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1王子様のキス
暑い夏の昼下がり。|篠田未央《しのだみお》は、きのう仕事のことで遅くまで考え事をして寝不足だった。
だるい体を動かして、身支度をする。駅までは自転車で5分。
ふらふらと自転車をこいで最寄り駅に着く。
きょうは遅番。
屋外の駐輪場の入り口に向かって、自転車を引く。時刻は11時。サンサンと降り注ぐ日差しに照りつけられると、余計に頭がクラクラしてきた。
バタン!! ガタガタ、ガラガラッ──
他の自転車にぶつかりながら、未央はその場に倒れ込む。顔の半分にアスファルトが当たって熱い。
だめだ、体が動かせない。私死ぬのかな?
「……みおさん! み……さん!?」
名前を呼ばれているのはわかったが、体が動かない。聞いたことある心地いい声。こんな状況なのにちょっとドキドキする……。
そう思ったところで、意識が遠のいてプツンときれた。
胸を何度も押される感覚、リズム良く押された後、唇に温かいものが触れる。
スーッとミントの香りの空気が入ってきて、体が楽になる。
なに……これ? 状況がまったくつかめないが、自分が倒れているのはわかる。
胸を押されてちょっと苦しい。んんっと顔を歪めると頬をぺちぺち叩かれた。
「みおさん、未央さん?」
そっと目を開けると、おおっという歓声と拍手が聞こえる。見たことある人が、必死の形相でのぞきこんでいた。
「よかった、気がついて。もうすぐ救急車来ますから。安心してください」
背中越しの太陽がまぶしい。目を細めてその人をまじまじと見た。
郡司くん……?
それはいきつけのコーヒースタンド|muse《ミューズ》のイケメン店員。|郡司亮介《ぐんじりょうすけ》であった。
遠くに聞こえていた救急車の音が近くなり、すぐそばで止まった。まだ体は動かない。
未央はストレッチャーに乗せられた。
郡司くん──
声をかけたかったが、声が出ない。救急車のドアがバタンと閉まったところでまた意識は途切れた。遠のいた意識の中で未央は夢を見ていた。
場所はいきつけのコーヒースタンドmuse。
出勤前に寄るのが日課で、イケメン店員の郡司亮介を愛でて英気を養って仕事へ向かう。
いつもと同じように、亮介にあいさつをしながら注文をし、ひとことふたこと話してテーブルにつく。郡司くんの笑顔、めっちゃ癒される♡♡♡
ツヤツヤの長めの黒髪、180センチはあろうかという長身、笑顔の爽やかなイケメン……。コピーをつけるとしたら、見ているだけで幸せになれる国宝級イケメン。そんな感じだろうか。
仕事の会議で、テイクアウトでコーヒーを大量に注文したことがあり、予約するときに自分の名前を言った。亮介はそれを覚えてくれて、いつのまにか未央さんと呼ばれるようになった。
最初はくすぐったかったが、亮介にそう呼ばれると素直にうれしい。。
他に名前で呼ばれている客もいないようで、特別感に浸った。
穏やかに笑う顔。まるで王子さまみたい。
その笑顔を見ていると、ゆっくり周りが白っぽくなって、夢から覚めた。