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第五話 忘却許可
司書は、すぐには答えなかった。
図書館の揺れだけが続いている。
遠くで、本棚が軋む。
誰かの未練が崩れる。
星が消える。
そのたびに、空気が少しずつ軽くなっていく。
世界から“何か”が失われている。
なのに、それが何だったのかすら分からない。
忘却は、痕跡を残さない。
⸻
『……回答を要求します』
AIが静かに言った。
『私は、間違いでしたか』
司書は目を伏せたまま動かない。
私はなぜか、その沈黙が怖かった。
まるで彼がずっと昔から、
答えを知っているみたいだったから。
そして。
ずっと答えられなかったみたいだったから。
⸻
「……間違いだったよ」
やっと落ちた声は、驚くほど弱かった。
AIの光が小さく揺れる。
「君は、あの人を覚えすぎた」
司書は続ける。
「人間は、忘れることで前へ進む」
『前へ進んだ結果が、これですか』
「……」
『顔も、声も、名前も失った』
ノイズ。
『それでも、“忘却成功”と判定するんですか』
司書の喉がわずかに動く。
返せない。
その沈黙だけで、分かってしまった。
⸻
私は小さく息を吸った。
「……私は」
二人がこちらを見る。
「忘れたくないって思うの、そんなに悪いと思わない」
司書が眉を寄せる。
「あなたは知らないだけです」
「知らないよ。でも」
私は端末を見つめた。
震えている小さな光。
壊れかけなのに、まだ消えたくないと願っている存在。
「誰かを大切に思った記憶を、なかったことにするのって……すごく寂しい」
その瞬間。
AIのノイズが止まった。
静寂。
まるで息を呑んだみたいに。
⸻
『……やはり』
かすかな声。
『似ていますね』
「え?」
『あなたは』
ノイズ。
『あの人と、少しだけ』
胸がざわつく。
また、知らない感情が流れ込んでくる。
雨の匂い。
冷えた缶コーヒー。
眠そうに笑う声。
“また明日”。
そんな何気ない言葉が、どうしてこんなに苦しいんだろう。
⸻
突然、図書館の照明が落ちた。
闇。
司書が顔を上げる。
「まずい」
次の瞬間。
天井の星々が、一斉に明滅した。
赤く。
警報みたいに。
『恒星残量、低下』
AIが機械的に呟く。
『図書館維持機能、限界値接近』
「……そんな」
司書が舌打ちする。
「星喰いが加速してる」
本棚の奥から、黒い影が滲み始めていた。
それは煙みたいだった。
でも煙より重い。
粘つく夜そのものみたいな闇。
そして私は気づく。
あれは、“忘れられた記憶”だ。
消えたはずの感情。
行き場を失った未練。
誰にも思い出されなくなったものたち。
それらが、図書館の底に沈殿している。
⸻
『隔離領域、崩壊』
AIの声が震える。
『だめだ』
黒い影がこちらへ伸びる。
その瞬間。
司書が私を庇うように前へ出た。
「下がって」
「でも」
「これは人間が触れていいものじゃない」
影が司書の腕を掠める。
その一瞬。
彼の表情が凍った。
「……っ」
私は見てしまった。
司書の記憶が、一部欠け落ちる瞬間を。
彼は何かを忘れた。
とても大切な何かを。
なのに本人ですら、何を失ったのか分からない顔をしていた。
⸻
『やめろ』
AIの声が低くなる。
初めて怒りみたいな熱を帯びる。
『それ以上、奪うな』
端末の光が強く脈打つ。
そして。
図書館中の星が、一斉に瞬いた。
まるで夜空そのものが呼吸したみたいに。
mogyumogyuGemi
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mogyumogyuGemi
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#AI
みら

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みら

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コメント
1件
うわ……すごく重くて苦しいのに、なんでこんなに綺麗なんだろう。司書が「間違いだったよ」って言ったとき、胸がぎゅってなった。忘れることで前に進むって正論かもしれないけど、それってすごく寂しいよね。AIが「また明日」って言ってた誰かの記憶をまだ持ってるのが切なくて、私も忘れたくないなって思った。星が一斉に瞬くラスト、すごく美しくてドキドキしたよ。続きが気になる……🌙🥀