−−サキュバスをな。一匹、生け捕りにしてこいや。
パーティー長から命じられたのは無茶な命令だった。
召喚術を使ってこの世に呼出したモンスターを、拘束魔術を使って縛り上げ、生け捕りにして売り捌こうというのだ。
これが危険な行為だということは、発案者のガイも分かっているのだろう。他のパーティーメンバーが、誰一人助けに入ってくれないのが、それを物語っている。
成功したら儲け物。失敗してもパーティーの邪魔者が一人消えるだけ。
どっちに転んでも、パーティーの懐は痛まない。
一瞬、ラウスの胸中に浮かんでくる疑問。
そこまでして、あのパーティーに在籍する意味はあるのか?
わからない。
でも、あのパーティーを追い出されたら、他に行く場所が無いのは確かだ。だから−−
嫌だろうが、不愉快だろうが、やるしかない。
軽く咳払いをすると、ラウスは呪文の詠唱を始めた。
「ザーザース、ザーザース……」
森の中に少年魔術師の声が響く。
「オレイン・ア・シャープ・ワット……」
召喚陣に書き込まれた文字や記号が発光を始め、夜の闇の中で妖しく光る。
「マ・ゴッソ。バルバ・シャート・ド・ネ……」
魔法陣がゆっくりと回転を始めた。
「オルネ・イ。バルハ・モット……」
空気が流れを変え、召喚陣の中心から外側に向かって、氷のように冷たい風が吹き出した。
「ダイオミン、ジョーラ、オージ……」
召喚陣の回転がいよいよ速くなり、召喚陣の縁で、白い火花がバチバチと音を立てる。
さあ、いよいよだ。
ラウスは声を張り上げ、呪文を叫び上げた。
「ラ・ウージ・モイモット・サモーン」
虚空から召喚陣に何条もの青雷が降り注ぎ、土煙がどっと上がる。
土が焼け焦げ、鼻を突く臭気と怒った蛇が立てるようなシューシューという音が聞こえる。
ラウスの目の前を、青白い煙が覆う。頭上からの月光で、煙の中に立つ人影が見えた。
召喚は成功したらしい。次は、タイミングを見計らって拘束術式を使って捕縛をする。
ラウスが呼吸を整え、拘束術式を発動するタイミングを計る中、彼の眼前では青白い煙がゆっくりと晴れていった。
果たして、召喚陣の中には異界の毒婦がたっていた。
巨大なコウモリの羽根と、肩で切り揃えられた赤い髪。豊満な肉体を包む紫色のボディースーツと、その上から身体を締め上げる黒いコルセットと拘束ベルト。
その姿に微かな違和感を感じたものの、ラウスは拘束術式を発動させた。
虚空から数本の銀色の鎖が現れ、女性モンスターの手足に巻き付いた。
やったぞ、ラウスは心の中で叫んだ。あとは上手いこと縛り上げて、長たちの待つ根城に連れていくだけだ。
だが、
「この程度の術式で、ワシを縛れると思ったか」
女性モンスターの言葉とともに、銀の鎖が千切れ、粉々になってしまった。
「我が名はゼルダ。所属•混沌派、序列521位。不埒な犯行の一部始終は我が目で確認した。さぁ、神妙に縛に就けい」
ゼルダと名乗る女性モンスターが声高に宣言する。
最初に感じた違和感の正体が分かった。
コイツは、サキュバスなんかじゃない。もっと、遥かに、危険な存在……
序列521位?521位だって?
ヤバイよ……だって……
序列って、魔界の奥底に棲む魔神たちが、お互いを格付けしあうために使っている数字じゃないか。おまけに500番代といったら、上級冒険者パーティーでも全滅の憂き目に遭うという上級魔神の中でも更に上位に位置する個体だ。初級魔術師の自分一人で、どうこうできる相手ではない。
「最近、召喚術で呼び出した低級魔族を縛り上げて玩具にするという事件が多発しておってな。試しにワシが低級魔族用の召喚術で呼び出されてみたら、ほれ、この通りじゃ」
ゼルダは腰に手を当てると、魔法陣の中で震えているラウスに声を掛けた。
「ホレ、小僧。観念して魔法陣の中から出てこんか。それとも、ワシがそっちに行ってやろうか?」
「か、勘弁して下さい……」
降伏の印に両手を挙げて、ラウスは魔法陣の外に出た。
ゼルダの左手の人差し指が長く伸び、ラウスの首元に蛇のように巻き付いた。
「ようし。ではワシの質問に嘘偽りなく答えるんじゃ」
コメント
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なんか面白い。