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6 深まる溝
京橋の技術部研修は楽しかった。
全く違うジャンルの仕事で新鮮で楽しめた。
場所によって社風も違う。
普段合わない同期との交流も心弾む。
だが、中川君は欠席だった。
「きほ、中川君から返事来た?」
「来ない」
「やばくない?」
あの快活な、人懐こいマッチョが音信不通になるなんておかしい。
翌週、オフィスでは菊池さんの機嫌が悪かった。
仕切りの有る面談室で、中川君と話している。
「中川君、この頃どうしたの?技術研修は無断欠席。私の指示も半分以上聞いてないし」
「…」
「何かあるなら言ってくれないかな」
中川君はすっかり心を閉ざしている。
「僕は菊池さんほど出来ません。1人でやらせようとしないでください」
「1人でやりたいのは中川君でしょ?」
仕切りの外で、万城目が聞いている。そして、ゆっくりと通り過ぎた。
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菊池さんは、給湯室でお茶を淹れて、盛大にため息をついていた。
「ハー……」
ナオさんが慰めている。
「どうしました、菊池さん」
「22歳男子がわからん」
万城目がお菓子を一つ、菊池さんに渡す。
「これで一息ついてくださいな」
「さすが気遣い男子、俺にはむり~」
ナオさんはボサボサ頭をかきながら出て行った。
佐藤ちゃんと法人のクレーム対応のロールプレイをするのだ。
ナオさんと佐藤ちゃんは順調なコンビだ。
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「何でか知らないけど、中川君めっちゃ私を警戒してるんだけど」
「それは辛いですね。今までは順調だったじゃないですか」
「ナオ君と佐藤ちゃん、万城目くんときほちゃん、みんないい感じでいいな、、。
信頼関係できたと思ってた。何でいきなりこうなっちゃたのかな」
頭をぐりぐりと拳でマッサージする菊池さん。
万城目は首をかしげて唸っている。
「何か知ってる?」
「ウーン」
「教えて!何でもいいから!」
「本当にいいんですか?」
万城目は携帯を取り出し、動画を見せた。
正面で中川君が居酒屋で喋っている。真っ赤な顔でご機嫌だ。
「イヤ本当にマジでやばいんすよ!妙に匂うんすよ!それがきつくって」
「お前それは言ったらダメだぞ」万城目の声。
「傍にいると気分悪くなっちゃって…俺、マジで無理ですね」
「中川君、どうやら菊池さんの体臭が個人的にきついって、呼吸できないって笑ってました…」
菊池さんはショックで青ざめている。
クンクンと自分の匂いを嗅いでいる。
「正直に言って。私、特殊なにおいするかな…?」
「全然、そんな事ないです。ただ中川君、みんなに言いふらしてるから悪意あるなって」
「はぁ?言いふらしてるの?あり得ない!」
「ほかの支店の新人、みんなに広めてます。僕、それだけはやめろって、きつく言っときましたよ」
菊池さんがキレながら去った。
1人になって、その動画をもう一回繰り返した。
「フッ。動物園の話をした時の会話を編集しただけなんだけど…すっかり騙せたわ」
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翌日、明らかに菊池さんは中川君に対して冷たくなった。
言葉の端はしに棘があり、しかも物理的に距離をとっている。
隣には座らずに、声が届くギリギリの距離だった。
そしてスプレーを頻繁にかけている。
「中川君!」
ヒステリックな声で、フロアがシン…となった。
「何なのその態度!一回で返事して!」
彼が何かの質問をして、徐々に言い争いになっていた。
そしてセンシティブな罵声が響く。
「ここは仕事場!走って汗かいて、自分の方がよっぽど毎日臭いわよ!」
菊池さんの感情的な怒鳴り声、中川君は下を向いている。
みな、見て見ぬふりをした。
「それは言っちゃいけないよね…」
「臭いって笑」
みな下を向いてこそっと話していた。
中川君は自分お荷物を片付け、何も言わずに出て行った。
「菊池さん、追いかけないのかな…」
「ね、あんなに仲良かったのにどうしたんだろ」
皆、ざわざわと噂し始めた。
目立たないように、万城目だけは中川君を追いかけた。
「おい、待て中川君!どこへ行くんだ」
「帰ります。実は今朝から吐きそうで、ずっと耳鳴りがするんです」
「大丈夫か…?」
会社を出たとたん、ガクッと膝から崩れ落ちた。
「しっかりしろ!」
万城目はタクシーを呼んで、彼を抱えて後部座席に乗せた。
「家まで送るよ」
「すみません…」
「無理するなよ。しばらく、休んだ方がいいかもしれないな」
「明日は気持ち切り替えます。万城目さんだけですね、僕を心配してくれるのは…」
「いや…あんな風に何も言わずに出たら、明日は菊池さんと2人で課長、上長、に謝罪の一日だ」
「ええ!…無理です…」
「産業医の面接もある」
「まじすか、最低ですね」
「また菊池さんに迷惑かけるな」
「…」
タクシーの中は重苦しくなった。
「数か月たてば空気も変わるし、上司も変わる」
「そんなに休めませんよ…生活できませんし」
「今から最善の方法を教えるからメモしろ」
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俺は自分のPCを開けて、社員紹介のサイトを覗いた。
部署 プロフィール
中川 大吾
彼の顔の画面を拡大し、ピンク色の付箋を貼った。
「離職②」
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中川君の休職は続いた。
「佐藤ちゃん、やっと中川君から返信来たよ。体調はいいって」
私たちは毎日グループチャットに連絡を入れていた。
時々返事が返ってくるようになり、安心していた。
「メンタルきてます、でも走ってます…?なんだ、元気かよ」
「そんなんだったら、きほも休みたいわ」
私はデスクで伸びをした。
この頃はネイルに通うのはやめてしまった。物価高で余裕もないし、なにより中川君が来ないので若干業務が増えたのだ。
新人が行うこのフロアの雑事が沢山あった。気づかなかったが、中川君がほぼ引き受けてくれていたのだ。
それに甘えていた5か月。
やることが増えると地味に疲れがたまっていく。
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1番ダメージを追ったのは菊池さんだった。
中川君が傷病手当を使い長期休暇に入った。
本人が原因を菊池さんによる指導不足とパワハラだと報告したと言う。
皆が怒鳴るところを見ていたし、本人も認めた。
中川君が1人で困っているところ、見るに見かねて他の課長が手伝っていたこともしばしばあったので、正式に認定された。
菊池さんは厳重注意処分を受けた。
人事部からの通達でハラスメント講習とコンプライアンス講習の受講が義務となり、3日間無給で講習を受けている。
精神的な攻撃、人間関係の切り離し、過小な要求、過大な要求、個の侵害、5つに該当していた。
菊池さんは、自らの行為のヒヤリハット事例を書かされているという。
万城目は、菊池さんのいないデスクを見て呟いた。
「屈辱だろう、、?ククッ」