「ははは、あの状況じゃ追いかけるでしょ、多分誰でも」
「……そうかな、ってか! み、見てたなら聞かなくても知ってたじゃない。 坪井くん酷い」
言いつつ思い返す。
(よそのミーティグに乱入した挙句挨拶もせず飛び出して行ったら、そりゃ、そうだよね追いかけるよね)
何なら当事者だった訳なのだから当然だ。
「そうだよ、森野も追いかけてったし」
「も、森野さんも……」
少なくとも二人の人間に目撃されていたのだ。
ここにきてようやく冷静になったのだろうか。
小野原とのやり取りを思い返して真衣香は顔が赤くなっていく感覚を覚えていた。
(って、違う待って!)
そして呑気に照れていた自分に真衣香は激しく喝を入れた。
(坪井くんのことなんかわかったふうに語っちゃってなかった!? え、どうしよう、聞かれてたんだよね)
恐る恐る坪井を見上げた。
真衣香を見ていた瞳とすぐに目が合う。
「ん?」と尋ねる声が優しい。
「あ、あの、ごめん」
「え、今度は何? どうしたの急に。 俺の方が謝る心当たりなら死ぬほどあるけどさ」
真衣香の頭を短く撫でた後、うーん、と顎をを持って考える仕草を見せる。
「知ったような口聞いて、坪井くんのこと」
真衣香が答えると「ああ」と短く頷いた。 その後きつく手を握りなおして言った。
「はは、謝っちゃうの? 俺結構感動してんだけど」
「感動?」
思わぬ返事に真衣香は首を傾げた。
「うん、見透かせれてるみたいなの、こんなくると思わなかった」
「くる?」
「そ、グッとね。 くるでしょ、お前どんだけハマらせる気なの」
絡められた指が真衣香の指をゆっくりと撫でる。
坪井はよく指を絡めながら愛おしそうに指先を撫でてくれるのだけれど、真衣香はそれが大好きだった。
「そ、それなら私の方だよ。 ゆ、指ね、撫でられるの大好き。 坪井くんの手すごく好き」
言ってしまった後に体温が上がってくる。
大好きな気持ちが溢れると、こうなのだろうか。
自分という人間は、こんなふうに気持ちを思わず伝えてしまうのだろうか。
照れ隠しのようにゆっくりと歩き出した。
視線をどこに持って行こうかと悩んで、真上を見る。
澄んだ冷たい空気に輝く星空。
冬の空気になっていてくれてよかった。
熱い頰がクールダウンされていくから。
そのままチラリと横を見ると。
一瞬だけ交わったの視線を、すぐにそらされてしまう。
「あー、ごめん、嫌で逸らしたんじゃないよ、今ちょっと直視できないだけ。お前ズルいし、てか暑いんだけど」
繋いでない方の手で坪井は軽く顔を扇ぐ仕草をして見せた。
よくよく見ると耳が赤い。
「暑いの? 耳、赤くなっちゃってるね、坪井くん」
こんな坪井は初めて見る。
(恥ずかしいの、一緒……なんだ)
恋愛の経験値や偏差値を数字にして、または重さにして表すことができるなら。
その差は言うまでもなく歴然だろう。
けれど二人の数字は、これから二人の間だけで生まれて積み重なっていくものなのだ。
(ちょっと、嬉しいな)
下を向いてニヤけてしまいそうな口元を隠す。
すると、強い力が腰に巻きついてきた……かと思えば耳元で声がする。
「ね、お前まさか笑ってないよね?」
吐息まじりの、少し拗ねたような不服そうな声。
「わ。わわ、笑ってなんか!?」
「嘘つくの、マジで下手だな……。 まぁ、あれか。うん、俺と違って素直で、可愛い」
『可愛い』の部分だけ、ふう。と耳に息を吹き替えながら言われて真衣香の背筋に力が入る。
そんな真衣香の腕を引き、壁に押し付ける。
見れば、話してゆっくり歩いているうちに駅についていたようだ。
改札に続く下り階段の端……ちょうど柱の影になっている部分に真衣香は押しつけられるようにして固定されている。
「つ、坪井くん!」
「相変わらず耳弱いね、ダメだよ立花」
「な、何が……」震える声で真衣香が言うと、人目につきにくいであろうことをいいことに坪井は真衣香の耳に再び息を吹きかけた。
「こんな可愛い顔外で見せないでよ、心配じゃん。 結構マジで言ってるから気を付けろよな」
言った後耳たぶを軽く噛んで、小さく深呼吸した。
そのあと何度か深呼吸を繰り返して、坪井は声を発した。