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7人は朝早くに家を出発し、駅へと向かった。
切符を渡し、荷物を抱えてホームに立つと、ピカピカの新幹線が滑るように入ってくる。
「うわー!見て見て!N700系!!」
「ヒカル、そこだけテンション高すぎ!」
ぞろぞろと乗車して座席につくと、ワクワクした空気が自然に広がった。
***
車窓の外には、だんだんと流れる景色。
青い空、低く広がる雲。夏の始まりの匂いがする。
ココロは静かに窓の外を眺めていたけれど、ふと横を見て、眉をひそめた。
レキが、黙っている。
──それだけなら珍しくもあるけれど。
その表情は、どこか落ち着きがなく、額にはうっすら汗もにじんでいた。
「……どうしたの?」
小声で問いかけると、レキはちょっとだけ笑ってみせて、けれどすぐに目を伏せた。
「いや〜……バレた? オレさ、新幹線、ちょい苦手なんだよね」
「酔うの?」
「そ。視界揺れるの苦手でさ。スピード速いと酔いやすくて……チャラいオレも意外とポンコツ」
そう言って、ごまかすように軽く肩をすくめた。
「……なら、無理しないで。しゃべらなくていいよ」
「……え、やさしっ」
レキが言いかけたそのとき、ココロがすっと自分のカーディガンのポケットに手を入れた。
「はい、これ。梅味の飴」
「……!」
「おばあちゃんが、電車に乗るときにいつもくれるの。酔い止めってわけじゃないけど……甘いもの、気を紛らわせるって」
ココロはレキの手のひらにそっと飴を置いた。
まるでその仕草までが、車内の空気に溶け込むような静かさだった。
レキは、少し驚いたようにその飴を見つめたあと、小さく息を吐いて笑った。
「……ココロって、たまに魔法使いみたいなときあるよな」
「……またチャラいこと言って」
「いやいや、今日はガチ。これ効いたら、恩返ししないとねぇ……?」
レキがウインクしかけて、ココロがちょっとだけ目を細めて――
「……なら、効かなかったことにしてもいい?」
「……っ!それ、ずるくね!?」
飴を口に入れたレキが、笑いながら小さくうめいた。
新幹線は今日も、静かに、けれど確かに夏の旅へと走っていく。
新幹線を降りた瞬間、むっとした熱気が7人の身体にまとわりついた。
「うわ〜〜〜夏って感じ……!」
円が思わずキャリーを引きながら苦笑する。
「地元より湿度高くね?」
ケイが眉をひそめて、空を見上げた。
「オレもそー思った。日差しヤッバ」
と、レキが帽子を後ろに被り直す。
「円〜〜〜っ!今日もいい匂いするじゃん!」
リツがさっと背後から円に抱きついてくる。
「ちょ、やめて!暑いってばっ!」
「え〜?でもハニーの香りは癒し効果あるって、科学的にも証明されてんだよ?」
「どこの科学なの!」とヒカルが突っ込む中、
「……この先、まっすぐですよ」
ココロがひとこと、案内を入れる。
「あ、サンキュー!ココちゃん」
ヒカルが歩調を合わせながら微笑む。
その横で、レキが少し無言だったのに、ココロが気づいた。
「……レキくん、どうかした?」
「ん、ばれた? 実はさ、新幹線、ちょっと酔ったかも」
「大丈夫……? 立ってるのつらかったら、休憩しても」
「いや〜……平気、ココロに心配されたら元気でた」
いつものチャラい笑み、だけど少しだけ弱め。
それを聞いたカンジは、少しだけ眉をひそめていた。
(……なんだ、あれ。妙に近くね……?)
彼の手には、分厚い辞書。
今朝の移動中も、静かにページをめくっていたことを思い出す。
「つーか、あれ……看板見えたぞ!」
リツが元気よく先頭を歩いて、施設の入り口を指さした。
「おっしゃー!プールタイムだー!」
「水着……大丈夫かな……」
とココロが小声でつぶやくのを、円がそっと手を握ってうなずいた。
「大丈夫。ココロちゃんは、すっごく似合うから!」
そんなあたたかいやりとりのあと、全員で施設のロビーへ入る。
「じゃあ、着替え終わったら……あの自販機の前で集合ね!」
円のひと声で、男子と女子はそれぞれ更衣室へと分かれていった。
それぞれの“夏の一面”が、今、始まろうとしていた——。
女子更衣室には、ほんのりミントのような香りが漂っていた。
白いロッカーが並ぶ静かな空間に、水着のラベルがかすかに揺れている。
「……ココロちゃん、髪の毛、やっぱ器用だよね〜」
円が感嘆の声をもらす。
ココロは肩下まである淡い桜色の髪を、丁寧に三つ編みにして、それをくるんとまとめ、
きれいな丸いお団子ヘアに仕上げていた。
「今日は、首元がすっきりしたデザインだから……まとめた方が涼しいと思って」
「うんうん、似合ってるよ!さすがだなぁ……」
円は、着替えを終えたあとも、鏡の前で苦戦していた。
「……えっと、ゴムどこだっけ……うぅ……くくれない〜〜!」
「……貸してください」
ココロは鏡の前で背を向けた円の髪をすっと手に取り、丁寧にふたつに分けて、左右に短めの三つ編みを編んでいく。
「……ちょっと短めのおさげ。これなら風も通りますし……モテるよ。」
と、ココロが静かに、でもどこかいたずらっぽくささやいた。
「……あ、ありがとう……/// うれしい! ココロちゃんが編んでくれたならなんでもいいや!」
円は、少し耳まで赤くなりながら笑い返す。
鏡に映ったふたりは、まるで本当の姉妹のように並んでいた。
円は、ネイビーに白のドットが控えめに散ったセパレート型の水着に、ふんわりと広がるスカートと軽いブルゾン風の上着を合わせていた。
露出は控えめで、でもどこか可愛らしくまとまったスタイルだ。
一方のココロは、肩を大きく開けたフリル付きのデザインで、
落ち着いた薄藍色の上下が品よく映えるビキニスタイル。
けれどフリルが程よく覆い、肌の見せ方も上品に調整されている。
「……ココロちゃん、その水着、すごく似合ってる」
「そう……ですか?」
「うん。フリルのとことか、大人っぽいのに優しくて……まさに“道徳”って感じ」
「ふふ……水着に道徳って、不思議ですね」
ふたりはくすっと笑い合った。
ドアの向こうでは、男子たちがもう着替え終えたらしく、にぎやかな声が聞こえてくる。
「……そろそろ、行きましょうか」
「うん。じゃあ、あの自販機のとこね!」
円とココロはロッカーのカギを首からさげ、スリッパの音を響かせながら、
夏の太陽が待つ場所へ向かって、歩き出した——。
更衣室を出ると、男子たちも準備が整い、みんなで待ち合わせの自動販売機の前へ向かう。
そこには、ケイ、カンジ、リツ、ヒカル、レキの五人が並んでいた。
ケイは浮き輪を片手に、いつも通り冷静だが、その視線は時折円の方へと向かっている。
「…円、今日の服装も似合ってるな。落ち着いた色味が良く合ってる…///」
口数は少ないが、しっかりとした言葉で褒めるケイに、円は少し照れたように微笑んだ。
一方で、カンジは、円の動きを観察しつつも言葉を選びながら話す。
「円さんはいつも思慮深くて、真面目なところが尊敬に値します。今日もきっと、みんなのまとめ役ですね」
真剣な眼差しに、円は小さくうなずく。
リツはその場にふらりと近寄ると、突然円をぎゅっと抱きしめて言った。
「マイハニー、準備万端か? 今度の旅行、オレ様が守るぜ!」
突然の“オレ様”発言に、円は照れくさそうに顔を赤らめながらも、思わず笑みをこぼす。
そんな男子の中で、ヒカルとレキはココロの美しさに目を奪われていた。
ヒカルはちょっと照れながらも言った。
「ココちゃん、今日ほんとに綺麗だよね。すごく落ち着く感じで……」
レキは軽い調子で口を開く。
「まあ、俺も同感だ。ココロは美しいだけじゃなくて、どこか掴みどころがないところが魅力的なんだよな。まるで狐みたいに」
少しだけ意味深に微笑んだ。
その一方で、レキも円のことをちゃんと見ていて、付け加えた。
「もちろん、円も負けてない。あの穏やかさはみんなの支えになってるしな」
ケイは少しだけ笑みを含みながらも静かに言った。
「円もココロも、それぞれの魅力がある。俺たち、いいチームだな」
そんな空気が自然に流れる中、みんなで笑い合いながら、夏のプールへと歩き出すのだった。
強い日差しの中、プールに注ぎ込む水がきらきらと輝いている。
流れるプールの浅瀬、そこでは男子たちが大騒ぎを始めていた。
「うおっ!?ちょっ、リツ!!目狙うなって!それルール違反だろ!!」
ケイが腕を上げて顔をかばいながら、ぎりぎりの冷静さを保った声を上げる。
だが、その表情には少しだけ怒りの色が混じっていた。
「いーじゃんいーじゃん、戦場にルールなんかねーよ!!」
リツがニヤリと笑いながら、水鉄砲を撃ち返す。
その横でヒカルが爆笑しながら、
「わああっ、足すべるっ、あ、ちょっ、やばっ――うわあぁ!!」
バシャーン!!と音を立てて、ヒカルが盛大に尻もちをついた。
「ハハハ!!ヒカル、だっせぇ!!」
「うるさい!助けてリツ~!水入った~!!」
ケイは若干呆れ顔で彼らを見つつも、肩にかかった水しぶきをぬぐいながらぼそりとつぶやいた。
「……まったく子どもかよ。あと目は狙うなって言ってるだろ!」
一方、少し離れたエリアでは、カンジと円が浮島タイプの遊具の上に腰かけ、足をバシャバシャと水に浸していた。
「うわ、ちょっと揺れすぎじゃない?これ落ちるパターンじゃ……」
「落ちても浅いから大丈夫ですよ、円さん。……ほらっ」
カンジが少しバウンドさせるように浮島を揺らすと、円が小さく悲鳴を上げて笑った。
「ちょ、やめて~!揺らさないでってば~!」
その声につられて、周囲の子どもたちも楽しげな笑い声を上げる。
「……こういう時間、いいですね」
「うん。なんか、“休み”って感じがするね」
ふたりは互いに見つめ合い、小さく笑い合った。
そして少し離れた場所――
木陰のベンチ近く、水の流れがゆるやかな場所で、ココロとレキは並んで座っていた。
リツとヒカルのはしゃぎっぷり、ケイのブチ切れ寸前の顔、カンジと円の穏やかな空気。
ふたりは黙って、それぞれの“夏”を見守っていた。
「……楽しそうですね、みんな」
「んー、そうだね。あれだけ全力でふざけられるの、なんか……羨ましい気もするな」
レキの声はいつもより少し落ち着いていて、ココロは静かにうなずいた。
彼の服装は、黒地に薄いラインが入ったラッシュガードに、爽やかな青のサーフパンツ。
濡れて肌にぴたっと張りついた布が、健康的な肌と細身のシルエットを際立たせていた。
それを視界に入れた瞬間――
「……っ」
ココロの頬が、ふわっと桜のように色づいた。
まるで突然差し込んだ陽射しに目を細めるように、ほんの少しだけ視線を逸らす。
(な、なんで……?)
胸の奥がくすぐったく、でもあたたかい。
けれどその感情を自覚する前に、ココロはすぐに表情を戻した。
「……そろそろ、行きましょうか。 あまり長く座っていると……冷えますからね」
「はは、確かに! じゃ、行きますか、お姫様☆」
レキがふざけて手を差し出すと、
「……大丈夫です、自分で立てますから」
と軽くあしらわれた。
ふたりは静かに立ち上がり、流れる水音の中、再びみんなの元へと歩き出す。
——それぞれの“夏の一瞬”が、確かに今、そこにあった。
「わー!!めっちゃ高いじゃんこれ!!」
「うわっ……あれ、想像よりヤバいやつでは……!?」
施設の奥にそびえる巨大なボート型ウォータースライダーを見上げて、ヒカルと円が声を上げる。
「でもこれ、6人乗りとか7人乗りあるって!みんなで乗れるぞー!」
と、リツがテンション高く手を挙げる。
「絶叫系か……燃える」
ケイは浮き輪をロッカーに預けながら、静かに気合を入れている。
ココロはその後ろで、濡れた髪を耳にかけながら、じっとボートを見つめていた。
「……これなら、大丈夫」
少しだけ口元を緩めてそうつぶやく。
「海みたいに、終わりのない“広さ”じゃない。コースも決まってるし……なんだか楽しそう」
「……ふふっ、ココロちゃんってば、珍しく“前のめり”じゃん!」
円が隣で微笑んだ。
***
数分後、大型ゴムボートに全員が乗り込み、ライドがスタートする。
「きたきたきたーーーっ!!」
リツの叫びとともに、ボートが水流に押されて加速していく。
「うひゃあああああ!!」「まじで無理かも無理かも!!」
叫び声が響く中で――
「きゃはっ……!!」
ひときわ明るい声が響いた。
それは、ココロだった。
ボートの一番前、風を受けながら、水しぶきに顔を濡らし、目を輝かせて笑っていた。
頬を染め、無邪気に笑うココロ。
その横顔を、レキは言葉もなく見つめていた。
(……え?)
驚いたように目を見開き、しばらく瞬きもできない。
水が跳ねるたび、ココロの淡い桜色の髪が舞い、水滴が光を反射してきらめく。
いつもの冷静で、やや距離のある彼女の雰囲気とはまるで違って――
今はただ、子どものような“素の笑顔”で笑っていた。
(なに、これ……)
心臓が、ぐっと大きく跳ねた。
「うおおおお!?カーブきたあああ!!」
「しぶきィィィッ!!目ェがぁぁ!!」
後ろのヒカルたちの叫び声も、レキにはもう半分しか届いていない。
目の前で生き生きと笑うココロを見ていると、まるで時間が止まったように感じた。
「……やばいって、俺」
そんなつぶやきが、水音にかき消された。
ボートは大きく揺れながら、ラストの急カーブへ。
「うわあああああ!!」
全員の声が重なって――
ボートは盛大にフィニッシュゾーンへと滑り込んだ。
バシャーーン!!
大きな水しぶきが弧を描き、7人はずぶ濡れになりながらも、笑い声を上げた。
「たっのし……!」
ココロは肩で息をしながらも、まだ頬を染めて笑っていた。
その笑顔は、まるで夏の太陽に照らされた花のように、まぶしかった。
レキは水滴を払いながら、少し息を吐いた。
「……ちょっと、ずるいよな。あんな顔、見せられたらさ……」
誰にも聞こえないように、そっとつぶやいた。
水はねと笑い声が響く夏の午後、
誰かの心の中で、新しい何かが静かに芽生えていた――。