか無いことなど子供でも分かっている事実だ。たけど俺は違う。傷ついて欲しくない者たちは全力で護るし、それとは反対に対象者たち以外は正直どうでもいい。それでも弱者が傷付けられれば頭にくるのが普通だと思う。弱き者を見下し傷付ける強者なら居ないほうが世の中は平和に流れるのだ。そして誰も奪われなくて済む。
力尽くで解決するならすれば良い。しかしその因果には必ず応報があると知ったほうがいい。己の名が世間に知られれば、たとえ法律に従って罪を償っていても、蒸し返されて晒されて、誹謗中傷されて迫害されるのが今の世の中だ。つまり人生で一度でも誰かを傷付ければ、生きている限り絶対にその罪を拭える日は来ないとゆう事実が横たわる面白い世界なのだ。