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モノクロナツキ
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#オリジナル
モノクロナツキ
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モノクロナツキ
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カットの片付けも終わり、綺麗になったリビングの机に、俺たちは3人向かい合って座っていた。だけど、空くんは未だに洸の顔を直視できず、俯いたままじっと手元を見つめている。そんな空くんの視界を、俺は自分の手のひらでゆっくりと優しく塞いだ。
「空くん? 今から目の前に現れるのは、敵じゃない。絶対的な空くんの味方である、チワワの洸くんです」
「俺チワワ!? せめてパピヨンって言うてよ!」
「可愛いのには変わりないやろ? ええから、ほらいくで? せーの……」
「洸くんでーす!」
俺がパッと手のひらを離すと、目の前の洸が満面の天使スマイルを浮かべ、空くんに向かってパタパタと手を振って目を合わせにいった。
最初は驚いたように目を見張っていた空くんだったが、2秒ほど洸の顔をじっと見つめた後、耐えかねたように目を伏せて吹き出した。
「どう? ちゃんと見ると可愛いやろ、俺の弟」
「……うん。可愛い。チワワや」
少しだけ耳を赤くして、口元を緩める空くん。
……って、見ると何故か洸まで一緒になって顔真っ赤にしてるやん。
「珍しい! 洸が照れてる!!」
俺が思わず指を差して笑うと、洸は「子供番組のお兄さんみたいな事やってもうたなって、なんか急に恥ずかしくなってん」と、自分に呆れたように笑った。
ほんま、お兄ちゃんは一回見てみたいわ。この世の全てを手のひらで転がすような生意気な洸に、本気で好きな人ができて、本気でドギマギして照れてる姿ってやつを。
「……でも、弦は大丈夫なんやろ?」
洸が意地悪そうにニヤリと笑いながら空くんに聞く。
「うん、俺のことはめっちゃ見れるよな?」と俺が話しかけると、空くんは「うん」と深く頷いた後、じっと俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。その綺麗な瞳に吸い込まれそうになる。
「……今、空くんの脳内ジャガイモなんやろな」
「せめて、そこは流れで犬にして!!」
洸のツッコミに反応した俺の魂の叫びに、空くんは手を叩いて本当に楽しそうに大喜びしてくれた。
ほんまに、洸がいてくれて良かった。こんなにも幸せで、温かい時間を3人で過ごせていることが、たまらなく愛おしかった。
「じゃあ、次はレイトショーで」
「うん、連絡楽しみにしてる」
「じゃあね、ほんまに、ありがとうね、空くん」
「うん、こちらこそありがとうね、洸くん」
洸と空くんが、まるで昔からの友達のように手を振り合っている姿を見て、俺は不覚にも涙が出そうになっていた。
玄関のドアが閉まり、洸を見送ったとたん、俺たちは笑顔のまま無言で力強くハイタッチを交わした。
洸に髪をカッコよく切ってもらった空くんは、あれからさらに自信をつけたみたいだった。
仕事の日、俺が下からベランダを見上げると、空くんが笑顔で手を振ってくれるようになったのだ。きっと我が家の玄関のドアが閉まる音を合図に、慌ててベランダまで走ってきてくれてるんやと思うと、なんだか忠実なわんちゃんみたいで愛おしくて仕方がなかった。
たまにお互い缶ビールや缶コーヒーを片手に、ベランダ越しに小さく「乾杯」をしたり。時には空くんの家のリビングで、洸も交えて3人でお茶会を開いたりもした。
その頃の俺たちの間では、『野中さんに絶対に見つからずに、いかに空くんを日常生活に戻せるか』という、ちょっとした謎のミッションが流行っていた。
ある日、空くんが自分で取り込んだ洗濯物を、これみよがしに綺麗に畳んでリビングに置いておいた時のこと。家に入ったきた野中さんがそれを見て感動のあまり男泣きし、鼻を啜っている姿を、空くんが物陰からこっそり盗撮して送ってきた。
それを見た俺と洸は、らしくないと大笑いしながら、もらい泣きをした。
日常が、少しずつ、だけど確実に光を取り戻していく。
そして──俺たちはついに、約束の『夜のレイトショーデート』の当日を迎えた。
移動は、スマホアプリで手配したタクシーだ。これなら、マンションの敷地内の暗がりにギリギリまで車を横付けしてもらえるし、そこから映画館の地下駐車場まで直行できる。人が少なくて静かな21時以降の上映回を選んだおかげで、空くんはパニックを起こすこともなく、静かなシアターの席に座ることができた。
上映中、ふと暗闇の中で空くんと目が合った。
空くんは、いつかの夜のように、俺に向かってそっと自分の手のひらを見せ、重ねて、と誘うように動かした。
俺がそっとそこへ自分の手を乗せると、ぎゅっと握り返してくる。優しくて、温かい体温がダイレクトに伝わってきた。俺を信じて、外の世界へ一歩を踏み出してくれた証の、温かい手のひらだった。
良かった……ほんまに、空くんが外に出られるようになって良かった……!
空くんの目覚ましい成長に、俺が一人で胸を熱くさせていた、まさにその時だった。
ポケットの中でスマホが静かに光った。画面を伏せて薄目で確認すると、そこには【秀太】の文字。
なんやろ、こんな時間に。珍しいな……
映画に集中しようと、一度はそのまま放置した。けれど、数分もしないうちに、またポケットから光が漏れでた。画面を見ると、また秀太からや。おかしい。秀太がこんなに何回も連続でかけてくるなんて、普通じゃない。
心臓の鼓動がドクン、と嫌な音を立てて跳ね上がる。
隣を盗み見ると、空くんも俺の様子が気になったらしく、暗闇の中でこちらをじっと見つめていた。
「……ごめんな、ちょっと出るわ」
空くんに小さな声で囁き、手を合わせて席を立ち、急いでシアターの外へと飛び出した。
ロビーへ出ると同時に、秀太の着信に折りかえす。コールが鳴るか鳴らないかの瞬間に、受話器の向こうから秀太の、聞いたこともないような興奮した怒声が響いた。
『弦!! 今どこおる!? 洸くんが大変や!! すぐ帰ってこい!!』
「え……洸が!? わかった、すぐ帰る!!」
あまりの緊迫感に、心臓がドクドクと音を立てる。その時、背後から気配がして俺を追いかけてきた空くんが駆け寄ってきた。
「ごめん、空くん……っ! 洸に何かあったみたいや、俺、帰らなあかん!」
焦りのあまり、俺の頭からは空くんを気遣う余裕すら完全に消え失せていた。
ハッと我に返った時、空くんの悲しそうな、不安げな顔が目に飛び込んでくる。せっかく勇気を出して外に出てきてくれた空くんを、自分で連れ出しておきながら、結局は自分の家族を優先して放り出すのか──そんな最悪な自分への激しい嫌悪感が、一気に押し寄せて胸を締め付けた。
「……大丈夫。弦、落ち着いて」
絶望しかけた俺の耳に、優しくて力強い声が届いた。
空くんは俺の前に一歩踏み出すと、カタカタと小さく震える俺の手を、自分の大きな手でぎゅっと包み込んでくれた。
「洸くんは、俺の大切な友達やから。……俺も、一緒に行く」
不安を押し殺し、真っ直ぐに俺を安心させようとしてくれる空くんの瞳。
俺はその大きな手を力一杯握り返し、「ありがとう……っ!」と一言だけ絞り出すと、二人でロビーを駆け抜け、飛び込んできたタクシーへと急いで乗り込んだ。
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