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自分で答えておいてから、俺は心中に沸き起こる感情を押さえ切れなくなっていた。
たかだか一種の生き物が、世の中の価値観を総とっかえした、だと……
普通なら考えられない事だ。
しかし、思い当たる事が有り過ぎるのは、無視する事が出来ない事実だ。
あの可愛らしいツートンカラーのパンダさえも撮影せずに人間達は通り過ぎているのだ。
因み(ちなみ)に俺達カバも目元が薄ピンクでツートンカラーである。
それに人気急上昇だった、動かない事で有名なハシビロコウの前も人々は足早に通り過ぎている。
因みに俺達カバも基本的には殆ど(ほとんど)動かない事で有名である。
三大珍獣のコビトカバに至っては気付かれもしなかったと、先程舌打ちを漏らしていた位だ。
因みに、言うまでもないが俺達カバありきの付属的な存在が彼らだ、決して俺達がキョジンカバではない。
なにより、動物園の一番の醍醐味、『歯磨きカバさん』の最終奥義まで無効化出来るとは……
それほどの影響力を持っていると言うのか?
『くっ、妬ましいぜっ!!』
『えっ?』
驚いて声を上げたユイに構う事もしないまま、嫉妬の感情の求めるままに自分一人の思考に嵌(は)まり込んで行った。
――――大災害への恐怖も、大切な存在を失った悲しみも、不可能を乗り越え復興を続けた勇気も、その更に先に待つ未来へと希望を紡ぐ五輪開催も、それら全ての純粋な気持ちさえも、一緒くたに踏みにじり、あまつさえ人間達を恐怖のどん底、いやズンドコに落とした今でさえ尚、責め手を緩めぬ徹底振り…… 悪は悪だ、むしろ極悪な存在に他ならないが、世界はヤツの存在、その一挙手一投足を注視する事に夢中になってしまっている。 『ガタコロナ』のヤツは今頃、恐れ戦(おのの)く人間達の姿を眺め、そして俺達無力な動物達を見て、さぞ御満悦なのだろう…… 確かに戦略的には、到底我々が真似出来ない思いきった手である事は否めない。 無差別に、それも大量の人々を短期間でその毒牙に掛け、人間達の戦士である警察や自衛隊と互角以上の戦いを挑み続けるなど…… 自分に同じ事が出来るかと問われれば、無理だと答えるしか無いだろう。 能力的には可能かもしれない、あくまでも上手く立ち回る事が出来れば、という条件付だが。 おそらく象さんやキリン君、お隣のアカカワイノシシでも同様だろう。 (※コビトカバは付属物なので数えません) しかし、我々がそういった手段に踏み切る事が、出来ない最大の理由がある、それは倫理観だ。 家族連れやカップル、仲の良いグループや、仕事の合間の息抜き中の会社員だろうか、揃ってじっと我々を見つめる様々な瞳は、皆優しげな笑みを湛えていた。 彼らに敵対するなんて、出来る訳もない。 そんな我々の気持ちも読んでの蛮行だったとしたら、敵ながら見事と言うよりない、決して許せぬ行為ではあるが…… 最早ヤツの天下である、全ては遅きに失した、と言えるであろう。 今から、人間達の注目を取り返すには、我々動物の手によって『ガタコロナ』を誅する事位しか思いつかないが、聞いた所では、ヤツ等は数も多いらしい。 今更、俺が、仮にユイを撒き込んで、二頭で挑んだ所で勝てるとは思えない。 もしも質で上回っていたとしても、やはり数は歴然たる力となるのである。
……
…………
………………
ん?
数の力?
はっ! そ、そうか!
思案が一つの考えに辿りついた俺は、瞑目(めいもく)を止めて横に立つユイの顔を真直ぐに見つめて言った。
『ユイちゃ、いや、ユイ! 俺は、脱走する!!』
『! ええっ? 何でいきなり? 説明求む!!』
その求めに答え、俺は説明をした。
『ガタコロナ』相手に劣勢を強いられている人間達に味方する為に脱走をし、戦いに身を置く決意をした事を。
自慢の防御力と巨体を活かして前衛を努めれば、科学技術に長けた人間達の先進武器と上手くコンビネーションを取る事が出来ると目論でいる事。
バランスの取れたパーティーの活躍を耳にした同胞達も次々参戦するのでは、という期待を込めた予測。
俺と同じタンク職の巨大生物達も、皆この世界を守りたい気持ちは同じで、共に戦ってくれる事であろう、と。
そして、最後にこう付け加えた。
『よしんば、孤独に戦う事になったとしても、水場に誘い込めばカバたる自分に敗北は無い! そして、ユイ、知っているか? 東京は別名『水の都』と呼ばれている事を……』
『っ!!』
『安心しろ、付いて来い等と言うつもりはない、ユイはここで俺の死に様、いや生き様を風の噂ででも聞いていてくれ』
『………………………………行く』
『何?』
『うちもついていくよ、旦那様! 水辺の覇者の力を見せてやろうよ!! 』
『ユイ!』