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もーり兄弟これからも楽しみにしてます
「でさ、この間、愁斗が新しい香水つけてきたんだけど、俺が“それいい匂いだな”って褒めたら、なんて言ったと思う?」
居酒屋の個室でグラスを傾けながら、話していた。話題は弟。
向かいの二人は、少し呆れながらも、楽しげに耳を傾けている。
「なんて言ったの?」
ふみがグラスに手を伸ばしながら聞き返す。
「“ふぅん”って」
「相変わらずお兄ちゃんにはツンだなぁ」
ケビンが苦笑いを浮かべながら相槌を打った。
「でも、俺がそう言ってから、その香水付けてくるたびに“ひでが好きって言ってたやつ”って近づいてくんだよ。もう、ツンデレのお手本じゃない?」
表情筋が溶け切ったような溶けた顔になっている自覚があるが、弟への溺愛ぶりは止まることなく口からあふれ出す。
「はいはい、良かったね」
ふみがクスクス笑いながら茶化すように言った。
「けどさぁ、それが可愛いんだよなぁ、あいつ。言葉じゃ素直になれないくせに、態度には出ちゃってんだよ」
「確かにそうだけど、たまにはしゅーとから甘えてほしいとか思わないの?」
「…んー、まぁ甘えてくれたら嬉しいけど、別に俺から構えばいいしなぁ」
三兄弟の真ん中。何でも自分一人で抱え込み、自分一人で解決する。弟のくせに甘え下手。
「例えば、もりぴがしゅーとに全然構わなかったら、どうなるか気にならない?」
「どうもならないと思うけど…だって、しゅーとだぞ?」
考えたこともなかった。愁斗と”甘える”という言葉がどうしても結びつかない。
「ちょっと試してみたら?案外、嬉しい反応してくれるかもよ」
「……うーん…」
迷うような仕草を取りながらも、内心その提案に興味を持った。
「…試してみるか」
ふみとケビンは、そんな俺を楽しげに見守りながら、「ただし、やりすぎないようにね」と念を押した。
____
翌日、グループの撮影現場。
スタジオには、メンバーたちの明るい笑い声が響いていた。
カメラテストやヘアメイクの準備で少し慌ただしい中、いつもならすかさず弟のそばに寄っていくはずの俺だが、今日は意識して距離を取っていた。
一度、愁斗に話しかけられたが、軽く流すだけで視線を合わせないようにしてみた。
愁斗は、俺の対応がいつもと明らかに違うことに気付き、それからは話しかけてこなかった。
セットの準備が整うまでの短い空き時間。
少し離れたソファに座り、聖哉と駄弁っている愁斗。時折、視線だけこちらの方に送っているのを感じる。
俺は胸を痛めながらも、愁斗のことなんて何も気にしてないふりをしながら、ふみとケビンの近くで会話をしていた。
「ちょっと、挙動おかしいよ」
ケビンが笑いながら肘で俺の腕を軽く突く。
「しゅーとが気になる?」
「いや…」
愁斗の方にまた目をやると、聖哉の隣に座りながら、何かの資料を手にしているが、どこか集中力に欠けた様子だ。
「そろそろ行ってやるか……」
その様子に我慢できなくなり、とっさに立ち上がりかけたが、ケビンに肩を押さえられる。
「まだダメだって」
「もりぴが寂しくなっちゃってるじゃん」
2人にまた呆れたように笑われた。
「今行ったら意味ないでしょ。もうちょっと我慢しなよ」
「そうそう。ここで行ったら、かわいいリアクション見れないよ?」
「……別に、しゅーとはいつもかわいいだろ」
拗ねるような態度を取りながらも、2人に引き戻される形で席に戻った。
____
撮影が終わり、解散した後の帰り道。
俺は後ろをついてくる愁斗の気配に気づいていた。
特に何も言わないまま、少し歩いて振り返る。
「おい、俺ん家来んの?」
問いかけると、愁斗はいつもの表情を動かさず「だめ?」とそっけなく返事をした。
そんな様子さえやっぱり可愛くて、思わず吹き出す。
それを見た愁斗は、余計にバツが悪そうにするので、優しく「いいよ」と言った。
____
部屋に着くと、鞄をソファに放り投げ、キッチンに向かう。
「なんか飲む?」とグラスを取り出しながら聞くと、愁斗は「水でいい」と答えた。
背後からじっと、視線を感じる。
「今日、ふみくんとケビンくんと仲良かったね」
突然ぽつりと呟かれたその言葉に、手を止める。
「お?」と心の中で反応しながら、グラスに水を注いでいると、静かに近づいくる気配がした。
そして、気づいたときには、ぴたりと背中に温もりを感じる。
「…何してんの」
「別に」
「なんだよ、別にって」
軽く笑うふりをするが、愁斗から密着してくるという滅多にない状況に、内心半分パニックになりながら振り返るのを我慢する。
小柄な体は背中にぴったりと寄り添い、そこから動こうとしない。
「どうした?」
「なんでもない」
返ってくる返事は相変わらずぶっきらぼうだが、言葉とは裏腹に、背中に感じる温もりの面積がどんどん増していく。
「…寂しかった?」
冗談めかして聞いてみる。
別にふみ達が言うような返事は期待していない。こんな愁斗が見れただけでもう十分だからだ。
すると、愁斗は少し間を置いて、背中に頭を擦り付けてきた。
その瞬間、俺はついに限界を迎えた。
「お前、かわいすぎるだろ!」
勢いよく振り返り、そのまま愁斗を抱きしめた。
すっぽりと腕の中に収まる華奢な体が、愛おしさを何倍にも増幅させる。
「俺以外の奴にはこんなことすんなよ、絶対」
「は?なんで?」
俺の胸に埋もれながら怪訝そうに問い返す愁斗。
「そんなの、可愛すぎるからに決まってんだろ。変な奴に襲われたらどうすんだよ」
「…よく弟相手にそんな恥ずかしいこと言えるよね」
「おい、俺は本気で言ってんだけど」
愁斗は、真剣な俺の様子に反応し、埋めたままだった顔を少し上げる。そして俺を視界に入れるなり、ぷっと吹き出した。
「心配性だな、大丈夫だよ。そんな物好き、ひでしかいないから」
ふざけるような口調で返された無防備な返事に胸が締め付けられる。
人の変化に敏感なこいつは、肝心の自分のことは全然分かってない。
その一挙一動で、どれだけ人を夢中にさせているか、全然気づいてないんだから。
そんな言葉を飲み込んで、ただ愁斗を見つめるだけの俺に、少しきょとんとした顔をする愁斗。そういうところも、俺には可愛くて仕方がなかった。
ふっとため息をついて、目線の下にある愁斗の頭を撫でた。
「まぁでも、やっぱりいつものツンツンしたお前が1番だな」
こんなにかわいい弟を寂しくさせてしまったことを痛く反省した。
こうして素直に甘えてくれる姿も悪くないが、こいつのデレは、自分には刺激が強すぎる。
腕の中で「何ニヤついてんの」とぶっきらぼうに言いながらも、離れる気配がない愁斗に、ますます心を捕らわれていくのだった。