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晃は、果歩の言葉を信じられずに膝を落として、果歩の肩に手を触れた。
「一旦、落ち着こう。今、具合悪いんだよね。比奈子もそばで聞いてるし今じゃなく、後で真剣に話そうか」
現実から逃げるように晃は、なだめようとする。
背中を撫でる手を振り払った。
「もう、たくさん!! 我慢するのはもうできない。私はいつまで自由になれないの? 子育てもそう、家事もそう、仕事もそう。比奈子には申し訳ないけど……ここで私は生きていけない」
病院のお見舞いから帰ってきて、実母の紗の言葉が鮮明に思い出される。
晃は子どもを大事にしてくれないという言葉が脳裏に焼き付いて離れない。
わかっていたはずなのに結婚する前からマイナスからのスタートでこれから良くなると思っていたはずなのに自体はますます
不運に見舞われる。果歩は、精神的にも肉体的にも限界に達していた。
クローゼットの前にキャリーケースを広げて、必要最低限の洋服をまとめ始めた。
この世の終わりになるのかというくらいの感情が晃に湧き出てきた。
果歩の行動を1つ1つ、じっくりと見るが、止めたくても止められなかった。
比奈子は状況を察して、離れて、リビングのソファに1人ぽつんと座って落ち着くのを待った。
沸々と、わきあがる気持ち。言いたいことを我慢して我慢してどうせ言っても無駄だろうという気持ちがいつもあった。
夫の稼ぎで生活できるのはありがたいが育児だけでは生きがいを感じられなくて仕事をしたいと思っているのに却下されて
家事も育児も全て人任せ。
全ての家事育児は分担してほしいし、仕事くらいさせてほしい。
ずっとずっと我慢してきた分、わがままだって言いたくなる。
これまで何度も話し合いをしてきたが晃は首を縦には振ろうとはしなかった。
果歩の頭の中の何かが切れた。
もう無理だと。
きっと実母の言葉でスイッチが入ったんだろう。
真っ暗な夜の中、果歩は軽自動車にキャリーバッグを積んで何を言わずにエンジンをかけた。
行き先はどことも言わず走り去って行った。
晃は玄関まで追いかけたが止めようがなかった。
車の前に出ようにも怪我をしてしまうかもしれない。
そこまでの思い入れがなかったのかと後々、後悔する。
「果歩が家を飛び出すなんて初めてだ……大丈夫とかよく言ってたけど本当は全然大丈夫じゃなかったんだな」
呆然のリビングの扉の近くで立ち尽くす。比奈子は、晃の様子を伺った。
「ごめんな。俺って、どうして相手の気持ち、読めないのかな。絵里香といい、果歩といい……その時の欲求そのままに動くからよくなかったのかな……比奈子、俺、戻れるなら過去に戻りたいよ。あの頃の俺たちは幸せだったんだから」
過去の栄光にすがる晃。どんなに頑張っても過去に戻ってやり直すことなんてできない。
どこをどう直せば、あの時の自分、あの幸せな時を羨ましがった。
安息の地に、平和な地に行きたいと、誰もが願うがそんな場所なんてどこにもない。
ずっと幸せな時間なんてないし、ずっと不幸な時間なんてない。
晴れの日もあれば雨の日もある。
その上がったり下がったりする気持ちや空間、存在さえも楽しむことができたらどんなにいいだろう。
比奈子の体にしがみつく晃の頭を優しく撫でてあげた。
夫婦だって親子だって良い時もあれば嫌な時もある。
人間、平坦な道では生きられないんだろうなと比奈子は晃の生き方を見て感じた。数時間後、晃のスマホの着信音が
部屋中に鳴り響いた。
何となく違和感を感じながら通話ボタンをタップした。