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おまる
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「……嘘でしょ」
翌日の昼休み
ランチにも行かずデスクで資料を読み耽っていた私は、スマートフォンの通知を見て息が止まった。
社内の匿名掲示板に、スレッドが立っていた。
『二課の佐藤課長、実は昔、男を破滅させて金を巻き上げた毒婦らしいぞ』
そこには、私が過去に宏太を訴えた際の裁判記録の一部を
悪意を持って切り取った画像が添付されていた。
もちろん、私が受けた凄惨なDVの事実は伏せられたまま。
(……なんで。どうやってこれを……)
視界がチカチカと火花を散らす。
周囲のざわめきが、すべて私を嘲笑う声に聞こえた。
「シゴデキ」で通っていた私の評価が、一瞬で「裏のある女」へと塗り替えられていく。
「佐藤課長、社長がお呼びです」
事務の女の子の冷ややかな声が突き刺さる。
私は幽霊のような足取りで席を立った。
その時、向かいの席から、高瀬君が立ち上がる気配がした。
「課長───」
「来ないで」
私は振り返らずに拒絶した。
これ以上、彼を巻き込むわけにはいかない。
彼のような真っ直ぐな人間が、私のこんな泥沼のような過去に触れるべきじゃない。
社長室での面談は、地獄だった。
「事実無根ならいいが、会社に迷惑がかかるようなら考えなきゃならん」
遠回しな謹慎の打診。
私の積み上げてきたキャリアが、宏太というたった一人の男の手によって、粉々に砕かれていく。
部長室を出ると、廊下はすでに薄暗くなっていた。
定時を過ぎ、ほとんどの社員が帰宅している。
(もう、無理……)
重い脚を引きずってデスクに戻ると、そこには一通のメモが置いてあった。
『一階の警備室には相談しておきました。でも、一人で帰るのは絶対に危ないと思います。俺、ずっと下で待ってますから。 高瀬』
「……バカね。本当に」
涙が零れそうになり、私は慌てて目を閉じた。
彼に助けてと言えたら、どんなに楽だろう。
でも、そうすれば宏太の毒は、高瀬君にまで及んでしまう。
私は荷物をまとめると
わざと高瀬君が待っているであろう正面玄関を避け、地下の裏口へと向かった。
警備員には「裏からタクシーを呼ぶから大丈夫」と嘘をつき
震える手でスマートフォンの配車アプリを開く。
しかし、アプリの画面は「現在、付近に車両がありません」という無情な表示を繰り返す。
(歩くしか、ないの……?)
マンションまでは歩いて15分。
街灯の少ない、暗い裏道を通れば、あるいは。
私は雨の降り始めた夜の街へと、一歩を踏み出した。