リハの合間、スタジオの片隅。涼ちゃんは紙コップのコーヒーを手に、ぼんやりと天井を見ていた。
若井が隣に座る。
「……ねえ」
「ん?」
「昨日のこと、気にしてる?」
涼ちゃんは小さく笑った。
「なにそれ。寝たくらいで気にすることある?」
「いや……その、手のこととか」
その瞬間、涼ちゃんの指が止まった。
紙コップの縁を軽く押しながら、視線を下に落とす。
「……見たの?」
「見えちゃった」
「そっか」
短くそう言って、コーヒーをひと口飲んだ。
沈黙が落ちる。
エアコンの風の音だけが、二人の間を流れる。
「……あれ、別に大したことじゃないよ」
「大したことだよ」
「でも、今さら言ったって変わらないでしょ」
涼ちゃんの声は淡々としてた。
けど、その目はどこかで「止めてほしい」と言っていた。
若井は迷った。
けれど結局、言葉よりも先にそっと手を伸ばした。
袖の上から軽く、涼ちゃんの手首に触れる。
「……俺がいるから。
無理に笑わなくていい」
涼ちゃんは一瞬だけその手を見つめた。
何か言いかけて、でも何も言わず、ゆっくり目を伏せた。
その横顔に、初めてほんの少しだけ人間らしい温度が戻っていた。
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