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皆が寝静まった頃。
阿部は、違和感を覚えて目を覚ました。何かの気配を感じるような気がして、辺りを見回してみる。室内ではない。その違和感を注意して捜しながら、窓の方に向かった。静かにカーテンを開けると、月の光が室内に差し込んだ。
綺麗な半月だ。
その明かりが照らす、ホテル正面の道を見る。真っすぐに雑木林に向かって続いている、手入れの行き届いた庭園からの道。石畳の道の先から雑木林へと土の道が続いており、薄暗い雑木林の先を見ることはできない。
目を凝らして見ても人影はなく、それでも違和感を拭いきれない。
💚(どうしよう。みんなを起こす? でも、何もなかったら申し訳ない……)
時刻は23時を回っていて、疲れて寝ているみんなを起こしてまでするべき事ではないような気がする。
💚(外に出て、何もなかったら戻って来ればいいよね)
そう思って窓に背を向けた時だった。
何かが左手首を掴んだと思った瞬間、体は後ろに引っ張られていた。すぐに来る筈の衝撃はなく、冷たい空気が頬を撫で、目を開くと見えたのは星空と、その奥には先ほどまでいた筈のホテル。
💚「……え……」
体が浮遊しているのが分かり、身を翻すと雑木林の方に体が向かっていることを知った。
💚「なん、で……っ」
引っ張る力も掴む力も強くて外れない。寝ていた部屋は13階。このまま落ちるわけにはいかない、と、阿部の目が碧色に光ると足元で電気が弾けた。あと1メートルほどで地面にぶつかる、というところでギリギリ間に合い、何とか止まる事ができた。
電磁浮遊で激突は回避できたが、すぐに目の色が元に戻って電気が消え、引っ張られる力に抗う事もできずに地面に打ち付けられる。
💚「うっ……!」
体中に痛みが走る。
それでも、最小限に抑えられたと思う。電気の異能を二回も使ってしまったことと、超音波をまともに浴びたせいで回復しきっていないから、もう、動くのがやっとだ。
庭園を出て、あと少しで雑木林に入るという道の真ん中で体を起こそうとして、何もないのに両手首が地面に固定されているのに気が付いた。先ほど、引っ張られていたのと同じだ。
💚「……っ、外れない……!」
それでも寝転がるよりは、と膝を立てて座り込むが、蹲っているというのが正しい表現だ。体を打ったせいか、ビリビリと痺れていて余計に力が入らない。
少しの間、雲に隠されていた月が出てきて、影が阿部の視界に映りこむ。
「ごきげんよう。会えて嬉しいですわ、SnowManの頭脳さん」
それは嬉しそうな愛らしい女の声で、けれど手が地面に固定されているせいで顔が上げられない。
「困りましたわ。これでは会話ができないもの。少し緩めてくださる?」
目の前にハイヒールの女がしゃがんだのが分かった。長い爪が顎にかかって、無理やり上を向かされる。
先ほどよりも少しだけ地面から腕が離せるようになって上半身を起こされ、その女の顔がハッキリと映った。
セミロングの髪の、妖艶でおしとやかな雰囲気の愛らしい顔立ちの女。首元には、月と花の模様が入ったストールを巻いている。あれは、月下美人の花だ。
💚「俺たちのこと、知ってる……?」
「ええ、ええ。もちろんです。ずっと逢いたかったのですから。特に、《特異な異能》を持つあなた様に」
💚「……あの依頼、やっぱり、あなたが?」
「あらあら。お分かりでしたのね。さすがですわ!」
仰々しく拍手をする女。
「ああ……あなた、という呼称はあまりよろしくないですわね。わたくしのことは、《芙蓉-ふよう-》とお呼びください」
💚「……芙蓉、さん……?」
「フフフッ。この状況でも、丁寧なのですね。阿部亮平様。こうして会えて本当に良かったですわ」
💚「狙いは、俺……?」
「今回のことは、どなたかが引っかかってくれれば良かったのですが、まさか亮平様が来てくれるなんて! 運命、なのですかね。上弦の月の夜にお会いできたのも」
💚(上弦の月、月下美人、芙蓉……何かあるのか……?)
「あら、考え事ですの? イヤですわ。今はわたくしと話しているのでしょう?」
顎を強く掴まれ、爪が首に食い込んで眉を顰める。
💚「うっ」
「ごめんなさい。気持ちが高ぶってしまいましたわね」
💚「……願いを叶えるおまじない……あれも、芙蓉さんが?」
「ええ、ええ! そうですとも! 誰しも叶えたい願いはあるものでしょう? わたくしはそのお手伝いをしているだけですのよ。あぁ、あの男達の欲にまみれた願いは不愉快でしたけれど……」
💚「……そうやって、俺たちに近づいてたのか……」
きっと、最近のものだけではない。これまでに受けた依頼の中で願いに関係するものは、芙蓉が関わっていたのかもしれない。
💚「何が、目的なんですか……?」
「さあ、何だと思いますか? ウフフフフッ。今日は、ただのご挨拶ですのよ」
芙蓉の人差し指が、顎から下がっていく。そしてちょうど、体の中心に来た時に止まり、ぐっと強く指を押し付けられた。
🖤「阿部ちゃん!!」
芙蓉を突き放すように飛んできた鋼の翼と、硬質化した岩の破片と、結晶化した花びら。それらを芙蓉はひらりと舞うようにかわし。
「またお会いしましょう、亮平様。満月の夜に」
そのまま、ふわりと後方へ跳んだ。
🖤「逃がすか!」
芙蓉の足元から蔓が伸びるけれど、到達する前に芙蓉の体は夜に溶けるように消えていった。
遡る事、十数分前。
肌寒くて目が覚めた。暗かった筈の部屋の中は少し明るくて、何でだろうと思いながら部屋の中を見て、阿部のベッドの布団がめくれているのに気が付いた。
🖤「……阿部ちゃん……? えっ……?」
慌ててトイレの方に行ってみたけれど、電気は消えている。
🖤「いない……! 阿部ちゃん、阿部ちゃん?!」
必死だったから、みんなが寝ているとか考えられなくて、夜中なのに声を上げると深澤と向井が目を覚ましたようだった。
💜「ん……めめ……?」
🧡「なんや、こんな時間に?」
けれどその声を気にすることはできなくて、カーテンが開いていることに気が付いてそちらに向かった。
張り付くように窓から外を見る。
まさかとは思う。だからどうか、いないでほしいと思いながら。それでも目を凝らして見ていると、遠くの雑木林に続く道の方に人影が見える。
🖤「阿部ちゃん!!!」
🧡「ぅえっ!? 阿部ちゃん!?」
💜「え、なに、阿部ちゃんがなに!?」
🖤「あそこ! 女といる!」
🧡「ええっ!? どこ!?」
深澤と向井も目黒が指さす先を、目を凝らして見るけれど、何かがあるということしか分からない。
🖤「康二、下まで岩で滑り台作って! ふっかさん、しょっぴー叩き起こして!」
🧡「お、おう!」
💜「あ、ああ、うん、わ、わかった」
こんな風に強く言ってくる目黒は珍しくて、二人は動揺しながらも動き始める。本当に、阿部が絡むと目黒は人が変わるようだ。
💜「なべ、起きろ! 阿部ちゃんが大変だ!」
💙「うぉっ?! お? 阿部ちゃん?」
💜「寝ぼけてていいから、来い!」
無理やり引っ張って渡辺を連れ、窓から地面まで続く滑り台に乗って下まで滑り降りた。夜中なので、叫びそうな渡辺と向井の口を塞いで地面に降り立つと、向井が滑り台を消してそのまま目黒の後に続いて走って行く。
🖤「阿部ちゃん!!」
座り込んでいる阿部と、その前にいる女の姿が見えてくる。
💜「みんな、阿部ちゃんを守れ!」
深澤の号令に、阿部から放すように深澤は鋼の翼を飛ばし、向井は硬質化した岩の破片を投げ、渡辺は結晶化した花びらを向かわせる。それらを、女はひらりと舞うようにかわし、そのままふわりと後方に跳んだ。
🖤「逃がすか!」
女の足元から蔓を伸ばすけれど、到達する前に女の体は夜の闇に溶けるように消えていった。
阿部がこちらを見ようとしているのか顔を向けようとしているけれど、思うように動いていない。
💚「来ちゃダメだ!」
その言葉に足を止める。
💚「異能者が近くにいる! 見えない何かが、んぅっ!」
突然、阿部の声が聞こえなくなった。けれど、喋らなくなったというよりは、喋りたくても声にならないような感じ。頭を振っているから、何かを振り解こうとしているようにも思える。
💜「阿部ちゃん、見えない何かって言ってた。なべ、花びらを散らして。その何かを探る」
💙「りょーかい」
💜「めめ、気付かれないように蔓を張り巡らせて。近くにいるって言ってたから、見えないとこにいるかも」
🖤「はい」
💜「康二。ちょっと派手にやるぞ」
🧡「ビビらしたるわ!」
広範囲に花びらを展開させる。向井と深澤が無差別に岩と鋼で攻撃を仕掛け、その攻撃に紛れるように目黒が蔓を地面に這わせて雑木林へと向かわせた。
そうしていると、渡辺の花びらを何かが掠ったのを感じ取る。
今の形は―――。
💙「わかった! 手だ! 見えない手が何本もある!」
💜「なるほど、そういう異能ね。康二、ラストいくぞ!」
🧡「待ってました!」
岩の破片を一ヵ所に集めて直径10メートルほどの大きな岩の塊を空中に浮かせ、その岩の上に超巨大化させた大ガラスのふーちゃんが君臨する。これ、昼間だったら大騒ぎだっただろうな、と思いながら見つめる渡辺。
すると遠くから「うわあああ」と情けない悲鳴が上がった。
🖤「捕らえます」
雑木林に入った目黒の蔓に、見つけられないものはない。
草を掻き分けて伸びていった蔓がその人物の足に絡みつき。
🖤「かかった!」
目黒が釣り竿を持ち上げるような素振りを見せ、思いきり引っ張ると、悲鳴を上げながら男が雑木林から飛び出てきた。
🧡「犯人の一本釣りやなぁ」
釣り上げられた男は地面にぶつかっている。
それと同時に、阿部が勢いよく後ろに倒れこんだ。
💚「わあっ」
🖤「あ、阿部ちゃんっ」
慌てて目黒が阿部に近づき、他の三人は犯人の男に向かって行った。
🖤「大丈夫?」
💚「うん。手が掴まれてたから、取ろうと思って思いっきり後ろに引っ張っててさ」
🖤「あ、それで。なんか、タイミング悪くてごめん」
💚「めめのせいじゃないじゃん」
何だか和やかな空気が流れ始めた目黒と阿部の二人とは裏腹に、犯人を囲んでいる三人の顔は穏やかとはかけ離れている。
💙「お前、阿部ちゃんに何したんだよ」
「……」
🧡「言えや! 何したん!?」
「……窓の方から、引きずり下ろした……」
💜「引きず……窓?! 13階から?!」
「俺の異能、対象をすり抜けるから、それで……」
💙「んなことしたら死んじまうだろうが!! そんなことも分かんねえのかよ!」
「っだって、一人、外に出せってッ! 異能持ちだから大丈夫だって! あの女がッ!」
泣きべそをかいて腕でガードをして縮こまっているその人物に、阿部がゆっくり近づいた。
💚「みんな、そんな言い方したら委縮しちゃうよ……君は、何のためにそんなことしたの?」
「……そうしたら、願いを叶えてくれるって……」
💚「願いの為なら、人を殺してもいいと思った?」
「ッちがっ」
💚「俺はたまたま、地面には落ちなかったけど、異能持ちだからって絶対助かるわけじゃない。そんなことも分からなかったの?」
「……」
🧡「……静かなだけで、阿部ちゃんがいっちゃん、怖い気ぃする」
💚「康二、黙ってて」
🧡「……はい」
💚「君、まだ学生でしょ? 願いを叶える方法は他にいくらでもある。今日は見逃すけど、君の顔は憶えたから、次に何か悪いことした時はすぐに見つけるよ。だからもう、間違ったことはしないで」
「……はい」
💚「よし。じゃあ、行っていいよ」
そう言うと男の子はすぐに走り去ってしまって、それを五人で見送ったのだが、ふぅと息をついた阿部はみんなから見られている事に気が付いた。
💚「……なに? みんなして」
💜「何じゃないよ! また、そうやってすぐ許して! あいつ、阿部ちゃんのこと殺そうとしたんだよ!?」
💚「本人はそのつもりじゃなかったって言ってたでしょ」
💜「そのつもりじゃなくても、13階から落としたら立派な殺人未遂! 警察沙汰だから!」
💚「でももう帰しちゃったし」
💜「だから、帰したのがそもそも……!」
んー?と人差し指を顎に当てて小首を傾げている阿部に、段々と毒気が抜かれていく。
💜「あー、もー! なんで伝わんねえんだよー!」
💙「ふっか。ん」
手のひらを出した渡辺に、深澤が思い切り殴りつける。いってー、とブンブン手を振る渡辺。そして次に深澤が手のひらを出して、そこを渡辺が殴りつけて、今度は深澤が痛そうに手を掴んでいる。
🧡「二人とも、気持ちの整理の付け方へったくそやね」
💜「しょーがねーだろ! 阿部に当たれねえんだよ!」
💙「同じく!」
🧡「じゃ、しゃーないか」
💚「ねーえー。俺もう帰りたいー」
💜「誰のせいでこんなことになってるとっ」
💚「めめー。おんぶー」
🖤「え?! あ、はい……乗れます?」
💚「乗れなーい。ふっかー、手伝ってー」
💜「……わーったよ」
🧡「あれ、阿部ちゃん甘えモード?」
💚「んー、疲れたぁ」
ショートする手前なのか、思考が働いていないのだろう。こうして甘えてくる阿部は珍しい。
深澤が阿部の体を持ち上げて目黒の背中に乗せると、目黒が立ち上がる。相変わらず、阿部の体は軽い。
🖤「阿部ちゃん、ちゃんと掴まっててね」
💚「はーい」
先ほどまでの怖さはどこへいったのやら。やたらとぽわぽわしている阿部はいつも以上に可愛くて、静かにやられている渡辺がいた。
負担がかからないようにゆっくり歩いてホテルに向かう。エレベーターに乗った辺りで、肩にかかる重みが増えて、目黒が横を向くと阿部の頭が肩にもたれかかっているのに気が付いた。
🖤「阿部ちゃん、寝ちゃいましたね」
💜「落ちる時に電気の異能、使ったんでしょ。車の捜索で負担かかってたみたいだし、超音波でも頭痛してたじゃん……ギリギリだったんだよ」
🖤「そういえば俺、阿部ちゃんが電気の異能使ってるの、あんまり見たことないかも」
🧡「そういや、俺もないわ。何回か、チラっと見たくらいやね」
💜「普段は電脳空間に行く事がほとんどで、滅多に見ることはないね。知り合って長い俺でも、そう多くないよ。電気の異能は体にかかる負担が桁違いなんだって言ってた。そう何度も使えるわけじゃないって」
そうして話しているとエレベーターが13階に到着し、部屋に入るとすぐに阿部を深澤がベッドに寝かし、眠気に負けた渡辺と向井もベッドに倒れこんだ。
💜「もう日付変わったね。話は明日にして、今は寝よう。あの女については、全員揃ってる時に聞いた方が良さそう」
🖤「静岡組、帰ってくるんですか?」
💜「照から、順調に進んでるって連絡来てた。明日の昼の新幹線で帰ってくるから、揃うのは夕方かな」
🖤「じゃあ、こっちも明日の依頼は早めに終わらせないと、ですね」
目黒の言葉に頷いて、深澤は眠っている阿部の髪に触れた。
💜「阿部ちゃん、お疲れ様。今はゆっくり休んで」
🖤「ふっかさん……ホントに阿部ちゃんのこと、大事なんですね」
💜「そりゃ、なんていうか、俺と阿部ちゃんは腐れ縁みたいなもんだし。なんか、特別、なんだよね……そういうめめだって、阿部ちゃんのことめちゃくちゃ大事でしょ?」
🖤「そうですね」
💜「お、隠さないんだ」
🖤「佐久間くんにも言われました。バレバレだって」
💜「まあ、めめは分かりやすいからねー。めめから阿部ちゃんへの感情って、愛おしいって感じだからさ。見てて微笑ましいよ」
🖤「……改めて言われるとめっちゃ恥ずいんですけど」
💜「でも間違ってないでしょ?」
🖤「……はい」
💜「よし。じゃあ、俺らも寝よ。明日はなるべく、阿部ちゃんに負担かけないようにしなきゃ」
🖤「ですね。おやすみなさい」
💜「おやすみ」
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