TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

柴田しばたさん、この見積書の作成頼めますか? ――僕は午後からあちこち回ってこないといけないので」


婚姻届のことから数日が過ぎた頃。


職場で宗親むねちかさんが、珍しく別行動の旨を告げていらした。


何か困ったことがあってもすぐには助けられないけれど大丈夫ですか?と言外に含ませてくる宗親むねちかさんに、そう言えばたった半日とはいえ、丸っきり一人にされるのは入社以来初めてだったぁ〜!と気付かされてドキドキする。


いつもならどこに出掛ける折にも付いてくるように言われてばかりだったのに、本当珍しい。


きっと、そんな思いが顔に出てしまっていたんだと思う。


「もしかして寂しいんですか? ――


不意に距離をグイッと削られて、耳元をかすめそうな距離、ささやくようにそう問われた私は、突然耳を侵食してきた低音イケボに慌てて耳を押さえて真っ赤になった。


プライベートと違い、職場ではちゃんと苗字で呼び合っているのに、わざと「春凪はな」と呼ばれたことにも心臓をバクバクさせられて。


そんな私の様子を瞳を細めて楽しそうにご覧になる宗親むねちかさんに、「絶対揶揄からかわれたぁ〜!」と理解した。


しゃびしいわけありまん!」


でっ、出だししくじった上に噛んだっ!

恥ずかしぃーっ!!


宗親むねちかさんの意地悪への怒りと、たったそれだけのことにいとも容易く翻弄ほんろうされてしまう自分の不甲斐なさに感情がたかぶり過ぎてしまったみたい。


決まり悪さに涙目になって、それでも負けたくない一心で宗親むねちかさんを睨みながら「つっ、常とは違う指示をなさるから……そのっ、へっ、変に思っただけです!」としどろもどろになりながらも何とか言い募ったら、「冗談ですよ」と腹黒スマイルでサラリといなされる。


その上で、「いま頼んだ見積書、本当に急ぎなんです。明日の朝イチで使いたいので」と肩をポンと叩かれて。


「頼りにしています」


そう付け加えられて柔らかな眼差しを向けられた私は、宗親むねちかさんから仕事の上で少しは信頼され始めたのかな?と嬉しくなる。


それで、ムスッとしていたのも忘れてパァッと笑顔になった。


「お任せください。織田おりた課長!」


手渡された資料を手にガッツポーズをしてみせたらクスッと笑われて、その笑顔に「絶対チョロいって思われた!」って、今更ながらに赤面する。


あーん、私のバカ!


職場では(職場でも)頼りにしまくりの織田おりた課長の不在は不安だけど、家でも職場でもずっと一緒なんだもん。


たまにはこうして離れてみるのも大事だよね?


そう自分に言い聞かせた。



***



「……疲れたっ」


宗親むねちかさん不在のなか、ランチを終えてからずっとパソコンと睨めっこをしてガチガチになった身体をほぐすため、私は管工事課の給湯室からマイカップを手にして、9階のリラクゼーションルームに向かった。

各課フロアにある給湯室は、本当に飲み物を入れるだけな空間なのに対して、ここはゆったりとソファーでくつろぐことも出来るし、備え付けのコーヒーメーカーや自販機、給湯機能付きのウォーターサーバーなどを利用して好みの飲み物を入れることも出来る。


本当は例の赤い屋根が特徴的なお気に入りのカフェ『Red Roof』のカフェラテが飲みたいところなんだけど、仕事が立て込んだ状態で社外に買いに、は無理だなと諦めて。


せめてもの抵抗に9階まで上がってきちゃった。

だってね、宗親むねちかさんがいらっしゃる時には、何となく気後れしてなかなか出来ないことだなって思ったら、どうしても行ってみたくなったんだもん。



業務用の大きなコーヒーメーカーから、マイカップに真っ黒な液体を注ぐ。

もちろん、使い捨てのカップもあるのは知っていたけれど、余り使っていなかったお気に入りのマイカップが使いたかったんだもん。


(あー、なんか苦そうっ)


黒々とした液体が揺らめくのは、お花畑の中、パステル調のウサギが2匹ずつ、お互いに花束を手に向かい合っている可愛いマグカップの中。

立ち耳ペアと、垂れ耳ロップイヤーペアがいるんだけど、私は立ち耳ペアの方が元祖うさぎっぽくて好き。

どうも私はパステル調の絵柄に弱いみたいで、可愛いって思うのはいつもこんなほんわかした雰囲気のものばかり。


特に好きなのは家で愛用しているナマケモノのマグだけど、このウサギ柄のも結構お気に入りで……見つけた時には職場で使うぞー!ってワクワクしたの。


でも――。


(このカップにはブラックコーヒーは似合わないっ!)


なんて言うのは私の勝手なフィルターのせいなんだけど。


だってコーヒーはお砂糖なし、ミルクたっぷりの色白なやつが好きなんだもん。


(そうだ。今度あそこの冷蔵庫に小っちゃい牛乳買い置きしておこうかなぁ)


ここには大型の冷蔵庫が3台設置されていて、名前さえ明記しておけば自由にものを入れることができる。


3つ並んだ冷蔵庫に視線を転じて、ふとそんなことを思ったりしたけれど、よく考えてみるとここのコーヒーメーカーからコーヒーを飲むこと自体、私、滅多にはなかった。


(腐っちゃうか)


きっとそうなる。

基本的には『Red Roof』のカフェラテを飲むことが多い私だもの。


今日はたまたま買いに出られそうにないからここへ来ているだけなのを失念して、つい目先の欲に流されるところでしたっ。

ごめんなさいっ。

好みの彼に弱みを握られていますっ!

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

114

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚