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翌朝から痛いくらいの視線が自分に向けられているのを私は感じていた。なんだか嫌な予感がする。
「ちょっとましろ!」
教室に入ると、友達の奈々子と伊代が興奮気味に声をかけてきた。
「演劇の王子選びって本当!?」
伊代はショートカットの髪がよく似合っていて、すらりと長い手足はモデルみたいで伊代に憧れている女の子も多い。
「う、うん。昨日呼び出されて……それで知ったんだ」
それにしても広まるのが早すぎる。昨日の放課後の出来事なのに、どうして朝からみんなが知っているんだろう。
「ふたりともその話ってどこから聞いたの?」
「どこって、学内の情報掲示板に貼り出されてたの!」
胸元まで伸びた茶色の巻髪を揺らしながら詰め寄ってくる奈々子は、大きな目が印象的でお洒落な女の子。派手目だから一見近寄りがたいけれど、話すとフレンドリーだ。
「なんでましろがいきなりシンデレラ役になったんだろう。心当たりはあるの?」
伊代が悩ましげな表情で、腕を組む。
選ばれた理由に関しては明確なことをひとつも教えてもらえていない。
「……それがよくわからなくて」
「ましろ、女子には気をつけてね? 候補の人たちって女子から人気あるし」
奈々子が心配そうに私の肩を叩く。先ほどから周囲の女子からの刺すような視線は感じているので、私は苦笑した。
「ありがとう。気をつけるね」
下手したら嫌味を言われるどころではないかもしれない。
憂鬱な思いになりながらも、私は痛いくらいの視線を無視するしか手段がなかった。
***
その日の昼休み。ロッカーに入れているお財布とって、パンを買いに行こうとしているとこちらを見ている人影に気づいて、私は立ち止まった。
けれどその人影は、すぐに隠れてしまう。
……なんだろう。
私が歩くたびに影が追ってくる。ストーカーされてる? もしかして演劇関連で不満を持っている人?
困惑しながらも、振り返って立ち止まる。すると今度は影と目が合う。
「あの……」
「気づかれたか」
見覚えのある顔に、私は目を見開く。
王子候補の中にいた、薄紫のフーディーを着ていた人だ。
「なにか私に用事ですか?」
「お前に会いにきた」
隠れながら言われても……。
その人は壁からひょっこり顔を出したまま、「よく俺に気づいたな」と言ってくる。あれだけわかりやすく後をつけられたら誰だって気づくと思う。
「三年の武蔵だ。卒業が危うい。よろしく!」
堂々とした口調で言われて、私はぽかんと口を開けてしまう。
卒業が危ういって演劇やっている場合ではないのでは……?
「俺を王子役に任命してくれ!」
あの場では誰も王子をやりたがらなかったはずなのに、どうして急に立候補してきたのだろう。
「あの、どうしてですか?」
「俺が一番適任だからだ!」
勢いよく話してくる武蔵先輩に、私は少し距離をとりつつ返答に悩む。本当にこの人が王子役でいいのかな。
くしゃりとセットされた柔らかそうな黒髪に、目尻がわずかにつり上がっている。
一見クールで物静かそうに見えるけれど、先ほどから言動と外見がちぐはぐだ。
「でも答えを出すのは十一月でいいって九條くんが……」
「なにか望みはあるか?」
「え、いや……ないです」
「欲しいものがあれば俺が叶えよう」
隠れるのを急にやめて、両手を広げながらこちらに向かって歩いてくる武蔵先輩。私は困惑しながら後ずさる。
しかも金色に輝くカードを右手の人差し指と中指に挟んでいた。もしかして、私を買収しようとしてる?
「だ、大丈夫です! 失礼します!」
「あ、待て!」
私は背を向けて逃げるように走り出す。このまま話していたら強引に話を進められそうな気がする。
そもそもなんでそこまでしてこの人は王子役をしたいの!?
「っ、わ!」
曲がり角のところで人とぶつかりそうになり、咄嗟に足を止めた。
「ごめんなさいっ!」
ふわりと漂う甘い林檎の香り。……これ、どこかで嗅いだことある。
「……あ、昨日の」
顔を上げると、王子候補のひとりが立っていた。さらさらな栗色の髪に、穏やかで優しげな人。
「何かあった?」
心配そうな眼差しを向けられてたじろぐ。
その表情が九條くんと重なり、私は咄嗟に目を逸らした。九條くんの面影を感じてしまうのは、優しい雰囲気が似ているからかもしれない。
「武蔵先輩に声をかけられて、それで……」
「武蔵? ああ……ひとりで暴走したのかな。もしかして逃げてる?」
「えっと……あの、はい」
「へぇ」
視線を彼に戻すと、口角がつり上がり、なにかを企むように目が細められていた。
その表情はいたずらっ子を連想させる。
「じゃあさ、俺と一緒に逃げちゃおっか」
「え?」
「ほら、行こう」
「ちょっ……!」
強引に私の手を取ると、彼は何処かへと駆け出した。