テラーノベル
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キーワード:煙草・匂い・嫉妬・すねる
その夜、店に入ってきた舜太から、柔太朗はいつもと違う匂いを感じ取った。
「煙草、吸ってきた?」
グラスを差し出しながら、さりげなく尋ねる。舜太は一瞬、きょとんとした顔をした。
「俺、煙草なんて吸わないですよ。あ、もしかして、取引先の人が吸う人で、それでかもしれません。接待、喫煙可の店やったんで」
「ふうん」
短い相槌だったが、その声のトーンに、いつもより硬さが混じっていることに、舜太は気づかなかった。柔太朗はグラスを磨く手を、いつもより丁寧に動かしながら、内心で、自分でも意外な感情と向き合っていた。
──これ、嫉妬ってやつなんだろうな。
煙草を吸っていたわけではない。ただ、誰か別の人間の匂いが、舜太の周りに纏わりついている。それだけのことなのに、柔太朗の中に、じくりとした不快感が広がっていく。長く生きてきた分だけ、自分の感情のコントロールには慣れているつもりだった。だが、こんな些細なことで心が揺れるとは、自分でも予想していなかった。
「柔太朗さん、なんか静かですね」
「別に、普通だけど」
「嘘やん。絶対、なんか思ってますよね、それ」
見抜かれて、柔太朗は視線を逸らした。舜太はそれを面白がるように、身を乗り出す。
「もしかして、匂いのこと、気にしてます?」
「気にしてないよ」
「気にしてる顔ですけど」
からかうような口調に、柔太朗は仕方なく、小さく息を吐いた。カウンターの上に置いたグラスの水滴を、意味もなく指先でなぞる。
「正直に言うと、ちょっと、嫌だった。舜太くんに、俺以外の誰かの匂いがついてるの」
思いのほか素直な告白に、舜太は目を丸くした。それから、堪えきれないというように、声を上げて笑う。
「めちゃくちゃ可愛いこと言いますね、それ」
「可愛いって言うな」
「言いますよ。柔太朗さんが、そんなちっちゃい嫉妬すること、あるんやって思ったら、なんか嬉しくて」
嬉しそうに笑う舜太を前に、柔太朗は少し拗ねたように、視線を逸らしたままだった。だが、その頬には、隠しきれない赤みが差している。
「せやったら、その匂い、消せばいいんですよね」
「どうやって」
「こうやって」
舜太はそう言うと、柔太朗の体を引き寄せ、首筋に顔を埋めた。そのまま、深く息を吸い込む。
「な、何してるの」
「柔太朗さんの匂い、うつしてもろてるんです。これで、俺の匂いも、煙草の匂いも、全部柔太朗さんの匂いで上書きされるでしょう」
強引な理屈だったが、柔太朗はそれ以上、拒む気になれなかった。密着した体温と、鼻先をくすぐる香りに、先ほどまでの小さな嫉妬が、少しずつ溶けていく。腕の中に閉じ込められるようにして、柔太朗はしばらくの間、舜太の吐息の熱を、そのまま受け止め続けていた。
体を離した舜太が、悪戯っぽく笑いながら、柔太朗の首筋に、そっと唇を寄せた。触れるだけの、けれど確かな熱を持ったキスだった。
「次からは、匂い移されそうな場所、なるべく避けるようにしますね」
「別に、そこまでしなくても」
「そうですか?――柔太朗さんが、また拗ねる顔、また見たいけど」
「それ、本音が透けてる」
苦笑する柔太朗に、舜太は満足げに笑った。
しばらくして、二人が閉店後の片付けを続けている間も、柔太朗はふと、先ほどの自分の反応を、振り返らずにいられなかった。誰かの匂いが移っているだけで、これほど心が乱れるとは。
「まだ気にしてるんですか、匂いのこと」
「もう気にしてない、って言ったら、嘘になるかな」
「正直な人ですね」
「舜太くんが、正直にさせるんだよ」
そう言って、柔太朗は少し困ったように笑った。誰かの些細な匂いをきっかけに生まれた、小さな嫉妬と、それを埋め合わせるための、ささやかな触れ合い。窓の外では、いつものように、静かな夜が更けていく。灰皿に残った、誰のものでもない匂いの記憶は、この夜のうちに、綺麗に上書きされていった。
煙草の匂いって思ってたよりつくよねって話。
嫉妬で拗ねるのは、大人かわいい。
𝕣𝕖𝕒𝕣
395
#ご本人様には関係ありません
あか
261
#からぴち
琉愛˚𓆩✞𓆪˙
191
コメント
1件
うわ、これは……大人同士の嫉妬って、こういう形で現れるんだって思わされました。「俺以外の誰かの匂いがついてるの」って正直に言っちゃう柔太朗さん、可愛すぎますよ。そしてそれに対して「上書きする」って行動で返す舜太くんのストレートさも良い。煙草の匂いがきっかけで生まれるすれ違いと、それを埋める距離の縮め方、めちゃくちゃリアルでドキドキしました。るりさん、こういう「匂い」みたいな感覚的なものを言葉にするの、本当に上手いですね。