テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
花野井side
佐久間先輩が弦を引っ掻き回しにきた日の昼休み。
私はお弁当を食べ終わり、芸術教室棟に戻ると、佐久間先輩の声が聞こえてきた。
「実力?コンマス?何?それって自分に言い聞かせてる?青野くんってやっぱコンマス狙っちゃってる感じ?」
どうやら青野くんと佐久間先輩が言い合い?になったようだ。私はなんとなくそこを通るのを憚り、柱の影に隠れる。
するとまた佐久間先輩の声が聞こえた。
「1分3秒」
「……え?」
青野くんが困惑したような声を出す。
「はい、1分5秒。君が僕に声をかけたことで失われた僕の練習時間。あーあ、勿体無いなあ~」
「……失礼します!」
嫌味ったらしくいわれ、青野くんは足音荒く器楽練習室を後にした。
「………で?」
いつの間にか佐久間先輩が私の目の前にやって来ていたようだ。柱にもたれた私に、佐久間先輩は冷たく笑いかけた。
「君、さっきからそこでなにしてんの?」
「……っあ」
思わず叫びそうになるが、直前で飲み込む。
「花野井さんも僕に何か用事?それとも盗み聞き?」
「あっ、決して盗み聞きでは……」
まぁ盗み聞きのようなことをしていたのだが、私はそこで「はい」と答えるような鋼の心は持ち合わせていない。
「じゃあ何?早くしてくれない?」
「……先輩は……先輩は何か後悔したことがあるんですか?」
固まる佐久間先輩。私は佐久間先輩の顔をまっすぐに見つめる。が、急に自分を殴りたくなった。
((うわああああ!?私、急に何言っちゃってんの!?))
「しっ失礼しました!」
顔から血の気が引いていき、居た堪れなくなって急いでその場を後にする。全身が冷たくなったかと思うと一気に熱くなり、私はブレザーを脱いだ。
佐久間side
「…先輩は…先輩は何か後悔したことがあるんですか?」
花野井がそう言った時、時間が止まったような気がした。後悔、と聞かれて頭に浮かぶのは立花のことだ。
どうして僕が後悔をしたことを知っているのだろう。誰かに聞いたんだろうか?
まっすぐに見つめてくる宝石眼。…すると、急に花野井が頭を下げた。
「しっ失礼しました!」
そのまま走って廊下に消えていく。その姿を、僕は呆然と見つめていた。
花野井side
夏休みが終わり、9月に入った。
コンクールまであと54日。今日の放課後の練習にパートリーダーたちが来ない。ミーティングがあるから遅れる、とは聞いたが長すぎる。律子ちゃんも音楽室の時計を見て呟いた。
「…先輩たち、遅いね」
2nd一年の鈴木さんと豊田さんも言う。
「ミーティング、長くない?」
「何話したんだろうね」
律子ちゃんが、楽譜をさらっていた青野くんに囁いた。
「ねえ、ちょっと心配じゃない?こないだのこともあるし、佐久間先輩と揉めてたりとか…」
佐久間先輩、と言う名前が出た瞬間、青野くんの顔が引き攣った。それに気がつき律子ちゃんが揶揄う。
「あからさまに嫌そうな顔しちゃって。佐久間先輩に言われたこと、まだ気にしてんの?」
「別に気にしてねーし!」
「あんな先輩の嫌味なんて気にするだけ無駄っしょ。ねぇ立花」
いきなり会話に巻き込まれた静だけど、珍しく「そうね」とだけ反応した。
「……そうねって……もぉーっ、らしくなーい!今までだったら“練習中は私語禁止!”とか言うのに…最近大人しくない?張り合いがないんだけど」
静が困惑した。
「別に普通よ。何よ張り合いって」
「……なんかあれから立花も変だし、全部佐久間先輩が原因なんじゃないの?」
言い切る律子ちゃん。そんな彼女を止めた人がいた。
「そ、そんなことないよ」
2nd2年生の福留心美先輩だ。
「佐久間くんは誤解されやすいって言うか……」
「すっすみません!」
青野くんと律子ちゃんが頭を下げる。すると、福留先輩が焦ったような声を出した。
「あっ、別に責めてるわけじゃないよ。私も佐久間くんの人を煽るような言い方はどうかなって思うし……佐久間くん、ああ見えて結構真面目でね、今までコツコツ練習も頑張ってきたからこそ、意固地になっちゃう時があるんじゃないかなーと……」
佐久間先輩が真面目……なんかわかる気がする、と私は心の中で頷くが、青野くんと律子ちゃんは福留先輩に疑いの眼差しを向けている。
「……って、信じかたいよね。でも一応、同じ2年としてフォローはさせてね」
そう言い残し、福留先輩は元いた場所に戻っていった。
それを見届け、青野くんが呟いた。
「……福留先輩優しいなー。俺、あんまり喋ったことないんだよな」
「私も……」
私も呟くと、律子ちゃんが答える。
「すっごくいい先輩だよ!?わからないことがあるとそれを察してすぐ声をかけてくれるし。気配り上手っていうか……なんかお母さんって感じ」
鈴木さんも言った。
「新しい2ndのパートリーダー候補に福留先輩も上がってたらしいよ」
「え、そうなんだ」
律子ちゃんもそれは知らなかったらしく、驚きの声を上げる。
青野くんも鈴木さんに聞いた。
「じゃあなんでわざわざ1stの滝本先輩が異動してまで2ndのパートリーダーになったの?」
律子ちゃんが青野くんに囁く。
「ふーん、気になるんだ?」
「べっ、別にそんなんじゃねーよ」
こそこそ話している2人に構わず、鈴木さんが説明した。
「あー、私も噂でしか聞いたことがないんだけど…もともと2ndのパートリーダーになる筈だった先輩がいたんだけど、辞めちゃったんだって。去年の定演が終わった直後らしいんだけど…その人経験者ですごく上手い人だったから、突然辞めれちゃって2ndはいろいろ大変だったらしいよ?」
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
帰り道、私は駅での待ち時間に今日聞いた話をメモ帳にまとめていた。
突然辞めた2ndの先輩_日向先輩のこと、佐久間先輩のこと、最近練習に来ていないらしい滝本先輩のことも書いた。
滝本先輩は、理由もなく練習をサボるような人ではない。突然辞めた日向先輩の背景はどうなのか。佐久間先輩が真面目であることが本当ならば、2年生達の間で起きたことは、大体想像がつく。
私が答えを出しかけた時、いつの間にか来ていた電車が発車のアナウンスを流し始める。
私はメモ帳をポケットに押し込み、電車に慌てて駆け込んだ。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
家に着くと、お母さんが玄関に来た。
「おかえりなさい、瑞波ちゃん。今日、お父さんとお兄ちゃん遅くなるみたいだから、先にご飯食べちゃいましょうか。今日は瑞波ちゃんの好きなオムライスよ!」
相変わらずニコニコと笑っているお母さん。何をするにも先回りして、私に失敗をさせないようにしてくる。だから私は失敗したことがない。きっと、これからも。
夕食の時間をニコニコと笑ってやり過ごし、お風呂に入った後に部屋に引っ込んだ。今日書いたメモ帳をブレザーのポケットから取り出し、読み返す。そして、部屋の隅にある少し大きめのホワイトボードに整理していった。
気になったことはすぐに整理して徹底的に考える。気持ちが悪いと感じる人もいると思うが、これが私の趣味だ。
夢中になっていくうちに時間が過ぎていく。寝よう寝ようと思いながら、結局私は朝になるまで先輩達の考察を続けた。