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その日の帰り道。
坪井の出張前、二人で行った洋食屋で食事をすませ夜道を歩く。
「飯うまかったね」なんて、何となくの会話。
そんな中で、坪井が真衣香の指に触れながら言った。
「ごめんな、今日……に、限らずか。嫌な思いばっかしたんじゃない?」
遠慮がちに触れてくる手が、冬を感じさせる11月の夜風よりも冷たく、そして頼りなく感じて、思わずギュッと握り返した。
人肌に触れやすい季節になっていてよかったと、真衣香はこっそりと思う。
「……あのね、坪井くん。私ね少しだけ総務の仕事に自信を持てるようになったの」
「え? 何、どしたの急に」
問われたことに、まっすぐ答えなかったからだろうか?
少し驚いた声。
しかし、真衣香は知っている。
真衣香の一見とりとめのない突然の言葉が、坪井の問う『嫌な思いばっかしたんじゃない?』その答えに繋がっていくことを待っていてくれる人なのだと。
「小野原さんがね、来週から派遣の人が入ってくれるけどそれでも忙しいと思うからヘルプしたら助けてねって言ってくれたんだよ、頼りにしてるって」
真衣香が言うと、黙り込んだ坪井。
右上を見上げるとパチパチと瞬いて、見下ろしてきている。
「えー? なんだよ、いつの間にそんな話なってたの」
「うん、小野原さんがミーティング出て行っちゃった後少し話せたから」
「ああ」と納得したように坪井は頷いた。
そして「どんな話したの?」と。 心配そうに問いかけられる。
「どんな内容かは、内緒なんだけどね」 と。
真衣香はわざとらしく前置きをして笑った。
「意地悪な言い方するなよ〜」と嘆くように答えた声は。よかった、もう聴き慣れた、いつもの陽気なものになっていた。
「便利屋でも誰にでもできる仕事でも、あともう何でも。何思われてても大かなぁって思えてきたの」
「思われても?」
繋いだ手、真衣香の指を優しく撫でながら聞き返す暖かい声。
「うん。 陰でどれだけ何を思われてもね、目の前で話す時に言わせないような自分になろうって」
言いながら真衣香はゆっくりと進んでいた歩みを止めた。
つられて、手を繋ぎ合っている坪井も立ち止まる。
人通りを避けるようにして、歩道の端に寄ってみた。
そして、
「ありがとう、坪井くん」
と。
背伸びをして耳打ちをすれば、坪井が突然のことに驚いたのか身を固くした。
「坪井くんが見ててくれて、坪井くんが凄いよって言ってくれるなら。 それだけで延々と続くだけだった会社での毎日が、なんだろ、なんか急に明るくなったんだよ」
「……はは、んな大袈裟な」
「大袈裟じゃないよ。 そしたら言葉も出てくるんだよ、誰かの目を見て自分の意見を言う勇気が出るの」
スッキリした顔で笑う真衣香を見つめて、坪井は髪の毛をクシャクシャとかき乱した。
「あー、もう、さっきから今日のお前一段と可愛いと思ったらアレか〜」
「え?」
「自分しか戦えないじゃん、自分自身の劣等感とか葛藤とか」
目を合わせずに、坪井は何か納得したようにため息まじり話出した。
「そんなのから逃げないで向き合って、乗り越えていこうって腹括った人間、そりゃ目奪われるよな」
急にどうしたの? と聞く真衣香に坪井はこの上なく甘い笑顔を見せる。
そしてそれ以上に甘く優しい声で言った。
「小野原さんと話してるお前最高にかっこよかった」
「え!? み、見てたの!?
(さっきまで全然知らないフリしてたのに!)