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「こんにちはーん!」
「お邪魔しますの」
「ママ! まだお姉ちゃんが出迎えてないん! 勝手に入ったらダメなん!」
この日2人の人物が、ミューゼの家を訪ねてきた。その2人とは、
「うわっ! なんでもう入って来てるのよママ……シャービットも来るのよー」
「お邪魔するん」
パフィの母であるサンディと、妹のシャービット。2人はアリエッタが拾われる前にもミューゼの家に来た事があり、少し前に連絡をしてから、こうやって遊びに来たのだ。
「ねぇパフィ、アリエッタちゃんは元気なの?」
「最初に聞くのが娘の事じゃないのよ? まぁ別にいいのよ。元気に絵を描いてるのよ」
「今日はアリエッタちゃんに会いにきたん」
2人がアリエッタに会うのは、ラスィーテでの訪問以来である。あの時にすっかりアリエッタの事を気に入ってからは、貰った集合絵を見るたびに、会いたいと呟く日々を過ごしていた。
そしてついに再会の願いが叶ったのだ。
『アリエッタちゃーん!』
「はい?」
飛び込むようにリビングに入った2人が見たのは、出迎えるパフィを追おうとしてミューゼに止められ、立ったままになっているアリエッタ。その姿は、黒を基調としたゴシック風ワンピース。袖などにはレースやフリルが多く使われ、大小様々なリボンが所々にあしらわれている。ミューゼもリボンは少な目になっているが同じ服を着ている。
そんな服を着たアリエッタが、恥ずかしそうに顔を赤らめ、上目遣いで見つめてきた。
『ヴフッ』
サンディとシャービットは致命傷を負い、その場に倒れ伏してしまった。
「ちょっ、早い! 早すぎるよ!」
「うんうん、その気持ちは分かるのよ。私も最初はそうなったのよ……」
腕を組んで唸るパフィも、ちょっぴり鼻血と涎が垂れていたりする。
「パフィんちって、可愛いの見たら死ぬ習性でもあるの?」
「そんなの無いのよ……多分」
呆れながらも、ミューゼは蔓を使って2人を運び、ソファに座らせた。幸せそうな笑顔で、白目になりながら涎を垂らしている。
「……やっぱ寝かせとこ」
不気味だったので、床に置き直した。薄い布を顔に被せて見えないようにもした。勿論死んではいない。
2人を並べて安置した所で、ようやく一息。すぐ起きるだろうと判断し、パフィがおやつを用意し始めた。
一方、致命傷を負わせた張本人はというと、
(いやいや、さんでぃとしゃーびっとが来るってのはなんとなく分かってたけど、なんで僕がこんな格好でお出迎えさせられてんの!? この服、みゅーぜに似合うと思ってデザインしたのに!)
着替えた時は、ミューゼが喜ぶのと、おそろいという理由で、頑張って差し出された服を着ておめかししたのだ。そこへサンディたちがやってきてビックリ。まさか客人を歓迎する為とは思っておらず、突然の展開で恥ずかしくなったのだった。
「ほらおいで、アリエッタ」
「うぅ~……」
(こんな2人見たら、テリアも鼻血の海に沈むか、暴走するかなのよ……)
すっかり姉妹同然といった感じでソファに座るアリエッタとミューゼを見て、真面目な顔で鼻に詰め物をしながら困惑するパフィであった。
その頃、王城の広い廊下にて……。
「むっ……何故かミューゼの家に行かなきゃいけない気がする!」
突然驚いたように振り向くネフテリア。その顔は真剣そのもの。
そしてその周囲にいた兵士がざわついた。
「全員戦闘態勢! 通路を塞げ!」
オスルェンシスが影から飛び出し、メイド達がスカートの中から短い杖を取り出す。兵士が数人走り去り、残った兵士も各々の武器を構えた。
「へ? ちょっと……」
「ネフテリア様を逃がすな!」
正面から、背後から、空中から、ネフテリアに向けて一斉に飛びかかった。
「なんでっ!?」
『くたばれえええ!!』
魔力を杖の先端に込め、波状攻撃をしかけるメイドと兵士達。
ネフテリアはいきなりで焦ったが、地面に立っていてはオスルェンシスの格好の餌食だと思い出し、真上に飛び上がった。
「ちょっと待って。くたばれとか、単純に不敬じゃない!?」
「それだけ皆、溜まってるんですよ」
「うっ……!?」
オスルェンシスの返答で言葉を詰まらせたところで、空中で魔法に跳び乗ったが、そこに間髪入れず飛びかかるメイド3人。最初に飛んだメイドを足場にし、空中からさらに接近したのだ。
「わ、【旋風撃】!」
とっさに周囲で風を回転させ、メイド達を弾き飛ばす。
その瞬間、ネフテリアは見た。フラウリージェによって作られた見覚えのある下着を。
「……みんなフラウリージェ好きなのね」
「見られてしまったからには仕方ないですね。そうです、仕事着だからといってオシャレが出来ないわけではありません。見えない所でさりげなく……そして仕事が終われば勝負の時間。今夜こそはっ」
「何の話よ、何の! 後ろの兵士が赤くなってるわよ!」
「あら? お恥ずかしいですわ……」
「いやすまない、聞くつもりは無かったのだが。どうだろう、今夜食事でも」
「! よろし──」
「どっか別の所で爆発してろっ! 【地爆波】!」
ボンッ!
『ぎゃあああ!』
いきなりイチャつき始めた城の従業員を、怒りのままにぶっ飛ばした。周囲も巻き込んだが、そんな事は気にしない。
ネフテリアが魔法を撃った瞬間に、下から黒い触手が伸びた。
「ちっ、シスめ。じっとしてるのはマズいわね。大人しく逃げるか」
「逃がしません! 【空跳躍】!」
さらにメイドの1人が空中に跳び上がった。ネフテリアも使用している、空中に魔力で足場を作る魔法である。
空中を駆け上がったメイドは、ネフテリアに急接近。しかし、そんな程度で捕まる程、ネフテリアは甘くない。
「へぇ、使えるんだっ」
「はい、高い所のっ、掃除にっ、便利っ、なんですっ!」
「なるほどねっ?」
城の廊下は横にも上にも広い。そんな空中を王女とメイドが飛び跳ねながら追いかけっこをしている。ただし、空中をジャンプするだけのメイドと違い、ネフテリアは跳躍力も魔力で少し強化し、様々な角度で跳ね返るように、縦横無尽に飛び回っている。
「くっ……せめて、一発っ!」
「拳めっちゃ握り締めてんじゃん! 顔も怖いよ!」
余裕で逃げ回っているものの、メイド達の気迫にタジタジである。なにしろ今まで逃亡続きで、従者はみんなネフテリアに苦労させられているのだ。城から抜け出すのを阻止する場合であれば、思いっきり張り倒して良いと、国王や王妃を始め、上司からの許可が出ている為、嬉々として殴りかかっているのである。
そして、日ごろの恨みを晴らす為ならば、手段を選ぶつもりは無い様子。
「今だ!」
『【水の弾】!』
「げっ!」
ネフテリアがメイドの真上に移動した瞬間、兵士の1人の掛け声で、メイドと兵士から一斉に水の弾丸が放たれた。廊下を埋め尽くす程の量である。
天井近くにいるネフテリアに逃げ場は無い。下にいるメイドはそのまま落下…と思いきや、影の触手が伸びてメイドに巻き付き、床にある影へと引きずり込んだ。オスルェンシスの影の中へと逃がされたのだ。もちろんネフテリアが入れば即捕縛。
しかしネフテリアは諦めない。
「【魔連弾】!」
水の弾丸とは逆の方向に跳びながら、魔力の弾丸を一点集中で連射。水の弾幕に穴を空け、ネフテリアの体がその穴を通り抜けた。
「ふぅっ……焦ったぁ」
安堵のため息をつき、再びオスルェンシス達に視線を向けて警戒する。と、その時、突然空中にいるネフテリアの肩に手が置かれた。
「何やってるんですかねぇ、ネフテリア様」
「ぅわひっ!?」
ネフテリアが慌てて振り向くと、全身ずぶ濡れになった赤い少女がいた。恨みがましい目でネフテリアとオスルェンシス達を睨んでいる。
「えっと、パルミラ? どうしたの?」
「ラッチと出かけようと思って、折角だからオシャレしてきたんですが、急に廊下の向こうから大量の水が飛んできまして。ちょっと大変な事になってるんですよぉ」
ゆっくりと、低めの声で話すパルミラの恰好は、フラウリージェの服である。クリエルテス人は体を変形させて服を疑似的に模る事が出来るが、他のリージョンの風習に溶け込む為、全身を変形させない日常ではちゃんと服を着ているのだ。
ふとパルミラが空中にいるのが不思議で、下を見た。足を長く変形させて、普通に立っていた。便利な体である。
「そ、そうなんだぁ。今日はどこにいくのぉ?」
なぜかパルミラの調子にあわせて、ネフテリアが少しゆっくりめに質問する。肩にギリギリと食い込む指が痛いが、文句を言う余裕が無い。正面の大きく開いた目が怖くて、顔が引きつっている。
下にいるオスルェンシス達もまた、パルミラの雰囲気に呑まれ、動けないでいた。
「王都の外で少し森林を散歩するつもりだったんですけどね。何故か勢いのある水に当たった時、少々服が破れてしまいまして、一度フラウリージェにお邪魔しないといけなくなってしまったんですよねー。一体どなたの魔法だったんでしょう…ね?」
視線がギョロリとメイド達に向かうと、下にいる全員が一斉にビクッっと震えた。
普段は妙に幸薄くて大人しいと思っていたパルミラのあまりの変貌ぶりに、うすら寒いものを感じている。
「あの……パルミラ…さん? なんかご様子が……」
「は?」
「いえナンデモナイデス!」(怖い怖い! どうしちゃったのパルミラ!)
本気で怯えるネフテリア。パルミラはそんなネフテリアを掴みなおし、振り返って歩きながら足を縮めていった。その間オスルェンシス達は怖くて動けない。
降ろされる途中、高い所からあるものが見えた。
「あれって、ラッチ?」
ラッチがずぶ濡れになって、目を回して倒れている。服も乱れて少し千切れ飛んでいる。
そこでネフテリアは、パルミラの様子がおかしい理由が分かった気がした。
「そっか、ラッチが巻き込まれたら、怒って当然か……ごめんねパルミラ」
ラッチはパルミラの分体である。身内に危害を加えられて怒らないわけが……
「何言ってるんですか? そんな事で怒る人がいますか」
「いや普通は怒るよ!? むしろ怒ってよ!」
どうやら怒りの根源は別にあるらしい。相変わらず怒りのオーラを抑えようともせず、死んだ魚のような目をしたパルミラは静かに呟いた。
「ディラン様で少しスッキリしたのに、なんでまたこんな目に……」
(なんか凄く溜まってらっしゃる!? 一体お兄様と何があったの!?)
爆発直前の人物に抱えられている事を悟ったネフテリアは、本格的に危険を感じていた。そして同時に、パルミラの視線がゆっくりとネフテリアの方へと向けられ……
「ちょっと貴方達、全員急いで謝りなさい! なんか死ぬほどヤバイから丁重にお世話してあげて! 服の弁償も! 急げええええ!!」
その場にいる全員で、病みきったパルミラの心のケアに奔走する事になるのだった。