【sk】
『さくまぁ…』
珍しく夜の遅い時間に恋人からかかってきた電話。
あまり聞いたことのない気怠げな声に何かあったのかと心がざわつく。
「照?どうしたの…?」
何か嫌な話をされるのではと慎重に問うと、返ってきた答えは呆気にとられるものだった。
『エアコン壊れた…死んじゃう…』
吹き出しそうになるのを堪えて、今すぐうちにおいでと誘うと元気のない声でうん…とだけ返事があった。
いつもなら遅い時間だからと遠慮するのに、素直に甘えてくれたことがすごく嬉しい。
多分少し前まで寝ていたのだろう。
頭が働いていない状態での車の運転が急に心配になって、ハラハラしながら照を待つ。
しばらく待った後、やっぱり迎えに行けばよかったとスマホを手に取ったとき、家のチャイムが鳴った。
「照!大丈夫!?」
急いで玄関を開けると、ぽやぽやした照がゆったりとした動作で覆い被さってきた。
「さくまぁ~…」
汗でしっとりとした頬が俺のおでこに触れる。
なんだこの可愛い生き物は…
滅多に見れない照の姿に母性と好奇心がむくむくと顔を出す。
「汗いっぱいかいちゃったね、お風呂入る?」
背中を優しく撫でながら聞くと、ふるふると首を横に振る照。
頭を動かす度にすりすりと頬ずりされているようで胸が高鳴る。
「…一緒に入る?」
好奇心で聞いてみると、しばらく悩んだ後、静かにこくりと頷いた。
・・・可愛い!!!
「俺っ、全部洗ってあげるから!照寝てていいからね!」
興奮しすぎて変態みたいになってしまった。
そんな俺の様子は気にも留めていないようで、またおでこに擦り寄ってうん、と頷いてくれた。
俺の言葉の通り、照はされるがままだった。
ばんざいして服を脱がせて、足上げてと言うと言われるがまま足を上げる。
キスしてって言ったらしてくれそうなくらい従順だけど、さすがに恥ずかしくてそれは言えなかった。
頭を洗っていると気持ちよさそうに目を細めていた照が急に俺の名前を呼んだ。
「さくまぁ」
あ、ちゃんと起きてたんだとクスッとして、なにー?と返事をするが、反応がない。
「照?」
「んん…さくまー」
えぇ…もしかして寝ぼけて名前読んでるだけ?
それはさすがにかわいすぎない?
いつもはキリッとして格好いい照が、俺の前でだけ見せてくれるぐでんぐでんな姿にときめきが限界突破しそう。
その後も鳴き声が「さくま」になってしまった愛しい生き物を優しく洗い上げてお風呂から出る。
お世話しているのは俺なのに、子供みたいな照に心がほわほわして日々の疲れが癒されていくのを感じる。
先程と同様に服を着せて、リビングまで手を引いてドライヤーをかけていると、急にパチッと照の目が開いた。
「えっ、何…?」
「あ、起きた?」
状況を理解できていない照に笑いが堪えられない。
一度ドライヤーを止めて、まだ少し湿っぽい髪を包み込むように撫でる。
それを合図に一気に顔が真っ赤になった照が、両手で顔を覆って屈む。
「ちょっと待って…どっちが夢?」
「多分だけど全部現実だよ」
夢と現実の間を彷徨っていた照ににこりと微笑んで真実を伝える。
寝ぼけていても記憶はあるらしい。
「嘘でしょ…まじでごめん…」
恥ずかしさで顔を上げられなくなった照にまた愛しさがこみ上げる。
「謝らないでよ、なんならもっとお世話したかったのに」
「やだ…無理…」
頑なに現実を受け入れようとしない照の手を取ろうとするが、顔の前でがっちり固定された手はびくともしない。
「このっ…馬鹿力…!」
「・・・」
「さっきまでの可愛いひーくんどこいっちゃったの!」
言えば言うほど逆効果なようで、ついに膝まで抱えて小さく丸まってしまった。
ああ、俺の癒しの時間が終わっちゃった…
揶揄うのは諦めて、風邪を引かせるわけにはいかないと、髪を乾かすため再びドライヤーを手に取る。
電源を入れるとぴくりと肩が動いたけど、抵抗する素振りはなかったからそのまま髪に風を当てる。
癖のある髪に指を通して髪を乾かしていると、照の肩から力が抜けていくのを感じた。
「気持ちいい?」
躊躇いながらもこくりと頷く。
「たまにはこうゆうのもいいんじゃない?」
その言葉には反応してくれなかったけれど、されるがままになっているところを見る限り満更でもないのだろう。
「俺は嬉しかったよ」
乾かし終わって頭をひと撫ですると、のっそりと顔を上げて拗ねた顔のまま俺を見る。
ん?と微笑んで首を傾げると無言のまま腕を引かれた。
そのまま開いた膝の間に後ろ向きで座らされる。
「次、俺やる」
ドライヤーを奪われて、俺の返事を待つ前に電源が入れられた。
温かい風と大きな手が俺の頭を包む。
あー、これは確かに気持ちいい。
うっとりとしていると、後ろからふっと笑う声が聞こえた気がした。
すぐにドライヤーの音に掻き消されてしまったから気のせいだったのかもしれないけど、さっきの俺みたいに照も癒されてるといいなと目を閉じる。
髪を乾かし終えてドライヤーを置いたのを見計らって、照に寄りかかる。
照も腰に手を回してくれて、2人のまったりとした時間に幸せで心が満たされていく。
「あー…ほんと、消えたい…」
「まだそんなこと言ってんの」
さっきのことをずっと気にしている照につい吹き出してしまう。
「格好悪いとこ見せたくなかった」
顔は見えないけれど、そう言っている今も可愛く頬を膨らませている姿が容易に想像できる。
「格好いい照も可愛いひーちゃんも好きだよ」
どっちかが特別好きってことじゃない。
どっちの面も持ち合わせている照だから、好き。
いろんな想いを込めて伝えると、俺の肩に照の頭が乗っかった。
「…傷付いたから癒して」
素直なのか素直じゃないのか…そんなところでさえ可愛いと思ってしまう。
この一言を言うだけでも相当勇気を振り絞ってくれたんだろう。
そんな照に報いるために、体の向きを変えて向かい合う。
大きく両手を広げるとぽすん、と俺の胸に頭を預けてくれた。
そのまま抱きしめてよしよしと頭を撫でていると、胸の中で遠慮がちなあくびの音が聞こえた。
「寝よっか」
俺の言葉に頷いたと思ったら、いきなり抱え上げられて抱っこされる。
「うわっ…」
「連れてくのは俺がやる」
さっきからちょいちょい対抗してくるのなんなの。
格好いいアピールどころか可愛さが増してくだけなんだけど。
照が嬉しそうだからいっか、とされるがままベッドに転がされて、そっと布団を掛けられる。
隣に潜り込んできた照の腕をぽんぽんと叩くと、ん、とすぐに腕を差し出してくれたので遠慮なく枕にさせてもらった。
見上げると、とろんとした目をして今にも眠ってしまいそうな顔をしている照と目が合う。
「「おやすみ」」
2人の声が重なる。
ふふっと笑い合って、そのまま電池が切れたように眠りについた照の顔を目に焼き付けてから俺も目を閉じる。
明日の朝また思い出して悶えるんだろうけど、どうか目が覚めるまでは穏やかな温もりに包まれていますように。
たまには今日みたいにお世話させてほしいなと願いながら、俺も幸せな気持ちのまま大好きな人の腕の中で眠りについた。
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