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魔界の夜は、生者の世界とは違う静寂に包まれている。
風はほとんど吹かず、月もない漆黒の空には、淡く光る霊火が漂っていた。ネクロポリスの拠点——死者のための居城とでも呼ぶべき場所の一室で、セリオはベッドに腰を下ろしていた。
眠くはない。だが、リゼリアは「横になってみたら?」と勧めてきた。
「……ゴーストに睡眠は必要なのか?」
セリオの問いに、リゼリアは椅子に座りながら微笑んだ。
「必要というわけではないけれど、長く活動を続けると魂の安定が崩れることがあるの。だから、定期的に休息を取るのは悪くない選択よ」
「魂の安定?」
「簡単に言えば、精神の摩耗を防ぐためのものよ。お前は肉体を失っているでしょう? だからこそ、意識を保つためには適切な休息が必要なの」
「……そんなものか」
セリオは渋々とベッドに背を預けた。
ベッドは柔らかすぎず、程よい硬さだった。
「この部屋……妙に人間らしい造りだな」
「ええ。お前がここで過ごしやすいように、整えておいたのよ」
リゼリアの声は、どこか穏やかだった。
セリオは目を閉じる。
思えば、眠るという行為すら、いつ以来だろうか。
戦場では浅い眠りを繰り返し、死の直前には意識が途切れるように落ちた。蘇ってからは、休むという概念すら忘れていた。
——だが、今の自分は“生きて”いるのか?
肉体はない。心臓の鼓動もない。
それでも、こうして意識があり、記憶がある。
「……死者が眠れば、何を見るんだろうな」
独り言のように呟くと、リゼリアがくすくすと笑った。
「試してみればいいじゃない。もしかしたら、生前の夢を見られるかもしれないわよ?」
「……それは、あまり気が進まないな」
セリオは薄く笑いながら目を閉じる。
意識がゆっくりと沈んでいく——その感覚は、思ったよりも心地よかった。
死者にも、眠りは必要なのかもしれない。
そう思いながら、セリオは静かに目を閉じ、深い闇へと身を委ねた。