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水瀬結衣が学校を休むようになってから、 二年C組の空気はさらに悪くなった。誰もその話をしない。
でも、 誰もが気にしていた。
教室に入ると、 ぽっかり空いた水瀬の席が目に入る。
なのに皆、 見えていないふりをする。
「……ねぇ、これ誰がやったんだろ」
女子の一人が小声で呟く。
「知らなーい」
軽い返事。
でもその空気には、 妙な緊張が混ざっていた。
白石ひかりは、 その会話を聞きながら俯く。
あの日。
水瀬が教室を出ていく時、 追いかけようと思った。
でも、 動けなかった。
“空気”が怖かった。
誰か一人だけ本気になるのが、 急に恥ずかしくなった。
そのことが、 白石の胸にずっと残っていた。
放課後。
文化祭準備のために残った教室。
しかし来ている生徒は少ない。
男子は途中で消え、 女子も雑談ばかり。
作業は全然進まない。
「……そこ貼ってくれる?」
白石が言っても、 返事は曖昧だった。
誰も、 このクラスをどうにかしようとは思っていない。
白石だけが、 空回りしていた。
その時。
「お前、最近やばい顔してる」
後ろから声がした。
神崎だった。
白石は無理やり笑う。
「そんなことないよ」
「ある」
神崎は即答した。
窓際に座りながら、 白石を見る。
「無理してんの丸分かり」
白石は作業を続ける。
神崎は少し黙った後、 静かに言った。
「……なんでそこまで“良い子”やってんの?」
白石の手が止まる。
「別に、良い子とかじゃ――」
「じゃあなんだよ」
神崎の声は、 いつもより低かった。
「お前さ」
「皆に好かれたいだけだろ」
教室が静まり返る。
白石は俯いた。
図星だった。
クラスを変えたい。
その気持ちは本当だ。
でも同時に、 嫌われたくなかった。
“ちゃんとしてる子”でいたかった。
だから、 空気を壊す神崎が怖かった。
彼は、 皆が隠している本音を平気で暴いてしまうから。
白石は小さく言う。
「……神崎くんには分かんないよ」
「何が」
「皆とちゃんとやろうとしても、全然上手くいかないの」
「頑張っても、誰もついてこない」
「でも嫌われたくないから、笑わなきゃいけなくて……」
言葉が途中で詰まる。
神崎は静かに聞いていた。
白石は唇を噛む。
「……私は、どうしたらいいの」
その声は、 ほとんど泣きそうだった。
神崎は少しだけ目を伏せる。
そして、 小さく笑った。
「やっと本音出た」
白石は顔を上げる。
神崎は続けた。
「お前さ、ずっと“理想のクラス”見てんだよ」
「でも実際は、誰もそんなもん望んでねぇ」
「皆、自分が傷つきたくないだけ」
白石は何も言えない。
神崎の言葉は、 苦しいくらい正しかった。
「……じゃあどうすればいいの」
神崎は少し考えてから答える。
「嫌われても言うしかねぇだろ」
「本音」
白石は苦笑する。
「簡単に言うね」
「簡単じゃねぇよ」
神崎は窓の外を見ながら呟く。
「だから皆やんねぇんだろ」
夕日が教室を赤く染める。
その光の中で、 神崎の横顔は少し寂しそうだった。
白石はその時、 初めて思った。
神崎は、 ただ壊したいわけじゃない。
誰より、 このクラスに失望しているだけなんだと。
でも同時に、 その存在が少し怖かった。
神崎が本音を言うたび、 自分の偽物みたいな部分を見抜かれる気がしたから。
その夜。
白石のスマホに、 クラスのグループLINE通知が大量に流れていた。
『文化祭準備だる』 『もう適当でよくね?』
笑うスタンプ。
流れていくメッセージ。
その中に、 神崎から珍しく一言だけ送られていた。
『お前ら、一回くらい本気でやれよ』
既読だけが増えていく。
誰も返信しなかった。
白石はその画面を見つめながら、 なぜか胸が苦しくなった。
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