テラーノベル
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一旦全員リビングに戻り、今後の事を話し合う事にした。陽菜としては行きがかり上とは言え、このままその少女を放り出すわけにはいかないような気になっていた。この辺が周りからアネゴ肌ともお節介とも言われるゆえんなのだが。陽菜はふと気がついて少女に尋ねた。
「あ、今頃思い出した。あんた、名前は何て言うの? あ、あたしは陽菜。オサキ、ハルナ」
だが返って来た言葉は意外な物だった。
「あたしには名前と言う物はないの。収容所ではFD3025号と呼ばれていたわ。あたしみたいに生まれつきのFD症候群患者には名前は与えられない」
「え? あんた、その収容所で生まれたの?」
「ううん、そうじゃない。でもFD症候群の子供は生まれてすぐに分かる。あたしたちはね、体の色素を作る遺伝子が生まれつき壊れてるの。この肌と髪の色はそのせいよ」
「しかし、名前がないのも困るな。さっきの番号で君を呼ぶのは、この時代の人間の僕たちとしては抵抗があるな」
と横から昭雄が言った。それを聞いた陽菜は腕組みをしてウウンとうなった。
「確かにね。じゃあ、名前をつけてあげるよ。ううん、FDナンタラだから……よし! フーちゃん!」
玄野が呆れかえった口調でツッコミを入れた。
「エフで始まるからフーちゃん? そりゃいくらなんでも安直過ぎじゃねえ?」
「あたしはいいわよ、それで」
思いがけずその未来から来た少女はあっさり同意した。
「生まれてこのかた名前なんか無かったから、単純な方があたしも助かるわ。それに割と可愛い名前みたいだし」
「ううん、女の感覚というか神経は俺にとって永遠のミステリーだ」
なおもそう言う玄野の向こうずねをスリッパの先で蹴飛ばしながら、陽菜はその少女、フーちゃんの両手を取って訊いた。
「それでフーちゃんはこれからどうするの?」
「もう少し過去へ行ってみる。一緒に逃げた二人の仲間の事も気になるし」
「よし、だったら、あたしが一緒に行ってあげる!」
陽菜のその決意表明を聞いた昭雄は驚愕のあまり口を開けたままその場に固まってしまい、玄野は「やっぱりね」と言いたげな様子で片手で顔を覆った。ここ数年の陽菜の行動のトンデモぶりなら玄野の方が昭雄よりよく知っている。
「でも今日はもう夜遅いし、フーちゃんも一晩ぐらいは休んだ方がいいよ。じゃあ、ゲンノは明日の朝9時にまたここでな」
「はい? あ、あのう、陽菜、まさか俺もその時間旅行に一緒に?」
「明日から学校は三連休なんだから問題ないだろ? 多分三日後までには帰って来れるって」
「いや、そっちかよ? 心配すべき事は」
「ほ、ほう」
陽菜は両手の指をパキポキと鳴らして見せながら玄野をじっと見つめながら言った。
「今この場から生きて帰れなくなってもかまわないってんなら無理にとは言わないぞ」
「いや、それ自体が既に無理にと言ってるんじゃないか。ああ、分かったよ。行くよ、行けばいいんだろ」
そう言いながら、しかし玄野はそれほど嫌そうな感じではなく、陽菜と話しながらもその視線がチラチラとフーちゃんの方に向いているのを陽菜は見逃さなかった。
「待て、なら僕も一緒に行く」
昭雄が話に割って入った。
「そんな危険な時間旅行に未成年の君たちだけを行かせるわけにはいかんだろう。保護者として同行してやるよ。それに、そのフーちゃんの話していた事も気になるからな」
「きゃあ、兄さん!」
と叫んで飛びつこうとする陽菜を昭雄が右腕を一杯に伸ばして頭を押さえつけ引き離そうとする。
「ああん、いいじゃない兄さん。ついこの前まで一緒の布団で寝てたじゃない」
「おまえが幼稚園の頃の事を『ついこの前』とは、世間一般では言わん!」
フーちゃんがこらえきれなくなったという感じでプッと吹き出した。玄野も苦笑しながら昭雄に言う。
「ほんと仲がいいんですね。俺、一人っ子だからうらやましいですよ」
昭雄は首をぶるぶると素早く横に振りながら言った。
「玄野君、それは一人っ子の幻想というやつだ。少なくとも高校生にもなって重症のブラコンの妹なんて、そりゃもう鬱陶しいだけだぞ」
その夜、陽菜とフーちゃんは陽菜の部屋で、昭雄は陽菜たちの両親の寝室で寝て明日に備える事になった。玄野は一度家に帰った。
陽菜の部屋に入ると、フーちゃんはもうそのまま床に倒れ込んで死んだように眠ってしまった。彼女の上に毛布をかけてやりながら、陽菜は眠っているはずのフーちゃんの目から涙が流れているのに気付き、指先でそれをそっとぬぐった。
生まれつき収容所のような所に閉じ込められたまま、人体実験の対象として生きてきた、それは一体どんな人生だったのだろう?それは陽菜には想像もつかなかった。
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