テラーノベル
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アリアの趣味は、飲食店を探すことだった。
普段使いの食堂、気楽に入れる屋台、挑戦したいときの謎の店、ご褒美が欲しいときの甘味処……などなど。
その時々の気分に合った飲食店は、彼女の疲れを癒してくれる。
時間に余裕があるときは、そんな感じで街を歩いているのだ。
「――さて。どこかに良いお店はないかな?」
この街に来てから、それなりの時間が経っている。
全てを制覇するのは難しいが、それでも名立たる店は既に訪れていた。
……今日のお腹は何だろう。
がっつりもせず、甘味は少しあとに取っておいて……それなら軽食くらいか。
軽食とはいっても、種類はいろいろあるから――
――ドシンッ!
「「きゃっ!?」」
アリアと誰かの声が重なった。
アリアは少しよろけて、もうひとりの声の主は地面に倒れた。
「……あ、ごめんなさい。君、大丈夫?」
「は、はい! あああ、私ったら、すいません! 前を見ていませんでした!」
倒れている少女の右手を取って、アリアは起こすのを手伝った。
起き上がった少女は、長いスカートに付いた土ぼこりを叩いて落としている。
「改めまして、私はブリジットといいます。この度は――……ああぁっ!?」
「えっ!?」
突然叫び始めたブリジットに、アリアは驚いてしまった。
彼女はおたおたしながら、アリアに近付いていく。
「すすす、すいません! 服が汚れてしまいましたね……!?」
「ああ、これくらいなら別に――」
「いえいえ! 白いお召し物だから、汚れが目立ってしまいます!」
「いやいや、それならお互い様で――」
「私のはメイド服なので、大丈夫です!!」
……ブリジットは、メイド服を着ていた。
年齢的に、どこかの邸宅で下働きをしているのだろう。
「君も仕事中だろうから、このままで――」
「ぜひ、うちに来てください! 洗濯をさせて頂きます!」
「え? 本当に大丈夫だから――」
「私の気が済みませんのでッ!!」
「……はぁ」
結果、アリアはブリジットに洗濯をお願いすることになってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ブリジットに連れていかれた建物で、アリアは疑問を感じた。
「……狭い部屋、だね」
「えっ!? す、すいません。私なんかが住んでいるし、まさにウサギ小屋ですよね……!」
「いや、そういう意味ではなくて」
メイドに連れていかれるのだから、てっきりどこかの邸宅に行くものとばかり思っていたのだが……。
ここは集合住宅の一室で、言ってみればブリジットのプライベートな空間だ。
「ああ、言いたいことは察しました。……実は私、無職なんです!」
「え? あ、はい。た、大変なんだね……。それでは……」
「あの!? 何で帰ろうとするんですか!?」
「いやぁ。大変な時期に、あたしの面倒なんて見てられないかなー、と思って……」
ちなみに……。
ブリジットが無職ということは、今はプライベートの時間であるはずだ。
それなのに、彼女はメイド服を着ている。つまりそれは――
「……そのメイド服は、趣味なの?」
「しゅ、趣味ではないですよ!?
私は普段からメイド服を着て、臨戦体勢にしているんです!」
「……?」
「……?」
「……えぇっと、つまり……?
いつでもメイドの仕事ができるように……、と?」
「そうです、そうです!
私はメイドという仕事が大好きなので、仕事を忘れないように――」
「あれ? 前の仕事を辞めてから、時間が経ってるの?」
「……はい。残念ながら、1年ほど……」
「結構長いね!? メイドなら、紹介状が出るでしょうに」
「うぅ……。それが、仕事でミスってしまって……。
それで、紹介状はもらえなかったんです……」
仕えている邸宅を離れるとき、メイドは次の邸宅宛てに、紹介状をもらうのが慣例だ。
何かしらの罰があったり、手痛い失敗をしていたり……そういった場合は、もらえないこともあるのだが。
……ブリジットの場合は、後者なのだろう。
「な、なるほど……。まぁまぁ、そう気落ちをせずに。
あー、それじゃ、洗濯くらいはお願いしようかなー?」
「ほ、本当ですか? ありがとうございます!!」
「あたしはやってもらう側だから、お礼を言われる筋合いは無いけどね!」
「あはは、そうかもしれませんね♪ それでは、お召し物を脱いでください!」
――とは言うものの、アリアは嫌な直感が働いた。
彼女の服は特別製で、下手にいじられると台無しになる可能性があるのだ。
「……えっと、ちなみにどんな感じで洗うの?」
「え? そうですね、この素材でしたら――
洗剤の原液を塗り込んで、洗濯板でゴシゴシ~……って感じですね!」
「な、なんで原液でやるの!?」
「だって、白い布地でしょう? それなら、濃い方が良いじゃないですか!」
「えぇ……。
……あー。あと、洗濯板でゴシゴシ……はちょっと、痛んじゃうかなぁ?」
「アリアさんは、難しいことを言いますね!」
……そんなに難しいことを言ったかな?
そう思いながらブリジットのメイド服をよく見ると、痛んでいるところが散見された。
ああ。彼女に洗濯を任せると、こうなるのか……。
「ん、んんー……。
あたしの服の汚れ、やっぱり水で軽く拭くだけで大丈夫そうだね! うん、絶対に大丈夫!!」
「いえ! 絶対に洗濯した方が良いですよ!!」
……まずい、話を聞かない人だ。
見知らぬ人に話し掛けていると、割とこういう人に当たることがある。
アリアはもう慣れているとはいえ、やはり面倒なことは嫌なのだ。
「そ、それよりもッ!!」
「はっ、はいっ!!」
……こういうときは、強引に話を変えるに限る。
これも、アリアが磨いてきた処世術のひとつだ。
「君の得意な仕事って、何なのかな?」
「はい、もちろん……洗濯ですッ!!」
……嘘だぁ。
アリアは正直、そう思ってしまった。
「えーっと、洗濯……以外で!」
「……となると、お風呂を沸かすことでしょうか!
アリアさん、もちろん入っていきますよね? 沸かしてきます!!」
「いや、この時間はまだ入る気には――……って、ちょっと!?」
……つくづく、話を聞かない人だ。
別に自分が面倒を見なければいけない相手ではないし、このまま帰ってしまおうかな――
――ドンガラガッシャーン!!
「……ほぇ」
突然、ブリジットが消えた方から、大きな音がした。
心配……ではあるような、ないような。
何となく、向こうで何があったか……分かるような、分かるような。
「大丈夫?」
アリアが見に行くと、ブリジットが風呂場で見事に転んでいた。
怪我はしていないものの、手足が器用に絡み合い、ひとりではなかなか起き上がれなさそうだ。
……むしろ、どうやればあんな風になるんだろう?
「あいたたた……。すいません、準備中に転んでしまって。
あとはスイッチを入れるだけなのですが……」
浴槽をちらっと見てみると、魔法制御の浴槽だった。
薪で沸かさない分、お湯を張るのは簡単な逸品である。
「……これ、スイッチを押すだけだよね?
何でそんな風に、転んじゃったの……?」
「それがですね、積もる話がありまして――」
……ブリジットの話を聞いてみると、積もる話などは無かった。
単純にスイッチを入れようとして転んだだけで、愉快な物語も悲しい物語も存在しなかったのだ。
「……うん。お風呂は……やっぱり、いいや」
「そ、そうですか? えぇっと、そうしたら――」
「そろそろ、あたしは帰ろうかな!?」
「アリアさん、お昼ごはんは食べていきますか!?」
「あ、これからお店を探そうかな……って」
「それなら私が作りますので、食べていってください!」
「いえ、いろいろとお店を探したくて――」
「そんなお気遣い、要りませんから♪」
……やっぱり、話を聞かない人だ。
ここは目を盗んで、可及的速やかに――
――ドンガラガッシャーン!!
「トラブルの方が、先に来た」
あまり見たいとは思わなかったが、念のため台所を確認する。
例のごとく、ブリジットが床に転がっている。
「アリアさん、気を付けてください!
黒い虫がいますっ!!」
「……これ、タワシじゃない?」
沈黙が流れた。長い、長い沈黙が流れた。
その沈黙の下、ふたりは台所を後にした……。
「――君の実力は、拝見いたしました」
「はうぅ……」
アリアが改まって言うと、ブリジットは泣きそうになりながら、しょんぼりとした。
「もう少し大きいミスをして失職したのかと思えば……。
ああいうレベルの積み重ねだったんだね?」
「ううぅ……、仰る通りでございます……。
ででで、でもでも! 洗濯は、本当に得意なんですよ!!?」
……嘘だぁ。
アリアは、今日一番の嘘を目の当たりにした気分だった。
「――はぁ。
君が、メイドが好きだけどポンコツのポン、ということは理解したよ」
「うぇーんっ。うゎーんっ。うぉーんっ」
ブリジットは変な泣き方をした。
多分、この辺りも雇い主が首にした理由なのかもしれない。
「ああ、もう、泣かないで!?
とりあえず、あたしも神職者っていう立場だけど、治癒魔法は使えないからさ。
気持ちは幾分かは分かるよ」
「ほ、本当ですか? アリアさんも、ポンコツのポンだったんですね!」
「ぐぬぅ……っ」
アリアは思うところがあったが、その凶器は飲み込むことにした。
自分の二の腕をぐにぐにとさせて、無駄な感情を外に逃がす。
「――で、でも。アリアさんの仰る通りなんです。
私は掃除も料理も好きですが、なかなかうまく出来なくて……。
諦めようとは思わないですけど、本当に、これからどうしようかな……って」
「そうだねぇ、見るからに才能が……っていうか、何が無いんだろう?
才能以前の問題……っぽくもあるし」
「むぐぅ」
「とはいえ、ここまで事情を聞いちゃったからね。
少しだけ、手伝わせてもらうよ。君はメイドを、これからもやっていきたいんだよね?」
「はい、もちろん――」
「――ならば祝福を与えよう。
汝は神に身を委ね、欲する力を祈るべし――」
アリアはそっと、ブリジットの額を指で触れた。
いつもより何か微妙な気分ではあるが、やることはいつもと同じだ。
「――神の祝福はここに在り。
望みと共に、その魂から発芽せよ――」
ブリジットは頭が晴れ渡っていくような、そんな錯覚を感じた。
メイドは楽しい。メイドは素晴らしい。メイドこそ、我が人生。
「君が手に入れたギフト――才能は……、『可愛いメイドの才能』……?
……んんっ? 何これ? 何か、自分で分かることはある?」
「え? えーっと、アリアさんが祝福をしてくれたんですよね?
何だか、ぱわわ~ん、って感じがします!」
「そ、それだけ?」
「はい!」
――ときにはこんなこともある。
世の中には数多くの才能があり、世界のあちこちで煌めいている。
しかし、中にはくすぶったままの才能というものも、あっては良いのではないか――
……と、アリアはどうにか上手くまとめようとした。
しかしその瞬間、今度はお茶を淹れようとしたブリジットが――
――ドンガラガッシャーン!!
「きゃーんっ!?」
「ああ、もう。本当に大丈夫――
……ん? ……あれ?」
「すすす、すいませんっ!? 濡れたところ、すぐに拭いちゃいま――」
――ドンガラガッシャーン!!
「みゃーんっ!?」
「……うっ。これは――」
「あいたたた……。
あ、あれ? アリアさん、どうしました?」
ブリジットは転んだまま、アリアを見上げた。
しかしアリアは、ついつい目を逸らしてしまう。
「な、何だか……。失敗したブリジットが、すごく可愛く見える……」
「そ、そんなところを可愛く思われても困るんですが……!
――もしかして、それが私の新しい才能……ってやつですか!?」
「んんー? ……た、多分?」
「なるほど……。でも私に良いところが出来たのであれば、何だか自信は付きそうです!!」
「ま、まぁそれなら良いけど……。
……でも、どこかで働けそう?」
「そういう意味での自信はまだ……。
や、やっぱりそれだと、ダメな感じですか!? 就職できませんか!? ぴぇ~んっ!?」
「……いや、あざとくて可愛くはあるから……。
どこかには、絶対に需要はあると思うよ……!?」
アリアは、そう言うのが精一杯だった。
今後はその可愛さ、あざとさを使って、頑張って生きていってもらいたい。
……本当に、何かの役に立ちますように。ドーナツ食べに行こう。
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