「あの、ここってもしかして……」
パルミラとラッチはネフテリアに案内され、とある場所へとやってきた。その場所は、
「ミューゼの家よ」
「フェ、フェ、フェフェ…フェリスクベル様のご自宅!?」
ニーニルにあるミューゼの家。裏の広大な土地で絶賛建築工事中である。
王城で酷い目にあった2人は、メイド達によって改めて姿を整えられて、ネフテリアと共に森林を散歩し、昼食後にここまでやってきた。
ちなみに、ずぶ濡れのボロボロになってしまった服は、一旦メイド達預りとなり、全員で修復を試みている。フラウリージェ産は今や憧れの高級品扱いなので、それをボロボロにしたという罪悪感で押しつぶされた全員が、土下座して修復させてほしいと頼み込んだのだ。
今パルミラとラッチが着ているのは、ネフテリアの持っていたフラウリージェの服である。サイズの差は少しだけなので、メイド達によって着付けの時に簡単な手直しをされている。この時も、お詫びを込めて王女より丁重に扱われていたので、ラッチが困惑していた。
森林散歩ですっかり気分が落ち着いた2人は、ミューゼの家を見て感動した。
「なるほど。さすがフェリスクベル様のご邸宅。王城より遥かに輝いているリム。いや、王城など所詮児戯で作られたショボい玩具に過ぎぬリムな」
「いや普通の家だから。っていうか、人ん城をショボい玩具とか言うな」
初めてミューゼの家に来たラッチは、感動のあまり国で一番大きな建物をこき下ろしている。ラッチの中では、植物を操るミューゼは神に等しい存在なのだ。
一方、母体であるパルミラは、家を眺めて静かに立っている。分体のように混乱していない……
「これがあの伝説の……」
「伝説……?」
なんて事は無かった。ファナリアに慣れ、海で友人としての付き合いが出来たものの、やはりクリエルテス人にとっては植物自体が神聖視する対象となるようだ。
「思えば、ディラン様に向けて横向きに大木を生やした時から、私はミューゼに強い憧れを抱いていたのかもしれません」
「なんか語り始めた……」
「このような場所にわたしが来てもよかったのでしょうか……あのクソ王子の側仕えであるわたしが……ううっ」
「ちょっと!? こんな所でへたり込まないで!? みんな見てるから! すみません何でもないです気にしないでください!」
側仕えが主の悪口を言ったり、王女が通行人に向かって謝ったりと、だんだんカオスな状況になってきた。
「お母さん、よかったね」
「うん…うん…」
(なんで家の前に来ただけで良い話~になってんの? お兄様一体何やらかしてんの?)
ネフテリアの双子の兄であるディラン王子は、王妃フレア譲りの美貌を持ち、魔法だけでなく統治に関してもその才を見せるという、一般から見れば完璧な王子である。そう、為政者としては完璧なのである。魔法実験に対してはクレイジーで、恋愛対象となる年齢が低すぎるという点を除けば。
アリエッタ(外見年齢7歳以下)を城内で攫い、ピアーニャ(外見年齢3歳)に求婚し続け、ヨークスフィルンでは水着の幼女達を口説いていた事もあり、城内で信頼はされていても人望自体はほぼ無いに等しい。
パルミラが病んでしまったのは、そのディランのせいで心労が重なったという事が判明していた。だからこそ、クリエルテス人の憧れである植物の中を散歩し、ミューゼの所で心を癒してもらおうと考えたのだ。
ただ、植物魔法などで癒すどころか、家の前にたどり着いただけで浄化されるのは、流石に計算外である。
「と、とりあえずミューゼを呼ぶわね?」
困惑したネフテリアは、はやく家の中に入りたかった。
しかし、呼びかけたが返事は無い。
「あれ? いないのかな?」
首を傾げた時、そっとネフテリアに普通の装いの女性が近づいた。それに気づいたネフテリアは、警戒する事も無く、その人物に耳を傾けた。
「ふん…ふん……へ?」
女性はペコリとお辞儀し、ただの通りすがりの人のように、しれっと帰っていった。実はミューゼの家の近所に引っ越し…という名目で、周囲の警備やミューゼ達の隠れた護衛を担当している、ネフテリアの部下である。
日常の事であれば、普通に世間話として「ちょっと外出している」と伝えるだけ。しかし誰にも聞かれないように近づいてきたので、何かおかしなトラブルがあったと察して聞いたのだが……。
「あの、ネフテリア様? どうかしましたか?」
「えーっと、あーうん。ひとまずクリムの店にいきましょう。そこで話すわ」
というわけで、クリムの『ヴィーアンドクリーム』へとやってきた3人…ではなく、実は護衛でオスルェンシスもいるので、影から出てきてもらった。
その理由はもちろん、
「いらっしゃいませー!」
「最後尾はこちらです!」
「お待たせしました! あちらの席にどうぞ!」
全員手伝いに駆り出されるからである。オスルェンシスもフラウリージェの服に着替えさせられ、警備の係に配置された。パルミラとオスルェンシスは元々そういう仕事をしているので問題無く、ラッチも見よう見まねで役割をこなしていった。ネフテリアは配膳の方が得意…というより好きなようだ。
昼食の時間が終わり、店は閉店。フラウリージェからのヘルパー達は店に帰っていった。
ようやく落ち着いて話が出来るようになったところで、ラッチが最初から抱いていた疑問を口にする。
「なんで手伝っていたリムか?」
「いや、なんか流れというか……」
「テリア達が来たせいで客が増えたし。忙しかったし」
「店員さん達に睨まれて、怖かったんですよね」
王女を含む様々な美女が増えて、本日は大盛り上がりになった。あまりの忙しさから、店員達に睨まれたネフテリア達は、店を手伝う事にしたのだ。
一息ついたところで、ネフテリアがしれっと本題に入る。
「でね、アリエッタちゃんが攫われて、ミューゼ達が追いかけたらしいんだけど、何か心当たりない?」
『は!?』
「あぁ…そういう事だし……もしかしたら、やらかすかもとは思ってたし」
いきなりの誘拐事件に、パルミラ、ラッチ、オスルェンシスが驚愕。しかしクリムはやっぱりといった感じで落ち着いている。
「何で落ち着いてるんですか!?」
「おおおおいかけないとっ」
「3人とも落ち着いて。問題無いと思ったから、ここに来たのよ。やっぱり何か知ってるっぽいわね」
クリムが頷き、ため息をひとつ。
「アリエッタちゃんを攫ったのは、間違いなくパフィのお母さんだし」
ラスィーテのシュクルシティ。転移の塔を経由して、他のリージョンから多くの人々が食材を求めてやってくる大きな街。クリームのように真っ白な家が並ぶ中に、色の違う建物がある。これは食堂を始めとする住居とは違う建物を、見た目で分かりやすくしているのだ。
その中でも特に大きな黒い建物がある。ここは大型のカフェとなっており、休憩や軽食に入る者が後を絶たない。
店内の隅の席では、サンディとシャービットがデレデレしながら、アリエッタにお菓子を食べさせている。そこへ怒気を全身から溢れさせながら近づく人物が2人。
「やっと見つけたのよ! アリエッタを返すのよ!」
「あら、もう見つかっちゃったの」
「あ、みゅーぜ、ぱひー」
上機嫌で手を振る被害者アリエッタ。とても攫われたようには見えない。というのも、
「ちょっとお菓子食べさせてくるとか言いながら、しれっとラスィーテまで勝手に来ないでほしいのよっ」
「そうですよ。近くの店って言ってたじゃないですか!」
「塔を使えばすぐの場所なの♪」
「お陰で誘拐されたって気づくのに遅れたのよ……」
買い物に出かけ、アリエッタとミューゼのペアルックが目立ちまくる状態でウロウロしていて、周囲には完全に同行者だと思われていた。なので、サンディがアリエッタを連れて塔に入る時も、兵士から一切疑われる事が無かったのである。
パフィの家族と知っている隠れた護衛が見ても、これは誘拐なのか?といった疑念が晴れないまま、ネフテリアへと伝えられた程度の行動なので、むやみに騒ぐ事も動く事も出来なかったのだ。
結局なんとか足取りを掴んだパフィは、塔の兵士を半ば脅して、ラスィーテへとやってきたのだった。
パフィとミューゼの隠そうともしない怒気に驚き、周囲の客もヒソヒソと話しながら、様子をチラ見している。
「さーて、申し開きはあるのよ?」
「ゴメンなん。アリエッタちゃんと姉妹になりたかったん」
「……なら仕方ないのよ」
「ちょっとパフィ!?」
(許すのかよ!)
いきなり許したパフィに、今度はミューゼが驚いた。聞いていた人々も、声には出さずに心の底からツッコんだ。
「でもそんな事しなくても、私とミューゼがアリエッタを嫁にもらったら、結局義姉妹になれるのよ?」
(待て待て女性2人が幼女を嫁にもらうってなんだ!?)
(ヤバッ、アリかとおもっちゃった)
(ふむ……巨乳美女と美少女と美幼女で……そういうのもあるのか)
パフィのよく分からない説明に周囲が困惑するが、同時に生唾を飲みこむ音も聞こえる。
「……それもそうなん!」
『納得するんかいっ!』
今度は我慢出来ずに、ツッコミが一斉に口から漏れたようだ。
流石にこれには5人ともビックリ。しばらく店内の一角には気まずい雰囲気が漂う事になった。
とりあえずパフィとミューゼも席に座り、一旦昼食を食べる事にした。
「後で覚えてろなのよ」
「えへへ、ごめんなの」
サンディは悪気が無いというよりは、楽しんでいる様子。今日は娘とアリエッタに会えて嬉しいようだ。
しばらく食事と会話を楽しんだ後は、シュクルシティの散歩。つまり食べ歩きである。
「いやそんなに食べさせたら、アリエッタが丸くなってしまうんだけど」
「そうなん。でも幸せそうなん~どうしたらいいん~」
シャービットはとにかくアリエッタを甘やかしたい。小さい妹が出来たようで嬉しいのだ。
甘やかされている当の本人はというと、
(うぅ…口の中が甘い。お菓子以外を食べたいんだけど……メニューがわからん)
流石にうんざりしていた。しかしパフィの家族のご機嫌をとっておきたい元大人は、なんとか笑顔を作り、必死に感謝をアピールしていく。
「ほら、アリエッタちゃん喜んでるの」
「う、うーん?」
「大丈夫なのよ?」
「だいじょうぶ!」(たぶん…)
この後、甘い街での甘い物食べ歩きは、アリエッタの顔色が本気で悪くなるまで続いたという。
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