テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
***
「ごめんな、部長、どこで立花のこと捕まえたの?」
「え? えっと……会社出てすぐのところで呼び止められて」
車が走り出して、少しの間無言だった。何か話した方がいいのだろうか? と悩んでいた真衣香は、坪井の声に少しだけホッとした。
「あー、そっか……。ごめん、前にお前と一緒にいるとこ見られてるからなぁ、あの人に。手抜こうとしたら毎回立花なんだもんな、ごめんこれから気をつけるよ」
「……それって」
『どうゆうことなの?』と聞きたくて、けれど声にはならなかった。
返ってくる言葉に、また惑わされてしまう自信があったから。
(私の、気持ちが決まらなきゃ。何聞いても何話しても変わらないんだろうな)
気持ちが揺れていることはもちろんもう認めるしかない。いまだ嫌いになれてなどいないことも。
(でもまだ考えたくない)
坪井の言葉の端々を素直に聞いて、その意味を知りたいと思うことができない。
「どうしたの? なんかあったなら教えて」
真衣香が言葉を途中で止めたから、坪井は続きを気にしてか。遠慮がちに問いかける。
「……ううん。ごめんね、何でもない。あ、ここから一番近い駅までで大丈夫だからね、坪井くんだって疲れてるのにありがとう」
「疲れたけど、疲れてないよ今は」
優しくて、囁くような小さな声だった。
信号が赤になって坪井はゆっくりとブレーキを踏んで、真衣香の方をジッと見つめた。
その瞳が優しげに細められている、しっかりと真衣香の姿を移し込んで。
「立花に会えたからね」
まるで噛みしめるように、とてもとても大切そうに、その一言を坪井が声にする。
真衣香はそれを真正面から受け止めることができない。とっさに目を背けた。
「すごいなぁ、お前って。隣に座っててくれるだけで、元気になるね」
「そんなこと言わないで……」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!