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陽菜には9歳も年が離れた兄がいた。同じ親からなぜこうも出来の違う子供が生まれるのだろうと陽菜自身が長年疑問に思っている程良くできた兄だった。小さいころから学業抜群、東京大学にストレートで合格し、これまたストレートで一番上のレベルの国家公務員採用試験に合格、今では経済産業省に勤務している超エリート官僚なのだ。
「ところで、さっき、そうでもないって言いましたね。明雄さん。いまどきフロッピーなんて骨董品どこで使ってるんです?」
ソファに座った明雄に玄野が訊いた。明雄はいたずらっぽく微笑んで答えた。
「この日本国の中枢さ。霞が関の官庁じゃ、まだフロッピーディスクのパソコンを使っている役所は多いよ」
「ええ! ほんとですか?」
「ああ。役所は予算がきびしいからね。僕のオフィスで使っているパソコンも最低10年前のモデルだよ。それでフロッピーがどうかしたのかい?」
ここで陽菜と玄野は顔を見合わせて、しばし考え込んだ。あの不思議な少女の事を話すべきだろうか?いや、そもそも話して信じてもらえるだろうか?明雄はそんな二人の様子を怪訝そうに見ていた。
その気まずい沈黙を破ったのは三人のうちの誰でもなかった。二階からリビングへ通じる階段の途中からその声は低く静かに響いた。
「あたしの腕のマークを見たのね?」
そこには階段の手すりに寄りかかるようにして、あの少女がまだ少し辛そうな様子で立っていた。陽菜は急いで立ち上がり彼女のそばに駆け寄って肩を支えた。少女はまだ少しふらつく足取りで階段を降り、崩れ落ちるようにソファに身を沈めた。それから彼女は、あらためて三人の顔を見まわしながら言った。
「あれはFD症候群という病気の印」
陽菜は昭雄の目をのぞきこんだ。だが昭雄もそんな病気の名前は知らないように、小さく小刻みに首を横に振る。それを見た少女は陽菜たちが考えている事を察した様子で言葉を続けた。
「あなたたちが知っているはずはないわ。これは22世紀の遺伝病だから」
「へ?今22世紀って言った? ちょ、ちょっと待ってよ。じゃあ、あんたは……」
そこで絶句した陽菜の後を引き取るように金髪の少女は言った。
「そう。あたしは未来人。あなたたちから見ればね。あたしは2101年からタイムマシンで逃げて来たの、この時代へ」
その異様に白い肌の金髪の少女が語った未来はこうだった。彼女が生まれたのは2085年。その頃日本では「FD症候群」と呼ばれる謎の遺伝病が発生し始めていて、彼女も生まれつきその病気を発症していた。
その時代の日本政府はFD症候群が広まるのを恐れて発病者を隔離し、治療法を探すためと言って彼女の様なFD症候群患者を体のいい人体実験のモルモットにしていた。少女はちょうどそのころ実用化されたタイムマシンを他の二人の収容所の仲間とともに盗み出し、過去へ逃亡したのだと言った。
「ひでえ話だな……」
玄野が顔をしかめながら言った。
「でも、なんで過去へ、それもこの時代へ逃げて来たんだい?」
玄野の問いに少女は少しためらった後、覚悟を決めたように答えた。
「あたしたちFD症候群の発病者を救う方法が一つだけ、過去の世界にあるの。セッショウセキという物質というか物体が、この時代にあると知って、それで。その物質があればFD症候群の発病者を治す事ができるそうなの」
「セッショウセキ?」
陽菜も玄野も昭雄も異口同音につぶやいた。だがそんな者は誰も聞いた事もなかった。昭雄に言われて陽菜は自分の部屋からノートパソコンをリビングに持ってきて光ファイバーケーブルに繋いで昭雄に手渡した。昭雄は十分以上あちこちのサイトを検索して回ったが、そんな言葉は一件もヒットしなかった。
「やはり、この時代よりもっと過去に行かなければいけなかったみたいね」
残念そうに溜息をつく少女に昭雄がためらいがちに言う。
「悪いが、僕にはどうも君の話が信じられないんだが。まあ、君を嘘つき呼ばわりするつもりはないんだが……」
「そりゃそうでしょうね」
少女はむしろ当然という風に反応した。
「そちらの二人はさっき見たはずだけど、あたしが乗って来たタイムマシンを見せてあげる。ちょっと庭に出られるかしら?」
リビングのガラス戸を開けてみんなで庭に出る。あの少女が手首に巻いたブレスレットのような装置をいじると、陽菜の家の上空にさっきの飛行物体が何の前触れもなしに突然出現した。
銀白色の流線形の細長いボディは近くで見ると意外と大きく、後ろには9本の細長い突起が突き出ている。これには昭雄もしばらくポカンと口を半開きにしていた。少女がまたブレスレットをいじるとそれは再び虚空に溶け込むようにスッと姿を消した。
「空間ステルス機能と言って、時空間の隙間みたいな所に隠しているのよ。どう、これで信じてもらえる?」
昭雄は無言でうなずいた。陽菜と玄野はあらためて驚いていた。もう百年もすれば、あんなすごい機械が発明されるようになるのか、と。
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