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白い。壁も、床も、天井も
すべてが神経を逆撫でするほどに真っ白な部屋。
窓のないその空間で、私は一人、冷たいパイプ椅子に座らされていた。
喉の痛みは、感覚を通り越して鈍い痺れに変わっている。
海から引き揚げられた後、私は蓮や九条さんと引き離され、この「政府直轄」の秘密施設へと運び込まれたのだ。
「……気分はどうかな、栞さん」
スピーカー越しに届くのは、岸辺で私を拘束したあの初老の男の声だ。
テーブルの上には、一冊の白無地のノートと、一本のペンが置かれている。
「九条巡査長は、現在別の棟で精密検査を受けている。パンドラと脳を同期させた代償は大きく、彼は君に関する記憶を含め、あらゆる情緒的反応を失った」
「……君がここに、知っている『コード』をすべて書き記せば、彼の治療を約束しよう」
嘘だ
私はペンを握る手に力を込めた。
彼らが欲しいのは九条さんの健康ではなく、父・誠が遺したシステムの「残骸」と
それを再起動させるための私の「声」の波形だ。
パンドラという怪物を、今度は国家が飼いならそうとしている。
私はノートを無視し、真っ白な壁を見つめた。
孤独、沈黙。
10年前、喉を焼かれたあの日と同じ絶望が、再び私を飲み込もうとしている。
(…九条さん。蓮。……みんな……)
その時、喉の奥からせり上がってくるものがあった。
それは、父が刻んだ「拒絶」の暗号でも、母から託された「破壊」の旋律でもない。
もっと深く、暗い場所から湧き上がる……熱い、熱い「衝動」。
私はペンを取り、ノートの最初のページに大きく一言だけ書き殴った。
【私は、もう、操られない】
その瞬間、部屋の照明が激しく明滅した。
驚くべきことに、私が文字を書くという「意志」を示しただけで、施設内のセンサーが異常な反応を示したのだ。
私の体内に残ったナノマシンが、感情の昂ぶりに呼応し
私の「筆跡」を電子的な信号に変換して周囲のネットワークを侵食し始めていた。
『……なんだ、この異常電圧は!? 彼女のバイタルが跳ね上がっているぞ!』
スピーカーの向こうで男たちが狼狽する。
私は、自分の指先から、目に見えない「糸」が伸びているのを感じた。
声が出ないのなら、世界を「記述」して塗り替えてやる。
私はノートをめくり、狂ったようにペンを走らせた。
施設内のセキュリティプロトコル、監視カメラの配置
ロックされた電子扉の構造。
それらが、まるで見えるかのように脳内に浮かんでくる。
「……あ、あ……」
喉から、小さな、けれど確かな震えが漏れた。
それは言葉ではなく、私という人間が再び立ち上がるための、産声だった。
深冬芽以