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美冬の会社のアイデア出しをしていた時アッサリと、そんなに金のかかることできるわけないだろと笑顔で切って捨てられたのもこの部屋だ。
「俺は判断力には自信がある」
槙野は片倉に向かってキッパリとそう言った。
「知っているよ。そこをとても信頼しているんだしね」
片倉から早く仕事に戻れというオーラを感じるが、敢えてそれを無視して、槙野は社長室の椅子に座っていた。
「どう? 椿さんと一緒に暮らし始めたんだよね?」
片倉にしてみれば、近況をさらっと聞いたつもりだったのだ。
モテにモテていた槙野ではあったがそこは割とサッパリしていてデートをするような女性はいたようだったけれど、一緒に暮らすような人はいなかった。
おそらく椿美冬が初めてのはずだ。
片倉と槙野は単にCEOと副社長という間柄だけではない。
この会社『グローバル・キャピタル・パートナーズ』を一緒に立ち上げた、高校からの付き合いのある親友でもあるのだ。
だからお互いの交友関係もよく分かっているし、そこは詳しい。
軽く近況を尋ねただけなのに、槙野から暗いオーラが出ている。
ずん……と落ち込んでいた。
「拒否られた……」
「ん?」
片倉が笑顔のまま固まっている。
「押しのけられてしまった。昨日のことだ。しかも美冬は寝付きが良すぎる」
「それは健康的でいいことだね」
槙野に恨みがましい目で見られて、片倉はにっこり笑う。
「美冬さんは槙野のこと嫌ってはいないと思う。理由があるんだろう」
「ある」
槙野はこう見えて他人のことを本当によく見ている。
以前に片倉が当時婚約者だった浅緋とのことで悩んでいた時も槙野は的確なアドバイスをくれたのだ。
そういった意味では槙野は片倉と浅緋の恩人でもある。
その槙野が理由がある、と言うのならあるんだろう。
「おそらくはあるはずだ。なのにその理由が分からない。少し前まではいい雰囲気だったんだ。それを急にあんな……押し除けられたんだぞ」
「つまり、条件だなんだかんだと言っていても美冬さんが大好きで仕方ないってことだな」
「そんなことは一言も……っ」
「ショックなんだろう」
「ああショックだよ。心当たりなんて何もないからな。もしかして加齢臭かと疑って……」
「は?」
言われていることが分からなくて、片倉は槙野に聞き返す。
「だから、近くに寄ったら拒否られたから、加齢臭でもしているのかと……」
あはははっ……と片倉に爆笑されてしまった。
普段は冷静で笑うといってもふわりと口元に笑みを浮かべるくらいの片倉のそんな姿は何年かに一度あるかないかだ。
笑いすぎて涙まで拭いているのはどういうことだろう。
「すっごく、笑うんだけど! どこをどうしたらそういう発想になるんだ。嗅いでやろうか?」
「嗅いでくれ!」
即答したら、さらに笑われた。
こっちは真剣だというのに!
「それは絶対ないから、嗅ぐまでもなく安心していい。でもそんなことを疑うくらいまで美冬さんを信頼しているのがすごい」
片倉は感心したような顔をしている。
「信頼~?」
「ありえないことしか思い当たらないんだろう? 他に理由なんてないと思っているわけだ。それって信頼の証じゃないのか?」
片倉はそう言って槙野に向かって首を傾げた。
それにしても加齢……と片倉は思い出したのかまた笑っている。
「物事の本質的を捉えるのに長けている槙野が調子っぱずれになっているのは面白いな」
「思い通りにいかない。最初からあいつはそうだ」
すごく警戒していたくせに、契約婚など了承したり、一緒にいて楽しそうにしたりする。かと思うと拒否されたり……確かに拒否されたことはショックではあるのだが。
ん? なんかショックだ。とても衝撃を受けている。
信頼……している。可愛いとも思う。なんなら可愛すぎて困るくらいだ。
「まあ、当然その気持ちは伝えたわけだよな?」
「その? どの?」
「押しのけられるなんてショックすぎるくらい大好きで、調子っぱずれになるくらい大好きだということをさ」
「そんなの察しが……」
つくだろう、と続けようとした槙野だ。
「いいか、槙野」
真っ直ぐに槙野を見る片倉が普段見たことがないくらいに真面目な顔なのである。
「察しがつくんじゃないかと思うだろう? けど、美冬さんはお前じゃない。お前の気持ちなんて分からないと思え。伝えた方がいい」
「え?」
「押しのけられた理由を聞いて自分の気持ちを伝えるんだな。いろいろ変わると思う」
変わると言われても槙野には分からなかった。
ただ一つ分かっているのは、片倉が周りに政略結婚だと言われても自分の気持ちを押し通して、今は浅緋ととても幸せだということだ。
槙野は片倉を見る。
「ま、頑張れよ」
「他人のことなら分かるのに、な」
「そういうもんだ」
14時の約束は宝飾店だった。
注文した指輪が出来てきたと連絡があったのだ。槙野は直接取りに行くつもりにしていた。
数日後にはレセプションパーティがある。
槙野はその時に美冬に指輪を渡して、自分の気持ちをきちんと伝えようと思ったのだ。
こんな時に限って、と槙野はイライラしていた。