『友達って、こんな感じ?』
放課後、昇降口で靴を履き替えていると、凛ちゃんが声をかけてきた。
「姫那ちゃん、駅まで一緒に帰らない?」
その言葉に、姫那の胸がぽっと温かくなる。
「うん……いいよ」
歩きながら、凛ちゃんは何でもない話をしてくれた。
クラスのこと、先生の口癖、今朝見た犬の動画の話まで。
姫那は最初、ただ聞いているだけだったけど、ふと口が動いた。
「……私、友達とこんなふうに話すの、たぶん初めてかも」
凛ちゃんは立ち止まって、びっくりしたように目を丸くした。
「えっ、そうなの?」
「うん。中学のとき、ちょっといろいろあって……人と話すの、怖かったんだ」
言ってしまってから、少し不安になった。
重かったかなって、引かれるかもしれないって。
でも、凛ちゃんはふんわり笑ってこう言った。
「そっか。でも今こうして話してくれてるってことは、姫那ちゃん、ちゃんと一歩踏み出せたってことだよね」
姫那の目の奥が、じわっと熱くなった。
「……うん、ありがとう」
そのあと、少しだけ翔の話をしてみた。
いつも本を読んでて、静かで、でも優しくて──
ただ「好き」って言葉は、まだ心の奥にしまっておいた。
凛ちゃんは、にやっと笑った。
「ふーん……姫那ちゃん、もしかして、ちょっと気になってる~?」
「ち、違っ……いや、そんな……!」
顔を真っ赤にして否定する姫那を見て、凛ちゃんは楽しそうに笑っていた。
こんなふうに笑い合うのも、姫那にとっては久しぶりだった。
次の日の昼休み。
姫那は凛ちゃんと一緒にお弁当を食べていた。
最初はぎこちなかったけど、少しずつ笑いも増えて、自然と会話が弾むようになってきた。
それを、斜め後ろの席で翔が何気なく見ていた。
(……楽しそうだな)
そんなことを思った自分に、翔は少し驚いた。
別に“自分だけ”と話しててほしいわけじゃない。
むしろ、姫那が誰かと笑っているのを見るのは、嬉しいはずだった。
……はず、なのに。
「姫那ちゃんさ、昨日“翔くん”の話してたんだよー」
凛ちゃんの声が聞こえる。
翔の耳が、ぴくりと反応する。
「えっ、ちょ……!」
姫那の小さな焦りに、翔の胸がすこしだけざわめいた。
(俺の話、してたんだ……)
心の奥で何かが小さく弾けた。
それが嬉しさなのか、嫉妬なのか、自分でもうまくわからない。
放課後、下駄箱の前で姫那にばったり会った。
「あ……翔くん」
「……今日、一緒に帰る?」
その言葉に、姫那は少し驚いた顔をした。
昨日も凛ちゃんと帰ったから、まさか誘われると思っていなかった。
「う、うん、いいよ」
二人並んで歩く帰り道。
翔は、ほんの少しだけ口をとがらせて言った。
「楽しそうだったね、昼休み」
「え……うん、凛ちゃん、すごく話しやすくて」
姫那が笑顔で答えるのを見て、翔はなんとも言えない気持ちになった。
「……そっか。良かったね」
そう言いながらも、心のどこかがチクンとした。
(なんでだろ。
こんな気持ち、今まで感じたことなかったのに)
翔はまだ、その感情に名前をつけられずにいた。
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