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【猫のお陰】

口に運びかけた柿を、途中から自分の小皿に戻して、れれは不思議そうな顔を旦那さんに向けた。

お腹の毛繕いに夢中だった僕たちも、思わず顔を上げ、旦那さんの方に身を乗り出した。

順番に話すとね、と言いながら、旦那さんはフォークの刺してある柿に、手を伸ばした。

「電話の後、家内と二人して懐中電灯を手に、大急ぎミツさん宅に向かったんですよ……」

郵便受けの裏には、茶色に変色したガムテープが貼ってあり、剥がすとそこには家の鍵が、しっかりとへばりついていたそうだ。

主の居ない家の中は、ヒンヤリしていて、生き物の気配は感じられない。

「ナオちゃーん」「ヨシくーん」

前田さん夫婦は、急な階段を二階へと、懐中電灯の光を頼りに恐る恐る足を進めた。

なんだか、昔よくやってた肝試しみたいね、と前田さんが旦那さんに話しかけた時、懐中電灯の光が、山盛りのカリカリご飯と、お水がたっぷり入ったお皿を捕らえた。

食べた形跡はない。

やっぱり家の中には居ないようだ。

ーさて、どうやって二匹の猫探せば良いんだろう……。

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前田さん夫婦は、重い足取りで家に帰ってきたそうだ。

ー誰に相談したら良いかしら……。そうだ、彼女に聞けば。

前田さんの頭に、猫好きで有名な友達の顔が浮かんだ。

「そんな時は、迷い猫探しのポスターよ」

電話の向こうで猫好き友達が即答した。

「ポスターですって? 私、絵はちょっと……」と、困った声の前田さんに、

「何言ってんの。パソコンで作るのよ。息子のお嫁さん、ウェブのデザイナーなんでしょ。

頼めばいいじゃない。猫捜しのポスターなんか簡単だから、アッという間に作ってくれるわよ」

と、当たり前のように答えたそうだ。

ー綾香さん、こんなこと引き受けてくれるかしら……。

この時点では、息子のお嫁さんの綾香さんに対する遠慮もあって、前田さんは、ちょっと気が進まないな、と思ったとのこと。

一人息子の隆から、会ってもらいたい人がいるんだ、と紹介された彩香さんは、この地域にはいないタイプの、お洒落で垢抜けた、一言で言えば仕事のできるキャリアウーマンだった。

彼女の口から発せられる標準語は、前田さん夫婦を必要以上に緊張させた。

前田さんの若い頃なら、その後は、結納だの両家顔合わせだの、しきたりに沿った手順の後、結婚式、披露宴、その後、駅の

ホームで万歳三唱に見送られて新婚旅行に旅立つ、というお決まりのコースが待っていたものだったが、

「おやじたちには悪いんだけど、綾香も俺も仕事が忙しいんで、ややこしいのはカットしたいんだ。籍だけ入れて、後はお互いの両親の顔合わせ食事会だけで済ませるっていうのは、どうかな? 友達だけの披露パーティは、また時期を見て考えるから」

と、いう息子の悪戯を詫びるような口調に、前田さん夫婦は心の中で大いに落胆したそうだ。

一瞬の気まずい沈黙の後、前田さんは、眉間に皺を寄せ、言葉を探している旦那さんの背中を、そっとつねった。それから、

少しぎこちないけれど精一杯の笑顔を、息子の隣で背筋をスッと伸ばして立つ、ハイヒールの良く似合う女性に向けた。

「綾香さんて仰るんですね。綾香さんのご両親も、それで良いって仰ってますか?」

「はい、私たちに任せると申しております」

綾香さんは美しく整った顔に笑顔をたたえながら答えた。

初めは、それはちょっと……と、思っていた前田さんも、目の前の二人を見ているうちに、今さらあれこれ形式ばった事をす

る必要もないわね、と思い始めてきた。

チラッと旦那さんに目くばせをした後、では、私たちも……、と二人の意見に同意した。

何はともあれ、息子にこんなに綺麗でしっかり者のお嫁さんが来てくれるなんて、ありがたいことよね、と息子たちを見送った後、まだ顔面にしかめっ面が微かに漂っている旦那さんに向かって、明るく声をかけた前田さんだった。

新居は、同じ敷地内の離れを改築して住みたいっていうことだし、すぐそばに息子夫婦が居いてくれると安心だわ、とも付け加えた。

だけど、正直を言えば、それまで心の中で温めてきた前田さんにとっての (理想のお嫁さん像)とは、ずいぶん違う綾香さんに、内心ガッカリしていたそうだ。

「あ、だけど、このことは綾香さんには内緒ですよ!」

と人差し指を口に当ててシーっと言う前田さんの横で、旦那さんもニヤニヤしながら、真似してシーっと言ったので、れれも思わずブッと吹き出した。

人間って、ややこしいんだなぁ。ああです、こうです、と話した後、これは内緒ですよ、ってくぎを刺す。

僕たち猫同士は、この話、あの猫には内緒にしてね、なんてあり得ないんだけどね。とにかく、笑ってないで、早く話を進めてほしい。

「あれから三年かしら。同じ敷地内に住みながら、付かず離れずの生活が続いてたんです」

隣で聞いていたももちゃんが、前足を伸ばしてグーンと伸びをしたので、僕もつられて背中を伸ばした。「別に仲が悪いっていうのではなかったんですよ」

前田さんは、手を横に振りながら慌てて付け加える。

ただ何て言うか……、近くに住んでいるんだから、たまにはこんな風に、お茶でも飲みながら、女同士ゆっくり話でもできたら、なんて思ってたんです、と言う前田さんに、テーブル挟んで向かいに座っているれれも、フォークに刺した柿を頬張りながら、黙って何度も頷いていた。

「綾香さん、ちょっとお願いがあるんだけど……今、いいかしら?」

猫先輩から言われたように、ポスター作りは、綾香さんに頼むしかないわねと、その日の夜遅く、離れに灯りがともっているのを確認してから、前田さんは遠慮がちに離れの玄関ベルを押したそうだ。

「お義母さん、猫、お好きなんですか!」

久し振りに入った息子の家のリビングで、綾香さんが淹れたハーブティを前に、ミツさんからの電話のこと、その後お父さんと二匹の猫を探しに行ったけど見つからなかったことなどなど、それまでのいきさつを、かいつまんで話していた前田さんも、綾香さんの言葉に一瞬「しまった」と思ったそうだ。

そうなんだ。僕たちの経験から言っても、猫好き人間と猫嫌いの人間はハッキリ分かれていて、猫好き人間同士っていうのは、猫の話題ですぐに盛り上がれるが、相手が猫嫌い人間だった場合、これ以上猫の話はタブーで、すぐに話を変えなければならないようだ。

人間はつくづく単純な生き物だと思うよ。

「私も、猫大好きなんですよ!」

想像したのとまる反対の言葉が、満面笑顔の綾香さんの口から飛び出してきた。

それまでは、お互い遠慮しながらの ”嫁と姑”の関係だったのが、この瞬間いきなり二人の間の垣根が取っぱらわれた。

「嬉しかったですよ。猫が好き、の一言で、お互いが急速に近づいたんです」

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その後、息子の隆も手伝ってくれて、猫探しポスターが、驚きの速さで出来上がったそうだ。

「お義母さん、明日は私、家で仕事することにしてたんで、ちょうど良かったです。午前中は一緒にポスター持って回らせて下さい」

ウエブデザイナーというハイカラな仕事をしている綾香さんは、きっちり会社勤めの息子と違い、時間の融通はつくとのこと。

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次の日、猫探してますと大きく印刷されたナオちゃんとヨシ君の顔写真入りポスターを自転車のカゴに入れ、二人で近所の商店やスーパーを回った。

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「今、お宅のちいちゃんのポスターが貼ってある動物病院にも、もちろんお願いに行きましたよ」

ちいという言葉に一瞬ドキっとしたが、前田さんの話は続いていく。

「よく似た二匹の猫見ました、という連絡が何件かあって、その度に駈けつけてみてたんですが、なかなかでしたね」

早く見つけてミツさんを安心させたかったんですがねぇ、と、その時の落胆を思い出したのか、前田さんは深いため息をついた。

「で、結局どこにいたんですか?」

れれが、しびれを切らしたように身を乗り出した。

「それがね、例のイチョウの木の根元にいたんです」

その日は、早めに仕事を切り上げて帰ってきた綾香さんと一緒に、もう一度ミツさんの家の辺りを探してみる予定だった。

目印のイチョウの木は、すっかり葉を落としていたが、まっ黄色に衣替えしたイチョウの葉が、太い幹の根元にびっしり、まるで絨毯を敷き詰めたように広がっていた。その上に、夕日に照らされモソモソ動く、愛らしい白と茶色を見つけた時は、

「お義母さん、見て!」

「綾香さん、あれだわ!」 二人同時に叫んだそうだ。

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緊張した面持ちで、ゆっくりと近づいてくる人間達に気付いた二匹の猫は、逃げようかどうしようかと迷っている。

「ナオちゃ~ん、ヨシく~ん」

出来るだけ明るく優しい声で、呼び掛けながら、逃げないで、逃げないでと祈るような気持ちで距離を縮めていった。

ゆっくりと近づいてくる人間から、自分の名前を呼ばれた二匹の猫は、ちょっと驚いた風に顔を上げ、丸い目を黒目で一杯にして、少し警戒していたようだが、危険がないことを察知したのか、すぐに二匹は二人の腕に抱きあげられたそうだ。

「二匹とも痩せてはいましたが、元気そうでした。私たちの気持ちが通じたのか、安心したように、グルグルとのどを鳴らしながら、顔を摺り寄せてきました」

ミツさんの喜ぶ声を想像しながら、前田さんと綾香さんはそれぞれの腕の中に、ミツさんから受け継いだ大切な命を抱いて、ゆっ くりと家に向かった。

二人の背中を照らす夕日が、二つの陰を長く伸ばしていた。

「お義母さん、あの……良かったらこの二匹の猫、時々うちで面倒見させてもらっても良いですか?」

綾香さんが遠慮がちに尋ねてきた。

「え?」と聞き返した前田さんに、綾香さんは腕に抱えた柔らかい猫の背中を、ゆっくり撫でながら話し始めた。

「私、結婚前、一人暮らしをしていた時に飼ってた猫を、病気で亡くしてるんです。元々、体の弱い猫ではあったんですが、まだ、三才になったばかりでした……」

寂しくて、寂しくて、張り裂けそうな思いで、涙にくれる日々を過ごしたらしい。

仕事が忙しいばかりに、猫の不調に気が付いてやれなかった自分を責め、もう二度と猫は飼わないと決めていたそうだ。

「そんなことがあったんですか……」

「だけど、このナオちゃんとヨシ君のポスター作りをしてたら、やっぱり猫の、このフカフカが恋しくなっちゃって……」

あの夜、前田さんが出来上がったばかりの、猫探しのポスター持って帰った後、綾香さんは夫の隆さんに言ったそうだ。

「ミツさんの猫が、見つかったら、時々うちでお世話させてもらっていいかしら? 例えば、普通の日はお義母さんたちの家で、週 末にはこちらで、という風に」

そんな訳で、ナオちゃんとヨシ君、つまり、ももちゃんのお母さんと弟は、同じ敷地内の二軒の家に、猫

猫用ベッドとトイレを置いてもらっているとのことだ。

「二軒の家を行き来することって、猫にとってストレスになるんじゃないかしらなんて、最初は気になってたんですが、そんな様子もないです」と言う前田さんに、

「人間にずっと大切にされて育ってきた猫は、少々場所が変わろうが、それより人間と一緒にいる安心感の方が大きいんだろうね」と、旦那さんが付け加えた。

ー人間と一緒にいる安心感……。

素敵な言葉を聞いたような気がした。

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そうか、僕たちが安心して、僕たちらしく生きていけるのは、人間と一緒にいて、人間に大切にされているという安心感があ

るからなんだ。

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画像 家猫って、そういうことなんだ。

「お陰で、息子夫婦、というか綾香さんとの距離がうんと縮まりました。

今までは共通の話題もなく、あたり障りないお付き合いでしかなかったのにね。

猫のお陰なんです」

週末は、息子夫婦がナオちゃんとヨシ君を迎えに来ることになっているが、時には夕食を一緒にすることも多くなったそうだ。

楽しそうに話す前田さんを覆っている(猫好きオーラ)が、また一段とキラキラ輝いてきた。

本当に、猫のお陰ですね」

れれも、同じように(猫好きオーラ)をキラキラさせながら微笑んだ。

「でね、ミツさんに、見つかりましたよって報告したら、もう大喜びで、ギブスが取れてきちんと歩けるようになったら、そっちに遊びに行きますって」

あ、そう言えば、と前田さんはポンと手をたくようにして立ち上がった。

「ミツさんから大きな段ボールいっぱいの猫缶が届いてるんですよ。れれさんちの猫ちゃん用に、少し持って帰って下さいね」

「いや、それは……」と言いかけたと同時に、れれのバッグの中から、電話のベルが聞こえてきた。

「もしもし……え、大丈夫よ。二匹ともここに居るから。……うん。前田さん宅に一緒に来てるの」

れれ夫からだった。家に猫がいない、ちいだけでなく僕たちまで脱走してしまった、と慌てて電話してきたらしい。

「ちいのタオルを持ってきただけなのに、まあ、こんなに長居をしてしまってすみません。

では、ちいが車庫に帰ってきた時は、宜しくお願いします」

れれが、ペコペコと、何度もお辞儀をしながら立ち上がった。

遠慮していた割には、袋いっぱいの猫缶を、しっかりと両手に抱えている。

僕の体がひょいと持ち上げられ、前田さんの腕の中にすっぽりと包まれた。

「お父さんは、ももちゃんを抱いて車まで連れて行ってあげてね」

さっきは緊張していて気が付かなかったけれど、お花いっぱいの庭のあちらこちらから、秋の匂いに交じって、懐かしい草の匂い、土の匂い、虫の匂いが漂ってくる。

僕は、うっとりと目を閉じ、鼻の穴をピクピクと動かして、久しぶりに触れた外の空気を、体中に取り入れようとしていた。

いきなり、旦那さんの叫び声が聞こえた。

次の瞬間、飛ぶような速さで離れに走る、ももちゃんの背中が見えた。

あっと思ったその時、ももちゃんが、離れのドアを壊さんばかりの音をたて、ドアに体をぶつけた。

「お母さん! ヨシ! 」離れの玄関ドアにすがりつき、ももちゃんは声を張り上げて叫んだ。

驚いたれれたちが、急いでももちゃんを取り押さえに行こうとしている。

僕も思い切り体をねじり、前田さんの腕から飛び降りた。

「ももちゃんのお母さんとヨシくーん! 」

精一杯の声を、ももちゃんの声と重ねながら、離れのドアに向かって走った。

僕たちの甲高い声が、離れのドアを突き抜けていった。

人間たちは、驚きの余り立ちすくんでいる。

家の中から反応があった。ももちゃんがそれに応えた。

一瞬の沈黙の後、横からドン、と何かがぶつかる音がした。

はじかれた様に、ももちゃんが音の方向に走った。

玄関の横の、庭に面した大きな窓の向こうに、白と茶色の猫が、窓ガラスに顔を押し付け、部屋の中からこちらに向かって甲高い声をあげた。

ももちゃんが、ガラス窓越しに体を寄せた。

ガラスの向こうの二匹の猫も、ピッタリと抱きつくようにももちゃんを包んだ。

その後、三匹はグルグルとのどを鳴らしながら、窓ガラスを挟んで鼻をくっ付け合い、夢のような再会を喜び合っていた。

ーももちゃん……、やっと会えたね。

僕の後ろから、れれと前田さん夫婦が、あっけにとられた顔で、恐る恐る近づいて来た。

同時に、離れの家の窓ガラスの向こうから、きょとんとした顔で外の様子を確かめる二人の人間の、驚いた顔が現れた。

ー前田さんの息子さん夫婦だ。

そのうちの一人、さっき話に出てた綾香さんが、ゆっくりと手を伸ばし、恐る恐る窓を開けた。

その途端、待ち切れない白い猫が、飛び出して行った。

「お母さん!」

一瞬の間もなく、後を追った猫が、転がるように出て来た。


「お姉ちゃん!」「ヨシ!」

庭の花たちが、一斉に甘い香りを投げかけた。

幸せな三匹の猫たちが、体を寄せ合い、舐め合い、尻尾を絡ませ、じゃれ合う姿を、 穏やかな秋の陽の光が優しく包んでいた。画像

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