・転生ネタ
・夢主以外はお名前そのままです
再会
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前世の記憶が蘇ったのは、僕が11歳になって少し経った頃。
周りには、遠い昔に知り合った仲間がたくさんいて。でも誰ひとりとして、今この世界に生まれる前のことを覚えていないようだった。
寂しいけれど、わざわざみんなにあの壮絶な過去を思い出させて苦しめるわけにもいかない。兄の有一郎なんて、僕を庇って左腕を吹っ飛ばされてしまったのだから。
両親や兄も、炭治郎も、禰󠄀豆子も、善逸も、伊之助も、玄弥も、栗花落さんや神崎さんも。
胡蝶さんも、悲鳴嶼さんも、伊黒さんも、甘露寺さんも、不死川さんも、冨岡さんも、煉獄さんも。
お館様やあまね様も。
あの憎い鬼舞辻󠄀無惨でさえ、この世に生まれ変わっていた。
それなのに。
いちばんお世話になったと言っても過言ではない、大好きなあの人にはまだ巡り会えていない。
つむぎさん……。
叶うならもう一度会いたい。彼女も日本のどこかに新しい生を受けて幸せに暮らしているのだろうか。
僕と有一郎は、キメツ学園の中等部に入学した。中学受験なんて微塵も興味なかったけれど、試しに行ったオープンスクールで前世の仲間を見つけて気が変わり、帰宅後すぐに願書を書いたくらい嬉しかったんだ。
両親は、突然キメツ学園に入る気満々になった僕を不思議そうに眺めていたが、僕の自由にしたらいいと賛成してくれた。有一郎は僕が心配だから、と一緒に同じ学校を受験してくれた。
入学式を終えて、その翌日から僕は熱を出してしまい数日休んだ。その間に他の生徒たちは学校内や部活の見学もしていたと思う。
復活して、前世で特に仲良くしてくれた炭治郎や玄弥と交流を持ちに高等部まで行って。嬉しくて懐かしくて僕ひとり泣きそうになっていた。
その数日後、僕は信じられないものを見た。
放課後、校門までの通路を歩く、とある女生徒の後ろ姿。
どくん、どくん……。
心臓が大きく脈打つ。
僕は慌ててその人を追いかけ、思わず腕を掴んでしまった。
『えっ?』
驚いたように振り向いた彼女は、僕が会いたくて会いたくて仕方なかった宮景紬希さん本人だったのだ。
いや、少し幼い顔立ちをしているし人物は異なるけれど、前世で出会った相手はぱっと見で分かる。
柔らかな黒髪も、硝子玉のように澄んだ綺麗な翡翠色の瞳も、白い肌も、淡いピンク色の頬や唇も。
全部がつむぎさんとぴったり重なる。
涙が勢いよく瞼の淵に溜まって、堪える間もなくぼろぼろと溢れ出す。
そして思わず、目の前の彼女を抱き締めてしまった。
『ひゃっ!?』
「うっ…つむぎさん……やっと会えた…!…ひぐっ、僕だよ…無一郎だよ…。…ぐすっ…会いたかったよぉ……!」
涙が止まらない。嬉しくて嬉しくて。
でも。
『…あの……。申し訳ないんだけど、私、あなたに会ったのはこれが初めてだと思うの…』
「……えっ!?」
慌てて身体を離す。
戸惑ったような表情の女の子。その瞳に、涙でぐしゅぐしゅな僕の泣き顔が映っている。
「…覚えてない……?」
『う、うん…。ごめんなさい……』
そうだ。僕が普通じゃないんだ。覚えていなくて当たり前だ。
なのにいきなり腕を掴まれて、抱き締められて、泣かれて。こんなの引かれて当然だよね。
「…っ…ごめん、びっくりしたよね……」
会ったのはこれが初めて。覚えてない。
彼女の言葉が頭に何度も響く。
「…うぅっ……」
さっきは嬉しくて涙が止まらなかったのに、今は寂しくて悲しくて、また涙が溢れて止まらなくなってしまった。
周りにいた数人の生徒が何事かと僕たちのやり取りを見ている。
『……。ちょっと静かなとこ行こう?』
女の子はまだ泣いている僕の手を握って、人気のない技術棟の裏に向かった。
少し段になっているところに腰掛ける。
『よかったらこれ使って』
「…ありがとう……」
彼女が差し出してくれたハンカチを受け取り、涙を拭う。
ふわりと拡がる柔軟剤のいい香り。
『…………』
「…………」
何を話すでもなく、しばらく無言でその場にいた。
僕のことなんて放って帰ったっていいのに。その子は僕が落ち着くまで、落ち着いてからもその場にいてくれた。
「……さっきはごめん。急にあんなことされて嫌だったよね…」
『ううん。びっくりはしたけど、嫌ではなかったよ』
そう言って微笑んだ彼女は、やっぱりつむぎさんそのままだった。
『…ね、やっぱり私はあなたと初対面だと思うんだけど、私が覚えてないだけで、あなたと会ったことがあるのかな? 』
「……ない。…いや、あるにはあるんだけど、……でも違ってて……」
言葉を濁す僕を、彼女は真っ直ぐに見つめている。
『何か言いたくても言えない事情がある?』
「えっ!?」
『なんとなくそんな感じがする。…嫌じゃなかったら話してほしいな』
いいのかな。前世の話なんて、スピリチュアルにも程があるよ。
「…いや、でも………」
話すのを躊躇ったけれど、彼女があまりにも真っ直ぐにこちらを見つめてくるから。頭のおかしい奴だと思われるのを覚悟で打ち明けてみることにした。
「……分かった。………今から僕が話すこと、不快だと思ったらすぐ中断していいからね」
『うん』
「あのね、僕、前世の記憶があって。君は僕が前世ですごくお世話になった人の生まれ変わりなんだ」
『…前世…?』
やっぱり予想外の言葉だったのか、目の前の彼女は大きな瞳を更に大きく見開いていた。
「…ごめん、やっぱり気持ち悪いよね。普通覚えてないもん。気にしなくていいよ。さっきは急に腕掴んだり抱き着いたりしてほんとごめんね…」
急に怖くなって早口で捲し立て、その場を去ろうとする僕を、今度は彼女が引き止めた。
『待って。もっと聞かせて、前世の話』
「…え……」
『聞きたい。すごく興味あるの、前世とかそういうの。教えてほしい』
「いいの…?」
『うん!』
眉を寄せるどころか目を輝かせるその子に、僕は胸の中が温かくなるのを感じた。
「時間…大丈夫?」
『うん。何も予定ないし、平気よ』
「よかった」
それから僕は、11歳の時に記憶が蘇ったこと、鬼殺隊のこと、鬼のこと、つむぎさんにお世話になったこと、たくさん優しくしてもらったこと、彼女のことが大好きだったこと、病気で亡くなってしまったこと、僕に託してくれたお守りのこと、みんなで力を合わせて鬼を滅ぼしたことを話した。
『そうだったんだ……。鬼なんておとぎ話だと思ってたけど、違ったんだね。前世のあなたたちが命懸けで倒してくれたから、今こうやって平和に暮らせてるのね。ありがとう』
そう言ってにっこり笑った目の前の女の子の表情は、幼い顔立ちをしているものの、つむぎさんの笑顔それそのものだった。
「…僕ね、今まで前世の話、誰にもしたことなかったんだ。君が初めてだよ」
『そうなの?』
「うん。そもそも前世のことなんて覚えてないのが当たり前だし。言っても信じてもらえないかもしれないでしょ」
『そっか。でも私には話してくれた。嬉しかったよ』
ああ、懐かしい、つむぎさんの優しい笑顔。
『勇気を出して伝えてくれてありがとう。なんだか不思議と、あなたの前世の話を聞いてて遠い昔の思い出話をしているような、懐かしい感覚になったよ』
「…っ…。僕のほうこそありがとう。真剣に聞いてくれて嬉しかった……」
胸の中の重いものが随分と軽くなった気がする。
「前世のことなんて思い出さなきゃよかったって思ってた。鬼と戦ってた時の感覚とか生々しく覚えてるし、自分以外の人に記憶がないのは寂しくて苦しくて。……でも今日、初めて前世の記憶があってよかったって思ったよ」
真っ直ぐに彼女を見る。
「僕は、君を見つけ出す為に前世の記憶を取り戻したんだって思うんだ」
僕がそう言うと、その子は頬をピンク色に染めてはにかんだ。
『ありがとう。私が覚えてないのは残念だけど、見つけ出してくれて、話してくれて嬉しい。……えっと、同じ中等部だよね。あなたのお名前教えて?』
あ。僕、名乗りもしないで……。
「ごめん。僕は1年紅葉組の時透無一郎。君は?」
『私は宮代(みやしろ)つらら。桜組。私は“つむぎさん”ではないけど、あなたと仲良くなりたい。お友達になってくれる?』
「うん!ありがとう!」
『よろしくね、無一郎くん』
「うん…っ!よろしく」
嬉しい。つむぎさんの魂を持った人と巡り会えて。僕の話したことを真っ直ぐに受け止めてくれて。友達になろうって言ってくれて。
僕は堪らず、また彼女を抱き締めてしまった。
つららちゃんは驚いたように一瞬だけ身体を強張らせたけれど、すぐにぎゅっと僕を抱き締め返してくれた。
つむぎさん。また僕と出会ってくれてありがとう。
鬼のいないこの世界で、一緒に穏やかな学校生活を送っていこうね。
『大分日が傾いてきちゃったね。帰ろっか』
「うん。ごめんね、長くなって。途中まで一緒に帰ろう」
『うん』
立ち上がり、荷物を持って校門へ向かう。つららちゃんはお父さんの転勤でこの町に引っ越してきたらしく、僕の帰る方向と一緒で、しかも同じ町内だった。
『じゃあ、私こっちだから。無一郎くん、また明日ね』
「うん。また明日!」
軽く手を振って別れる。
「つららちゃん!」
『?』
呼び止める僕と、振り返る彼女。
「明日、一緒に学校行こ!」
『ほんと?嬉しい!』
「7時半くらいに迎えに行くね!」
『うん、ありがとう!また明日ね!』
花が咲いたように笑ったつららちゃん。可愛らしくて、とても綺麗だった。
僕たちはもう一度手を振り合ってそれぞれの家路についた。
ああ、神様、仏様。こんな記憶要らないって何度も思ったけれど、僕に前世のことを思い出させてくれて、つむぎさんと同じ魂を持った彼女に…つららちゃんに会わせてくれて、ありがとうございます。
この世界では絶対に、彼女を守ると誓います。
終わり







