覚悟が決まった二頭、いや二人の戦士の決断は早く、それを裏付けるように行動は迅速であった。
今までは必要に迫られなかった為、周りに張り巡らされたコンクリート壁も、その上に取り付けられた保護柵も壊そう等とは思いもしなかった。
しかし、ここに収監されている殆ど(ほとんど)の動物が本気で破壊行為を実行した場合、この程度の檻に閉じ込めて置くことなど不可能だと言われている。
だからこそ、先の大戦中も、まだ空襲の影も無かったにも関わらず、動物の脱走を恐れた帝国軍部の手によって、恐ろしい大量殺戮が実行されたのだ。
今、己の使命に目覚めた俺にとって、壁や柵を破壊する事に何の躊躇も感じる事は無かった。
出て行くのなら、正面から堂々と、これは譲れないのだ。
『コイツを粉々にする日が来るとはな…… ユイ、少し下がっているんだ』
ユイが数歩下がったのを確認した俺は後ろ足だけで立ちあがり、勢いを付けて前足から壁に突っ込んだ。
『砕け散れ!!』
ゴンッ!!
『……痛い』
壁は俺の前足の一撃を受けても、なんら変化を見せずにそこに屹立(きつりつ)したままであった。
一方俺の上半身はジーンっと痺れてしまい、あちらこちらの関節からは激しい痛みが伝わって来ていた。
『旦那様、全体重を掛けなきゃダメだと思うよ、見てて! ユイ、行きます!』
そう言ってユイは数歩の助走を加え頭から壁に、言葉通り全体重を乗せてぶち当たって行った。
ドゴンッ!!
結果は俺の打ち下ろしと同様、壁には一条の傷も付ける事は叶わなかった。
ユイはと言えば、頭頂に巨大な瘤(こぶ)を隆起させたまま、左右の瞳を不規則に忙しなく動かし続け、両の鼻の穴から鮮血を止め処なく滴らせながら、反転口元は何やらヘラヘラとだらしなく笑っている様に見えた。
少し楽しそうに見えたので、俺はユイを放置して現状の分析と解決策の模索を始めた。
――――思っていたよりも、人間の建設技術のレベルは高かったようだな…… さて、どうしたものか? こうなったら、バックヤードのスタッフ専用の扉を破って出るしかないか…… まあ、あの金属臭い扉だったら結構薄そうだしな~、うん、そうするか、裏から出よう
そう決めてから、改めてユイの様子を見れば、まだ多少ダメージは残っていたようだが、大分回復したようである。
俺は裏口から出る旨を伝えると、ユイを伴って、丁度人気のなかった通路を通り、スタッフ専用の扉の前に立って思った。
出て行く事が大切なのだ、正面から堂々と、だとか、裏口からこっそりと、だとか、そんな事は瑣末(さまつ)な事なのだ、と。
結果は残酷だった……
裏口の扉は正面の壁以上に、大変丈夫に出来ていた。
俺は自分の頭に出来た大きな瘤から伝わってくる、激痛に耐えながら呟いたのだった。
『行き詰っちまったな……』
『……そうね』
ユイが二つに増えた瘤(こぶ)の下で、顔を歪ませながら答えた。
その時、
『力が欲しいか?』
不意に聞き覚えの無い声が頭の中に響くのだった。
驚いて周りを見渡した俺は、同じ様にキョロキョロしているユイと目が合った。
『ユイにも聞こえたのか?』
『う、うん、旦那様を助ける力が欲しいでしょって!』
『俺を?』
俺が聞いた声とユイが聞いた声では、少し違いが有る様だった。
『お前の望みを叶えられる力が欲しくは無いか?』
はっ! 再び聞こえた声に、俺はユイの顔を覗きこんだ。
『旦那様を助けたければ、力を受け入れなさい、だって』
やはり、俺とユイが聞いている声は違うようだ、だが、今はそんな事はどうでも良い!
俺は声に答え、時を置かずユイがそれに続いた。
『頼む! 力をくれ!』 『お願い、力をちょうだい!』
俺とユイは何者かの力を受け入れる事に決めたのであった。