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吸血【zm+kn】
毎週金曜日の夜、十時ピッタリ。
コンコン、と控えめなノック音が響き、返事も待たずに扉が開かれる。
「⋯来たで」
「おー、待ってたで、コネシマ」
扉の先に立っていたのは、W軍の幹部であるコネシマだ。風呂上がりなのだろう。ややしっとりとした金髪から、かすかに石鹸の匂いを漂わせている。
「ささ、入って入って」
「⋯おん」
周囲を気にするようにコソコソと交わされる言葉は、まるで秘密の逢瀬のようだ。だが、今から行われることはそんな可愛らしいものでは断じてない。
コネシマは重いため息を一つ吐き出し、促されるままゾムの自室へと足を踏み入れた。
□
W軍の幹部であるゾムは、吸血鬼である。
それは極秘情報であり、その事実を知る者は同じく幹部の一部に限られていた。
当然、下っ端の兵士たちは誰一人として知らない。 彼らが知っているのは、ゾムという男が常人離れした身体能力を持ち、夜目が利き、太陽の下に出る時は一切肌を露出させないということくらいだ。
──怪しすぎるだろって?
ごもっともである。
しかし、ゾムにはそんな些細な疑念を抱かせない、不思議な力があった。「まぁ、ゾムだしな」の一言で、周囲を無理やり納得させてしまう力が。
さて。話は変わるが、吸血鬼という生き物には血が必要不可欠である。
元来、吸血鬼は血であればなんでもいい。 血液型も、鮮度も、味も関係ない。 しかし、ゾムは吸血鬼の中でもひときわ拘りが強かった。 「絶対に生き血がええ!生き血じゃないと嫌や!でも動物の血は嫌や、獣臭いから!」 などと、駄々をこねるほどに。 そう。 W軍の幹部であるゾムは、とんでもなく面倒くさい吸血鬼なのである。
となれば当然、人間の生き血を差し出さなければならないわけだが──生憎、W軍の幹部以外にゾムが吸血鬼である事実を知られるわけにはいかない。 そのため、血を提供してくれる適任者はなかなか見つからなかった。
これから粛清される反乱分子や、捕らえた諜報員をあてがうこともあった。だが、そう都合よく人間が手に入るわけでもない。しかも、ゾムの空腹は日に日に増していく。つまり需要と供給が、まるで釣り合っていなかった。
常に酷い空腹感に苛まれているせいか、ゾムはすっかり頭が回らなくなっていた。 書類仕事にも身が入らず、訓練に至っては普段のキレが見る影もない。 ゾムという突出した戦力を失うことは、W軍にとっても決して小さな損失ではない。「 このままではいけない」と 判断したグルッペンは、ついに自ら話し合いの場を設けることにした。
そうして話し合いの場で提案された、最悪の案。 それが「幹部の誰かが毎週ゾムに生き血を差し出す」というものだった。
無論、会議は揉めに揉めた。
「名案や!」
両手を叩いて無邪気に喜んだのは、当事者であるゾムだけだ。 対して他の幹部たちは、冷ややかな視線を提案者であるエーミールへと一斉に向けた。
「てめぇがやれ!」
「なんで僕なんですか!?」
痛いのは絶対に嫌だ派。 面倒事や損な役回りをこれ以上請け負いたくない派。 なんで野郎に血ぃ吸われなあかんねん派。
見事なまでに意見は割れた。
いや、正確に言えば、「ゾムに血を吸われたくない」という一点だけは全員が強く一致していた。
怒号と擦り付け合いが飛び交う会議室。
頭を抱える者、他人に擦り付けようと必死に弁解する者、ただただニヤニヤしながら成り行きを見守る吸血鬼。
収拾のつかない不毛な押し付け合いの末、重いため息が一つ。
「⋯まぁ、もう別にええよ。俺で」
ついに、大人なコネシマが折れた。
こうしてコネシマは毎週金曜日にゾムに血を吸われる、哀れな”専属餌”になったのである。
□
コネシマがソファへ腰を下ろすと、その正面にゾムが立った。
爛々と輝く翡翠の瞳に浮かんでいるのは、隠しきれない愉悦。その姿はまさに、獲物を追い詰めた捕食者のそれだった。
「んふっ、やっぱりいつ見ても美味そーやな。お前」
「そういうのええから、はよ吸って」
「なんでや、こういうのは雰囲気が大事なんやで?」
「野郎二人で雰囲気もクソもないやろ⋯」
「まっ、はよ吸ってほしいなら吸うけどな」
そう言うと、ゾムはコネシマの両肩を掴み、その端正な顔を首元へと近付けた。
引き寄せた薄手のシャツの隙間からは、先週の噛み跡がまだ消えずに残っているのが見える。白い肌に浮かぶ、生々しい二つの赤黒い痕。それを見て、ゾムは満足気に笑った。
「ほな、いただきまーす」
「っ、おい、優しく──」
コネシマの制止の声が響くより早く、ゾムは容赦なく牙を突き立てた。
「──っ、あ、ぅ⋯っ」
首筋に走る、鋭い熱。
牙が皮膚を、肉を裂いて侵入してくる痛みに、コネシマは思わずゾムの肩を強く掴んだ。ぎゅっと目を閉じ、足先を丸める。
ちゅ、と、濡れた音が静まり返った部屋に響く。 ゾムの喉が、トク、トクと規則正しく鳴り、自分の体から急速に熱が奪われ、吸い上げられていくのが分かった。
痛みはやがて、吸血鬼の唾液に含まれる成分のせいか、じわじわと痺れるような甘い熱へと変わっていく。頭がぼうっとして、体から余計な力が抜けていく感覚。
「は、⋯ぞ、む⋯⋯っ、もう、ええ、やろ⋯っ」
「⋯⋯ん、」
懇願するように名を呼んでも、ゾムはまるで美味いスープを一滴残らず飲み干そうとする子供のように、首筋に深く顔を埋めたまま離れようとしない。ずるずるとコネシマの体が傾き、ゾムの肩に寄りかかる形になっても、ゾムは一向に動かなかった。
コネシマの顔が青白くなる頃、ようやく、ふは、と満足そうな吐息と共に牙が抜かれる。
「あー美味い! やっぱりシッマの血が世界一やわ!」
口元を手の甲で拭い、赤く濡れた唇を吊り上げて笑うゾムは活き活きとしていた。
対して、血を吸い取られたコネシマはへなへなと倒れ込み、ゾムを睨みつける。
「⋯まじで、加減、覚えろや、クソ吸血鬼⋯⋯」
「あはは、ごめんて!」
ケラケラと笑う男に反省の色は見られず、コネシマは重いため息を吐き出すのだった。
END
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コメント
1件
読み終わりました……ああもう、すごく良かったです。まずゾムの「生き血じゃないと嫌」って我儘な感じと、会議で押し付け合いになるコメディタッチの空気が楽しくて。でも血を吸う場面になると一変して、獲物を見る捕食者の目つきとか、吸われながら「ぞむ…」って呼ぶコネシマの声とか、距離感の描き方がもうドンピシャで……。野郎二人、って照れ隠ししつつも成立してるこの関係性、めちゃくちゃ好きです。毎週金曜の習慣、これからも見守りたくなりました🩸