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Side佐久間
朝っぱらから、親に呼び出された。
嫌な予感しかしない。
だってさ、今日の朝食、なんかやけにちゃんとしてんだよ。目玉焼き、ベーコン、サラダ、オレンジジュースまでついてる。どう考えても、なにかある。
「なに? 俺、なんかやらかした? バイト、バレたとか?」
「違うのよ、そういうのじゃなくて……」
母さんが少し間を置いてから、横に座ってる父さんと顔を見合わせる。
その一瞬で察する。ろくな話じゃない。
「実は……私たち、離婚することにしたの」
「は?」
フォークを持ってた手が止まる。
目玉焼きの黄身がトロッと流れたのに、全然嬉しくない。
「ちょ、ちょっと待って。離婚って……え、いつ決めたの?」
「もう少し前から話してて。でも、ただの別れじゃないの。…再婚するの」
「はあああ!?」
テーブルを両手で叩いた音がやけに響いた。
「いや、待て待て待て。離婚して再婚って、それドラマじゃん。俺、出演者じゃないんだけど」
「先方にも、同い年の男の子がいてね……」
「やめろ、その話を続けるな!!」
やばい、情報量が多すぎる。
つまり、俺の親はどっちも他に相手見つけて、でもそいつら同士が再婚するから、
その子どもと一緒に住む……ってことか? え、なにそれ俺なんかした? 前世で世界壊した?
「ま、待って。何それ。俺に相談もなく? 決定事項? しかも“来週から一緒に暮らす”? 無理無理無理!! いやほんとに、マジで無理だから!」
「大介、落ち着いて。ちゃんと話せばわかるから――」
「話してないからキレてるんだろうが!!」
まじで勘弁してくれ。
見ず知らずの同い年のやつと同居? 家族? 新しい生活? いやいや、無理だっつーの。
俺の平和な毎日、どこ行った。
いや、どこ行ったっていうか、ぶっ壊されたって感じだ。
親の爆弾発言を受けてしばらく口きく気にもなれず、俺はリビングから逃げるように自分の部屋にこもった。
……けど。
その日の夜、母さんがドアの前から申し訳なさそうに言ってきた。
「大介、一度だけでいいから……相手のご家族に会ってくれない?」
「……」
「引っ越してくる前に、顔合わせだけでも。無理に仲良くしろなんて言わないから」
そりゃあもう、めちゃくちゃイヤだった。
でも、このままじゃ“同居”ってワードが現実味を帯びすぎて、逆に逃げ場がなくなる気がして。
だったら、会ってみて、断固拒否の姿勢を示してやればいい。
“あーやっぱ無理っすわ”って言えるような理由を、そいつらから探してやる。
「……一回だけ、だからな」
絞り出すように言った俺の返事に、母さんはホッとしたように小さく頷いた。
そして、数日後。
日曜の午後、都内の落ち着いた住宅街。
カフェみたいに洒落た一軒家の前で、俺は今にも逃げ出したい気分だった。
「ほんとにここ……?」
「ええ。落ち着いて、大介」
母さんはやたら明るくインターホンを押す。
すぐに「はーい」と女の人の声がして、玄関の扉が開いた。
「こんにちは〜! はじめまして、阿部です。どうぞ、上がってくださいね」
そう言って出てきたのは、優しそうな女性と、その隣に並ぶ背の高い男の人。
この人たちが、俺の“親の再婚相手”ってやつか……。
「こっち、リビングです。うちの子も、今ちょうど帰ってくるところで……」
……まだ来てねぇのかよ。
どんだけ焦らすんだその“同居予定の息子”。
そいつが現れるまでの間、俺はソファに座って、緊張と不機嫌のあいだでぐらぐら揺れてた。
ていうか今さらだけど、なんで俺が“向こうの家族に会わせてもらう”って立場になってんだ?
再婚されるのも、知らないやつと一緒に住むのも、全部こっちが被害者じゃん。
──何が「一度だけでいいから」だよ。
この顔合わせ、絶対トラウマになる予感しかしねぇ。
……と、そのときだった。
「ただいまー……って、え?」
玄関から、ドアの閉まる音と、静かな足音。そして、思ったより落ち着いた男の声が聞こえてきた。
リビングの空気が一瞬、ぴんと張り詰める。
気配でわかる。──来たな、向こうの“息子”。
「亮平、こっちいらっしゃい。さっき話してた大介くんよ」
その声に応えるように、ふわりとカーテンが揺れた。
次の瞬間、すっとリビングの入り口に立ったのは──
思ってたよりも、ずっと“ちゃんとしてる”やつだった。
「はじめまして。阿〇亮平です」
柔らかく笑って、軽くお辞儀する。
背は高くて、制服の着こなしもきっちりしてて、髪も整ってる。
あまつさえ、その笑顔が……妙に“人当たり良さそう”っていうか、“近所の人に好かれてそう”な感じ。
やば、第一印象からして、いい子すぎる。
「……佐久〇、大介です」
かろうじて名前だけ返したけど、声が裏返りそうになった。
やべ、完全に俺の方が怪しいやつっぽい。
そもそも俺、ずっと仏頂面してたし。てか、今もしてるし。
「わざわざ来てくれて、ありがとうございます。急な話でびっくりしましたよね」
「……まあ、うん。だいぶね」
にこにこ笑ってる相手に、どうリアクションすればいいのか全然わからない。
え、なに? こっちが一方的に怒ってるやつになってない?
ていうか、こんなまともそうなやつと、一緒に住む……とか? ウソでしょ。
「よかったら、そこの椅子どうぞ。一緒にお茶飲みましょうか」
「……あ、はい……」
反射で返事して、気づいたらテーブルを挟んで座ってた。
目の前で、阿部は丁寧にティーカップを手に取って、俺の方にもちゃんと気遣いしてくれてて──
いや、無理。
こんな“ちゃんとしたやつ”に、俺みたいな人間が一緒に住むとか、無理。
「……なに笑ってんの?」
思わずこぼれた俺の問いに、阿部はきょとんとしてから、またふっと微笑んだ。
「ん? いや……思ってたよりずっと普通の人で安心したなって」
「……は?」
「お母さんから、“うちの子すっごく警戒心強いから~”って聞いてたから、もっと刺々しいのかと」
「いや、それ……間違ってないけどさ!」
クッソ、先に情報握られてたとか、なんかもう、負けた気しかしない。
やべぇ。
第一印象、完敗だ。
完敗っていうか、なんかもう……俺が浮いてる。
どこかの名門校から来ました感すらある阿部亮平と、部屋着のままガニ股でソファ座ってた俺。
この時点で勝負決まってんじゃん。審判もいらないやつ。
なのに。
そんな俺に向かって、こいつ、悪びれもせずに笑いかけてきた。
「……でも、よかった。これで一緒に住むの、そんなに大変じゃないかも」
「ちょ、待って。勝手に“住む”前提で話進めないでくれる!?」
思わず立ち上がりそうになるのをこらえる。
ふざけんな、全然よくないし、話終わってねぇし!!
「俺、この再婚には反対だから!」
はっきり言った。言ってやった。
……なのに。
阿部は、全然動じない。
むしろ、なんなら少しだけ首をかしげて──
「……俺が嫌だった?」
は?
今、なんて?
「いや、あの、そういう……違くて」
「そっか。ならよかった」
あ、聞いちゃいねぇこの人。
今の、“違くて”のあとをちゃんと聞かないと会話にならないって習わなかった?
「別に……あんた個人がどうとかじゃなくて」
「じゃあ、俺のことは嫌じゃないんだ?」
「いや、なんでそうなんの!?」
まじで意味がわからん!!
ていうかなんだよその笑顔! あざとい! 狙ってやってる!? やってんのか!?
「……っ」
気づいたら、俺、完全に押されてた。
反論したいのに言葉が出ない。ていうか、何言っても“かわされる”ってわかるから、引くしかなくて。
「ふふ。今の顔、ちょっと面白かった」
「……うるさい……」
小さく呟いた俺の声は、たぶん誰にも聞こえてなかった。
阿〇亮平。
ニコニコしてて、距離感バグってて、笑顔で刺してくる男。
絶対に、気を許しちゃいけないタイプだ。
この再婚、断固反対。
……なのに、俺だけが空回ってるの、なんでなんだよ……。
――――――――
「──それじゃ、今日からよろしくね、佐久間くん!」
阿部の母さんがにっこり笑って、手を差し出してきた。
うわ、来た。握手タイム。
何が「よろしくね」だ。全然よろしくない。
俺は反対だった。今も反対だし、できることなら今すぐ「やっぱナシで!」って言って逃げたい。
でもそんな俺の抵抗なんて、荷物の山と一緒に引越しトラックの中に押し込まれたわけで。
ついに、来てしまった。
“阿部家”に、俺と母さんが引っ越してくる日。
俺は玄関の外に立ったまま、阿部家の立派な玄関ドアを見上げていた。
なんか、でかくね?
ドアも、家も、全部俺にプレッシャーかけてくるタイプのやつじゃん……。
「あ、大介、靴、こっちこっち」
母さんがテンション高めに俺を手招きする。
……どうしてこの人、こんなに明るく振る舞えるんだ。
俺の胃はさっきからシクシク言ってるってのに。
「やーん、今日からほんとに“家族”ね♡」
「にぎやかになるなぁ~!」
あっちの両親、満面の笑み。めちゃくちゃ“歓迎モード”。
やめて。そのテンションに俺、ついていけない。
……なのに、その波に逆らえず、気づいたら玄関に並んで立ってた。
そして目の前に差し出された、阿部母さんの手。
握手。ここで握手……?
「はい、佐久間くん、僕とも。これからよろしく頼むよ」
今度は阿部の父さんが、がっちりとした手を差し出してくる。
逃げ道、ゼロ。
「……ぁ、どーも……」
しぶしぶ手を伸ばす。
指先だけちょこんと触れたら失礼かなと思って、仕方なくちゃんと握った。
ああ、最悪だ。なんで俺、こんな握手に気を遣ってんだよ。
……しかも、その背後から。
「ようこそ、俺んちへ」
にこにこした顔で、当然みたいな顔して言ってきたのは──阿〇亮平本人。
制服から私服に着替えてても、なんか“きっちり”しててムカつく。
てか「俺んち」って言い方、なんなんだよ。俺、今日から“住人”なんですけど。
「……どうも」
目を合わせると負けな気がして、そっぽ向きながらボソッと返す。
なんでだろう。
この家、居心地よすぎるのに、俺だけ空気になってる気がする。
……これが、同居生活の始まり。
やばい。ほんとに、始まっちまった。
―――――――――
俺は今、とても不機嫌だ。
……にもかかわらず、段ボールを開けていた。
「これがベッドの位置で、棚はこっちに……あ、漫画はここでいい?」
母さんのテンションは相変わらず高くて、勝手に家具の配置を決め始めてる。
同居先の家だぞ? なんでこんなに居心地良さげなんだ、うちの親。
そして、俺はというと──
「……ったく、こっちは未だに納得してねぇってのに……」
ぶつぶつ言いながら、“命の詰まった段ボール”──つまり、アニメ円盤とフィギュアと同人誌たち──の開封作業を開始した。
どれも、俺の魂。俺の核。俺の居場所。
「……うわ、久々に出したなコレ。やっぱマモルは初代が一番いい……っていうか、箱のデザイン最高じゃん……」
独り言が止まらない。
アニメグッズに囲まれると、精神が落ち着く。それだけは間違いない。
……が。
「それ、何?」
背後から、唐突な声。
振り返ると、あの“笑顔で圧をかけてくる男”──阿部亮平が、ドアにもたれかかってこっちを見てた。
「は? いや、アニメのDVDだけど……何、興味ないなら見ないでよ」
軽く睨みつけて言い返す。
絶対バカにされると思ってた。
──なのに。
「あ、知ってる。これ、去年映画やってたやつだよね? CMだけだけど、映像きれいだった」
「えっ」
「あ、あとそのキャラって……マモルっていうんだっけ? 主人公の幼なじみで、めっちゃ重い愛情抱えてるやつ」
「えっえっ!? 知ってんの!?」
「うん。いとこが好きで、前に一緒にちょっとだけ観た」
なんだよ、めちゃくちゃ話わかるじゃん……。
不意打ちすぎて、こっちのテンションが乱れる。
さっきまで閉じてた心のシャッターが、思わず半分開いた。
「まじか……まじか……じゃあさ、マモルとヒナってどっち派?」
「えー、それはヒナかな。あの鈍感系主人公に最初からまっすぐだったし」
「わかってんじゃん!!!」
やばい、今のテンション、素で出た。
阿部が軽く笑ったのが、なんか……普通に嬉しい。
思ってたより、悪いやつじゃないのかも──
そう思った、そのとき。
「……で、阿部の趣味って何?」
「ん? 俺? んー……勉強、かな」
……はい、シャッター、閉店。
「……は?」
「いや、ほら。世界史とか化学とか、面白いよ? 知識がつながると“あーなるほど”ってなるじゃん?」
「……え、休日も?」
「うん。むしろ休日のほうが集中できるから、ノートまとめとか進むし」
まじかよ……。
マモルじゃなくて、マジメが好きなやつだった。
さっき開いたシャッター、バターン!て勢いで閉じたわ。
「……あー、やっぱ仲良くなれそうにないわ、俺ら」
小声でこぼした俺の言葉に、阿部は「え? なんか言った?」って首をかしげてる。
その無自覚さが、またムカつく。
でも、なぜかそれがちょっとだけ、面白くもあったりして。
──とりあえず、同居初日は。
この“ガリ勉ニコニコくん”と距離を保つことにしよう。
心の平穏のために、な。
「マジ無理なんだけど、あの家。なに? 空気がいいとか静かとか、そういう次元じゃなくて、“整いすぎ”って言うの? 人間も家具も完璧すぎて逆に落ち着かないんだけど!」
「はいはい、また始まった」
「今日も絶好調だな、佐久間」
朝の通学路。
いつものようにふっかと翔太と並んで歩く道……のはずなんだけど、
俺の中では今、もはや“愚痴専用ステージ”になっている。
「そもそも俺は反対だったの! 再婚も同居も! それを勝手に話進めて! 今日だって、朝ごはん食べながら“おはよう”って言われて、笑顔で“いってらっしゃい”だよ!? あれ毎日耐えられるか!?」
「阿部くん……だっけ? そんなに悪い子じゃないんだろ?」
「むしろ優等生で、佐久間の部屋に興味持ってくれたんじゃなかったの?」
「そこなの!! それも地味に腹立つの!」
「えっ、なんで?」
「最初は“あ、アニメ好きなんだ”って普通に話してきて、ちょっと分かる風だったのにさ。趣味聞いたら“勉強”って言うんだよ!? 勉強だよ!? 引くしかないでしょ!!」
「えー、それで引くの?」
「むしろ健全でしょ」
「うるさい! お前らにはわかんねぇんだよ……あの“なんでもわかってますよスマイル”の圧……!今朝もさ。“トースト焼いておいたよ”とか言ってくんの。優しさに殺されるかと思った。ああいうの一番無理。」
「いや気にしすぎじゃね?」
「……はぁ、マジで早く終わってほしい、この同居生活……」
ぼそっとこぼした俺の言葉に、ふっかと翔太は顔を見合わせて、
なぜか小さく笑ってた。
「どうだろうねー? 案外、すぐ慣れそうじゃない?」
「そうそう。意外と、“そのうちラブラブ報告”来たりして?」
「……うるせぇ!」
朝の通学路に、俺の声が今日も響く。
――――――――――
「じゃあ今日から転校生を紹介する。──阿〇亮平くんだ」
「……え?」
思わず、椅子からずり落ちそうになった。
目の前に立ってるのは、見慣れた顔。
朝、家を出るタイミングがずれて別々になったはずの、あの“ニコニコ人間”。
「はじめまして、阿〇亮平です。前の学校では生徒会に入っていました。まだ慣れないことも多いと思うので、よろしくお願いします」
爽やかな自己紹介。
そこそこイケメン、清潔感、笑顔も丁寧。
……クラスの女子たちの反応、すでにざわついてる。ちょっとウケてる。
やめろ。
その好印象、俺の居場所を奪うだろうが。
「──あ、佐久間くん。席は君の隣な」
「いや、なんでだよ!!!」
思わず叫んだ。
俺の声で、クラスがざわっとなった。先生の苦笑いでその場収まった。
放課後。
俺は職員室前の廊下で、阿部を壁ドンしていた。※物理ではなく、言葉の圧で。
「どういうこと!? なんで転校してきた!? 家じゃなくて、今度は学校まで!? 逃げ場なくなるんだけど!?」
「ん、ああ、それね。……父さんの判断」
「は?」
「“同じ家に住むなら、学校も一緒の方が仲良くなれるだろう”って。あと、“家はそっちに移ってもらったんだから、学校はうちが合わせよう”とも言ってた」
……………。
「いや、謎理論すぎるだろ!!」
声、ひっくり返った。
いやいやいや、理屈として成立してないし、そもそも何そのバランス理論!?譲歩の配分そこ!?
「俺、前の学校好きだったんだけどな〜。まあ、引っ越ししないで済んだのはありがたかったけど」
「そういう問題じゃねぇよ……!」
まさかの“譲歩ポイント:家”→“対価:学校”の謎バーター成立。
その結果、こうして“家でも学校でも常に一緒”という逃げ場ゼロ地獄が完成しました。
……っていうか、さっきからやたら距離近いんだよこいつ。
「あ、さっきの理科の授業、ちょっと面白かったよね?」
「……それ前の学校でもやってた内容じゃねぇの?」
「でも、佐久間のリアクションが新鮮で楽しかったよ?」
「やめろ、その微笑みやめろ」
──阿〇亮平、どこまで来る気なんだ。
家に来て、学校に来て、次は……どこだ? 俺の心の中か?(絶対阻止)
こうして俺の平和な日常は、
学校でも侵食され始めたのであった──。
――――――――――
「阿部くんって、ほんと字きれいだよね~!」
「わかる! プリントも丁寧だし、なんか育ちがいいって感じする」
「え、ていうかちょっとイケメンじゃない? え、ない?」
──4限目のHR終わり、女子たちの声がにぎやかに飛び交う。
話題の中心にいるのはもちろん、転校生の阿〇亮平。
前の席にいるのに、背中からでもわかる。アイツ、今、絶対ちょっと笑ってる。
「……別に普通じゃん……」
つぶやいた俺の声は誰にも届かない。
っていうか、届かなくていい。
どうせ言ったら“嫉妬?”とか言われんだろ。冗談じゃねえ。
──それにしても、なんなんだよ、あの完璧っぷり。
転校生なのに物怖じせず挨拶できて、
提出物も初日から完璧、
先生にも一目置かれて、
しかも字がうまいとかどういうことだよ。反則だろ。
極めつけに、「阿部くんってお兄ちゃん感あるよね~」って……
お前それ、完全に“女子の理想像ランキング”第1位じゃん。
「……調子乗んなよ……」
「え?」
隣から聞こえた声にハッとして顔を上げると、
本人が、めちゃくちゃ自然にこっち向いてた。
「なにか言った?」
「いや、べっつにー?」
「ふふ、授業中はちゃんと前向いてな?」
「うるせぇ!」
なんだよその余裕の笑顔。
怒る気力すらなくなるのムカつくんだけど!
──それから休み時間。
ふっかがこっそり話しかけてきた。
「なあ、佐久間……ちょっと機嫌悪くない?」
「悪くない」
「いや、めっちゃ顔に出てる。もしかして……阿部くん?」
「は? 関係ねーし」
「嫉妬?」
「ちげーよ!!」
違う。違うってば。
……ただ、ちょっとだけ、納得いかないだけだ。
俺だって……まあそこそこ喋れるし、クラスの空気とか読めるし、
字は……ちょっとアレだけど、ノートの端とかイラストで埋め尽くせるし。
……負けてねぇって思ってたんだよ。
なのに、なんでみんな、あいつにばっか!
「……完璧すぎんだよ、あのニコニコマシーン……」
思わずこぼれたその言葉に、ふっかが苦笑した。
「そういうとこ、わかりやすくて好きだよ。佐久間」
「バカにしてんだろ」
「してないって。……あ、でも阿部くん、ちゃんと“佐久間くん面白い”って言ってたよ?」
「は? なんだそれ……」
「ふふ、照れてる~」
「してねぇ!!!!!」
「はいはい、静かにー! ホームルーム始めます!」
いつものように、クラスの学級委員──真面目で声がでかい女子が立ち上がる。
……この時点で嫌な予感しかしない。
「今日は各係と委員会を決めます! じゃあまず、生活委員は……」
「はい!」
「はーい!」
自ら立候補してくれる人がいる係は、スムーズに決まる。
俺? もちろんスルー。こういうときは空気になるのが鉄則。
「じゃあ、次──学習委員。これは成績よさそうな人にお願いしたいんだけど……」
「阿部くんどう? ぴったりじゃない?」
「それな!」
「えっ……あ、うん。別に大丈夫だけど……」
うわ、出たよ。
“無抵抗の笑顔で任されるマン”。そうやって全部引き受けて、また株上げるつもりかよ。
「……ふん」
思わず鼻で笑った俺の反応に、阿部がちらっとこっちを見た。
なぜかニッコリしてくるのが腹立つ。なんでそんなに余裕なんだよ。
「じゃあ次……文化祭係! あと体育祭係!」
「えーどっちもやだ~」
「絶対大変じゃん!」
「あ、ここは……推薦でいいかな?」
学級委員が不穏な目を向けてくる。
嫌な予感が、耳の後ろあたりをジリジリ這ってくる。
「ねえ、阿部くんと佐久間くんで体育祭係とかどう?」
「ちょっと待って待って!? 俺、なんにも言ってないし!」
「えっ、でもお似合いだと思うけどな~。はい、決まり!」
「決まってねぇ!!」
まさかのノリと勢いで決定。
え、俺、いつの間に賛成したの!? 今、声も手も挙げてなかったよね!?
「……ごめんね、佐久間くん。俺、拒否権なかったみたい」
「お前、完全に笑ってんだろ!!」
「ふふ。じゃあ、よろしくね、相棒」
「やめろその呼び方ぁ!!」
こうして──
文化祭でも体育祭でも、俺は“阿部とペア”という、
逃げ場ゼロの地獄ルートに突入することになった。
……学校まで譲ったら、次はイベントまで持っていかれるんかよ。
「俺の高校生活、どんどん阿部色になってってる気がする……」
「えっ、褒めてる?」
「褒めてねぇ!!!!」
――――――――――
「ねえマジでさ、なんで俺ばっか“亮平くんと一緒にやったら~?”とか言われんの!? こっちは学校でも家でも顔合わせてんのに、逃げ場ゼロじゃん!!」
夕飯前、リビングで母さんに文句を言いまくってた。
「文化祭係も体育祭係も一緒って、もはやコンビ芸人だよ!?俺たち!!なあ父さん!」
「お、おう……」
隣で夕刊読んでた義父さんも若干引き気味だ。
そりゃそうか。息子の八つ当たりを生で食らうとは思ってなかったろうし。
「ていうかさ、あいつさ、断らないのがムカつくんだよ。ああいうの、さらっと引き受けるから余計にこっちが断りづらいっていうか!」
「……でも、亮平くん、ほんとに嫌な顔ひとつせずに協力してくれてるわよ?」
「それが逆にムカつくんだってばぁぁぁ!!」
ガンガンにエンジンかけてた俺の背後で、
“カチャン”と、何かを置く音がした。
振り返ると、そこにいたのは──阿〇亮平。
手にはコップと、注ぎかけの水差し。
「……ごめん、今、水取りに来ただけだったから」
そう言って、小さく笑った。
……でも、その笑顔。
なんか、ちょっとだけ──いつもより元気がなかった。
「あ、いや、ちがっ……」
言い訳しようとしたけど、言葉が詰まる。
そのまま阿部は何も言わず、静かにコップを持ってキッチンから出ていった。
「……あ」
遅かった。
たぶん──聞こえてたよな、あれ全部。
母さんも父さんも、なぜか無言で俺を見てる。
「な、なに……?」
「ちょっと言いすぎじゃない?」
「いや、俺は……っ、ただ」
「“ただ”何?」
「……」
口をついて出るはずだった反論が、なぜか途中で消えてった。
残ったのは、じわっと胸の奥に広がる、妙な罪悪感。
「……くそ」
思わず呟いて、ソファに突っ伏した。
ああもう、なんで俺、あんなに騒いじゃったんだよ。
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